6話 カップルとかそんなんじゃないですっ!
薄ぼんやりとした空気が漂う夜明け前。
電車に揺られながら何度目かのあくびを噛み殺す。
休日、俺は狼谷さんに言われた通り、限定品を買うために始発に乗っていた。
スマホのメモをみて駅名をもう一度確かめる。そろそろだ。
駅に到着して改札を抜ける。
もったりとした足取りで眠い目を擦った。
流石にこんなに朝早く起きたのは部活してたとき以来だな。
朝イチから動きやすいようにジャージを着てるし、ますます部活を思い出させた。
よし、これから言われたところに向かおう。
家電量販店やホビーショップなど何点かリストアップされたところがあるから、行けそうな場所をしらみ潰しに並んでいくか。
「うぃ」
一歩踏み出したとき、肩がぶつかってよろける。
朝だから急いでる人でもいたんだろう。
「すみません……ってこの声は」
顔をあげるとそこには一人の女の子がいた。
「なんで、狼谷さんがここにいるんだ」
その女の子とは、狼谷さんだった。
いつものチョーカーに白黒のボーダーのカットソー、レザーの黒のショートパンツからは細く長い脚が伸びている。
右太ももには黒いバンドが巻かれていて、膝下までのブーツを履いていた。
早朝、飲んだくれて潰れたサラリーマンや休日出勤する死んだような目をしたサラリーマン、夜行バスで来たキャリーバッグを引きずる軽装の若者ぐらいしかいない駅構内。
そんな空間に漫画から飛び出してきたような見た目の狼谷さんは、異質な存在感を放っていた。
「あたしも買うからに決まってるじゃん」
俺の質問に当然でしょ、といった様子で狼谷さんは返す。
「てっきり俺にだけ買わせにいくのかと思ってた」
朝とか弱そうだし。
「購入制限があるから人数がいた方がいいの」
そういうものだったのか。
ん?
狼谷さんが数秒スマホをこちらに向けたかと思うと、すぐに逸らした。
何かを撮られたかと思ったけど、これは俺の考えすぎだろう。
マップを開いたか自撮りとかそんなんだろう、俺を撮る必要がないし。
聞いてもきっと自意識かじょーと言われてしまうんだろう。
「うかうかしてられない。行くよ」
狼谷さんは俺のジャージの袖を掴んでずんずんと進んでいく。
たどり着いた先は家電量販店だった。
「もう並んでる。でも、これくらいなら大丈夫かな」
早朝だというのに入り口前には二十名ほど並んでいた。
「これ全員『諜報員スパキュア』のために?」
「そう。グッズ身につけてるでしょ」
辺りを見渡すと俺たちのような学生や、お子さんのいるような夫婦、さらにはおじさんまでカバンや服にグッズをつけていた。
というか、あの人は同じ電車に乗ってたな
あ、あっちの人は前を歩いてた人だ。
そうか、みんな『諜報員スパキュア』のグッズを求めてたんだ。
集まっている人たちが同じものを求めていると思うと、なんだか不思議な一体感を覚える。
ニュースでたまにみるくらいで、こうして並ぶのは初めてだった。
「もっと並ぶことだってあるんだから」
「これ以上?」
ほら、と狼谷さんが画像をみせてくれた。
人がこの建物をぐるりと一周していた。
「この人たちみんな買えたのか?」
「整理券の枚数次第」
「つまり、整理券が貰えなかったら?」
「買えない」
うわ、きついなそれ。
だからみんな始発に乗って並ぶわけだ。
「今後、混雑が予想されますので只今より整理券を配布いたします!」
店員さんが出てきてアナウンスをする。後ろを振り向くと列がかなり伸びていた。
俺たちはそれに従って順番に整理券を受け取った。
「今回は買えそうでよかった……」
ふ、と力が抜けた様子で、狼谷さんは表情を綻ばせて安堵していた。
前になにか買えなかったことがあったんだろうか。
綻んだのも束の間、表情をきりっと引き締めていつもの顔に戻っていった。
「他でも整理券配ってるから回るよ」
え、まだ回るんだ。
◆
「他は全滅……」
狼谷さんはメロンジュースをちゅーと飲みながら、眉間にしわを寄せていた。
あれから何軒かお店を回ったけどどこも配布終了していた。
そして、朝食をとっていなかった俺たちはファーストフード店に腰を下ろしたのだった。
「一枚だけでもあって良かったじゃないか」
そうだけど、と狼谷さんは続ける。
「買えてもランダムだから」
「ランダムってなんだ、欲しいの買えないのか?」
話を聞くとだいたいのグッズはそうなっているらしい。
なんて商売なんだ。
そして整理券は一人一枚。
連番で買った方がダブりを防げるかもしれないとのことで購入までの間、一緒に過ごすことになった。
バーガーを食べていると、ちらちらと周りからの視線を感じる。
その視線は男女を問わない。
その理由はもちろん。
俺は横に並んで座る狼谷さんに目をやる。
高い鼻、長いまつ毛、綺麗なEラインを描く横顔。
服に無頓着な俺にはどういうジャンルか分からないけど、おしゃれだということは分かる。
高校生ながらに完成されてるなぁ。
色んな店を回る中で並んでる人たちもこっちみてたことあったし。
「てかさ、さっきからちらちら見られてるけど気づいてた?」
狼谷さんがポテトを口に運びながら苛立った様子でいう。
注目を集めるのはきっといい気持ちはしないよな。
「うん」
「なんでか分かる?」
なんでかって、そりゃあ。
「狼谷さんが綺麗だから?」
「っばか。ふざけんな」
脇腹つん、ってされた。
「くふっ、コーラ飲んでる時はやめてくれ」
「あんたが調子乗るから」
事実を言ったまでだけど。
「それ以外の理由ってあるのか?」
「あんた、なに真面目な顔で……いい。気づいてないようだからいうけど、あんたの服装がダサいからでしょ」
え、俺?
「そんなダサいかな」
「ダサい。ジャージで出歩くとかまじありえない」
地元ならまだしも、と狼谷さんは頬杖をついて呆れていた。
遊びに行くこともほとんどないし、服持ってないんだよな。
「整理券の時間まで一緒にいなきゃいけないのに、ダサいやつが隣にいるなんて耐えられない」
「そう言われてもなあ」
困った俺は、頭をかくしかなかった。
狼谷さんは塩のついた指をナフキンで拭きって立ち上がった。
「決めた。服買いに行く」
待ち時間の間ショッピングか。
荷物持ちとしてついて行った先は、狼谷さんが今着てるのと似ている服が並んでいる店だった。
「狼谷さん、そっちは女性物じゃなくて男性物だと思うけど」
「いいの」
今の時代、男性の服を女性が着ても良い、むしろそれがおしゃれとかかな?
「あんたの服買いに来たんだから」
「俺の服?」
そう、と狼谷さんはラックから服を取り出して俺の身体に当てがう。
次々にあてがったあと、「これとこれとこれ」と試着室へ連れて行かれた。
その組み合わせ通りに着替えさせられる。着替え終わったらカーテンをお披露目だ。
「うん、二つ目のよかった」
三コーデのうちの二つ目のがよかったらしい。
「あの所々穴が開いて、ダメージがあるやつ? かっこいいのかな」
「ボロボロなのが良いんじゃん」
わざわざ新品でダメージがあるのってどうなんだろう。
「これ買います」
「ちょっと狼谷さん俺そんなお金ないよ」
バイトをしていないし、コンビニでいつも駄菓子を買っているというのに。
「あたしが買う。なら問題ないでしょ。着るよね?」
「着ます……」
圧にやられて俺は頷く。
チェーンがあったり、ところどころボロボロ俺にとっては相当派手だ。ていうかそもそも似合ってんのかこれ。
そのまま着替えさせられる。その間にお会計に済ませていたようだ。
「ありがとう狼谷さん」
「ダサいのが近くにいるよりマシなだけ」
言いながら狼谷さんがスマホを取り出してこっちに向けていた。
勘違いじゃなかったらだけど、やっぱりこれって俺のこと撮ってるよな?
そう聞こうとしたとき店員さんに話しかけられる。
「カップルでお揃いコーデですか? めちゃくちゃ良いですね!!」
「「は?」」
俺と狼谷さんの声が重なる。
言われてみると確かに、お揃いのコーディネートだ。
狼谷さんのファッションセンスに合わせたから、彼女の着てる服に似るのは当然かもしれない。
「カップルとかそんなんじゃないですっ!」
「え、うそ。お似合いだったから、ごめんなさい!」
狼谷さんが叫んで、店員さんの謝罪を受けながら、俺たちはその場から逃げるように飛び出した。
街を歩くとこれまでと比べものにならないくらい見られている気がする。
こんな派手な二人がいたら注目されるのも無理もない。てか、ジャージのままの方が良かったのでは?
時間まで俺たちは街をぶらつきながら時間を潰していた。
「そろそろ時間だから。限定品買いに戻ろうか。あれ、どうしたの……?」
狼谷さんがその場に立ち止まって、服やカバンをまさぐっていた。
そして彼女は震えた声で告げた。
「整理券が、……ない」
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