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5話 悪いウワサ



 休み時間。

 トイレ帰り、洗った手をハンカチで拭きながら廊下を歩く。


 教室でぴったりと隣に席をつけて俺を側にいる狼谷(かみたに)さんも、流石にトイレにまで監視の目は届かないらしい。


 あの鋭い視線が突き刺さってこないのは気が楽になる。

 たまにじっと見られてるときあるし。無言の圧力を感じる。


 なるほど、これがいじめ……!

 やれやれ、エスカレートしないことを望むよ。


「本当かよ。狼谷さんがやばいクスリやってるって」


 廊下で男子が周りに聞かれないようにひそひそと話していた。

 ただならぬ雰囲気に、俺はひっそりと聞き耳を立てる。

 

「本当なんだって。ゴミ捨て行ったときに校舎裏でなんか錠剤みたいなん大量に持ってたの見たんだ」


「それやばいじゃん。狼谷さんのあの雰囲気だったらクスリやオーバードーズとかやっててもおかしくないかもな……」


「だろ? 通った時にすぐ隠されてかなり睨まれて怖かったぜ。もう近づかんとこ」


 そうだな、と男子たちは肩を抱えて震わせていた。

 狼谷さん怖い雰囲気あるけど、そんなことしてるのかな。


 授業を受ける(かたわら)、怪しげな薬を一人で堪能している狼谷さんの姿が思い浮かんで、授業中は気が気でなかった。

 そして迎えた昼休み。

 

「田貫」


「はい、なんでしょう」


 急に名前を呼ばれたもんだから、敬語で返してしまった。

 しかし、どうしたんだろう。

 

「ついてきて」


「お、ととと」

 

 灰谷さんは俺の返事を聞くことなく、制服の袖を掴んで引っ張っていった。

 俺は抵抗することなくただ流れに身を任せるのみだった。

 

「一緒にお昼ごはんかな」

 

「狼谷さん大胆だね」


 なにやらクラスの女子たちがこっちを見ながら話していたけど、大方俺がいじめられてることについてだろう。



 

 そして、連れて来られたのは校舎裏。

 賑わっているはずの昼休みで、ここだけが世界から切り離されたように静かだった。


 人気のない場所への拉致。

 あれ、これから俺ぼこぼこにされるのかな。


 校舎裏に来てから何も言わない狼谷さんだったが、持ってきていた鞄をがさごそとしだした。


 素手でなくて凶器を取り出すのか。

 身構えたが、狼谷さんが取り出したのは大量の何かが入った透明なビニール袋だった。


 助かった。俺の命は保証されたみたいだ。

 待て待て待て! 袋の中に入ってるの白い錠剤じゃないか!


 

 前の休み時間、彼らから聞いたことは本当だったのか。

 粉じゃないから怪しい薬じゃないと思うけど、実際に怪しい薬を見たことがないから分からない。

 

 普通、一介の高校生が持てないだろう。少量でも高いと聞くし。末端価格うん万とかさ。

 

 だったらこれは市販薬か。

 大量にあるということはオーバードーズをするために?!

 

「狼谷さんそれって……」


「ああ、これ?」


 にやり、と神谷さんは唇を三日月型にして笑った。

 それは人間を堕落させる悪魔のように思えた。


 あまりにも現実離れした光景に、ゾゾゾッと背筋に悪寒が走る。


 狼谷さんは説明することなく袋から白い粒をガッと掴む。

 まあまあ量だった。

 

「田貫、口開けて」


 狼谷さんのほっそりとした指が俺の頬を掴んだ。


「ふぁみはにさん、にゃにを」

 

 むにゅっと頬を掴まれて、強制的に口を開けさせられた。

 掴んでいる腕を通しているパーカーの袖からすごい良い匂いがするなぁ、とかそんなこと考えている場合じゃない。


 もう片方の手が伸びてきて、金魚のように開いた俺の口に白い粒が詰め込まれる。

 ふるふる、と頭を振るけど狼谷さんは許してくれない。

 

「いいから。飛ぶよ」


 顎を押し上げられて強制的に口が閉じる。

 こんなことをしたら廃人決定だ。俺の人生終わりだ。



 がりごりと頭蓋に響く。咀嚼させられている。

 口腔で溶けていく、頭が覚醒するように冴え渡る。


 なんだかいい気分だ。とても甘くて美味しい。


 ん、甘くて美味しい?


「これって、ラムネ?」


 全てを食べ終えた俺は狼谷さんにいう。


「そう、ブドウ糖で頭が飛ぶように冴えたでしょ?」


 ふ、と神谷さんは笑った。

 なにが飛ぶだ。紛らわしいだろ。

 

「なんだただのラムネだったのか……」


 安堵して胸を撫で下ろす。


「ただのラムネじゃない。これは『諜報員スパキュア』のラムネなんだから」


 そういって狼谷さんはラムネを突き出した。

 そこには見覚えのある唇を突き出した可愛いマスコットキャラが描かれていた。

 

 そこには『ぶちゅっと』が描かれていた。


「あ、『ぶちゅっと』」

 

 そう、と狼谷さんは頷く。


「ニチアサのアニメ、『諜報員スパキュア』のバディ妖精『ぶちゅっと』。ラムネになっても超可愛い」 


 へー、『ぶちゅっと』ってアニメのマスコットキャラだったんだ。


「そうじゃなくてさ。なんでこんなにラムネ持ってるの」


 錠剤じゃなかっとしてもこれはおかしくないか?


「『諜報員スパキュア』の食玩、BOX買いした」


 食玩ってラムネとかガムとかのお菓子に、フィギュアやシールがついてるやつか。

 それでラムネが余ったんだな。


「景品だけもらって捨てたらいいのに」


「それはダメ。ちゃんと食べないと」

 

 狼谷さんは、ぐっと顔を突き合わせるくらい近づけていう。

 突如、良い顔が視界一杯に広がって心拍数が上がる。


 わかったから、と俺は後ずさって距離を開けた。

 彼女には食べ物は大切にするポリシーがあるみたいだ。


「でも、前に他の食玩が出たときも大量に食べたからラムネはちょっと飽きた。だから田貫、あんたも手伝え」


 殴られたり、クスリを飲ませられることに比べたら、ラムネを食べるくらい訳ない。

 今回は、自分が食べられなくなった食べ物の処理をさせられるいじめというわけか。

 

「分かったよ」


 俺は承諾した。

 それにしてもあの男子たちは、きっとこのラムネを食べていた場面を見たんだろうな。


 俺は狼谷さんに見られながらラムネを食べ進めていく。

 久々に食べたら美味しかったけど、流石にこの量は限度がある。

 そこで俺は狼谷さんに提案する。

 

「これって持ち帰り可能?」


「良いけど、捨てるのは絶対なし」


「ちゃんと食べるから」


 すんなり受け入れられて拍子抜けしてしまう。


「『諜報員スパキュア』放送して間もないからグッズがまだ少ない」

 

「そうなんだ」


 供給が少ないから、こうして食玩を大量に買ってるのだろう。

 

「今度限定品が発売されるんだけど、絶対に争奪戦になる。前のシリーズで限定品が出たときは店の開店時間じゃ間に合わなかったみたい。買えた人は始発で行ったんだってさ」


 でも、それがどうしたんだろう。

 俺に話す必要ある?

 

「田貫、買ってきて」


「……え」

 

 これはあれだ。

 いじめの定番、パシリってやつだ……!


 

お読みいただきありがとうございます!

明日も20時ごろに投稿します!



「面白い!」「狼谷さんBOX買いなんて可愛いところあるな」と思ってくださいましたら

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