表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/14

4話 あたしの獲物


 


 朝、眩しい光を浴びながら通学路を歩いていた。

 昨日は授業をまともに受けられなくて困ったし、ペンは奪われてしまった。

 でも、いじめといってもあれ以上のことはなかったし、このままフェードアウトすることを願うばかりだ。


 しかし、俺は受けたことよりも、一目見た光景を思い出す。


 狼谷さんのあの笑顔、反則級に可愛かったな。

 無表情だったり冷酷そうな彼女が、あんな顔をするとは思わなかった。

 いじめられている(?)というのにそんなことを考えてしまう。


 放課後は凛子さんの笑顔に癒されたし。

 一日を通して良い日だったかもしれない。


「うぃ」


 そろそろ学校が目前に迫る中、突如突如として左肩が押され、体がふらつく。


「おおっと」


 右側にあった塀に手をついて体勢を保つ。

 

 そして俺の前を、青い毛先をした黒髪が跳ねるように去っていった。

 あの髪型、それに特徴的な左の太ももにつけられたベルト。


 狼谷さんだ。

 

 周囲には誰もいない。つまり狼谷さんが俺を押したに他ならない。

 どういう形で押されたか分からないが、これが塀じゃなくて道路側に押されていたら危なかった。

 いや、女の子で力がないからあんまり揺れなかったから大丈夫だったかも知れない。


 けれども俺は彼女に押されたことには変わりない。

 一体なんなんだ。

 これも彼女のいじめの一環なんだろうか。


 ぐるぐると先ほどの出来事を考えながら教室へとつく。


 昨日と変わらずぴったりとくっつけられた机。

 片方には狼谷さんがいて、その隣が俺の席だ。


 掃除した人たちも戻しててくれよ、なんて他力本願なことを思う。

 まあ、狼谷さんが怖くてできなかったのか。


 気持ちは分かる。

 俺も怖くて、同じく席を前の場所に戻すことができないし。


 

 俺の席があった場所には他の生徒で既に穴埋めされていた。

 その分周囲から少し孤立したような配置になっている自分の席に、腰を下ろした。

 

 適応していると思ったクラスメイトも、時折こちらの様子を伺うように視線を向けてくる。

 やっぱり席が二つ並んでるのっておかしいよな。

 一時的ならまだしも恒常的って見たことないもん。


 

「おはよう狼谷さん」


 

 声をかけても狼谷さんは頬杖をつき、気怠げな様子で返事ひとつしてくれない。

 ちらりとこちらを見て彼女は視線を戻した。ただそれだけ。


「狼谷さん。今日って俺にぶつかった?」


 今朝のことを確かめるべく直接尋ねた。

 

「は? そんなことしてないし」


「そっか……」

 

 走って登校していた彼女、その前に俺がいてたまたまぶつかっただけかも知れない。

 なにか意図があってわけじゃないんだ。つまり俺の気のせいか。


 

 自意識かじょー、と彼女は唇を尖らせて言い捨てた。

 その横顔はどこが楽しげに見えるのは気のせいだろうか。


 

 チャイムが鳴ってホームルームが始まる。

 先生は並んでいる席を今日は咎めることなく進行した。


 おいおい。諦め早くないか。

 

 そして授業が始まると、狼谷さんが「教科書」といってきた。

 教科書係(自分で思ってるだけだけど)である俺は、彼女と俺の机の間に自身の教科書を広げる。

 昨日一日やっていたから慣れた作業だ。


 

 狼谷さんは教科書は持ってきていないけど、ノートは持ってきているみたいだった。

 授業を受ける気はあるらしい。


 教科書を持ってこないだけでも荷物の軽量化に繋がるからな。


 重い荷物は持ちたくないんだろう。

 重いものを持つは「だるい」って言いそうだ。


 椅子の足が床を引きずる音がして、狼谷さんがこちらに寄ってくる。

 

 すると左から甘い匂いがふわあっと漂ってきた。

 昨日一日近くにいたけど香りは未だ新鮮で、頭がくらくらとしてしまう。

 

「うぃ」


 俺の左肩が、彼女の華奢な右肩にとんと押される。

 彼女は制服の上からパーカーを着てるが、それでも柔らかさが伝わってくるようだった。


「狼谷さん……?」


「なに」


 なに、って今絶対に押してきたじゃん。

 ギロっと睨まれたら言い返すことはできなかった。


 しかし、これで分かった。

 今朝のもきっとあれはわざとだったんだ。

 あの時も「うぃ」って声が聞こえたし。


 狼谷さんは聞かれた手前誤魔化したんだ。

 考えてみればいじめてる側が自分のやっていることを認めるわけがないだろう。

 聞いた俺が悪手だったわけだ。


 これ以上聞くと彼女の神経を逆撫でてしまうことになるかもしれない。

 今朝は怒られることはなかったけど、今後は聞くことはやめよう。


 

 一時間目の授業を終えて、次は芸術。


 

 うちの高校は芸術は選択授業で、音楽、美術、書道の中から選ぶ。

 俺は書道を選んでいて、その授業には狼谷さんはいない。


 廊下を歩きながら俺は一息つく。

 ふう、別の授業なら隣の席じゃないし拘束から逃れられる。

 

「うぃ」


 またもぽんっと肩が当たる。

 周りに人がいる中でよろけてしまったのが恥ずかしい。


 当たってきたのはもちろん狼谷さんだ。

 その行動は逃れようとしている俺の心見透かすようだった。


 

「おい、いま狼谷さんから男にぶつかりに行ってたぞ」


「まじ? 前にイケメンが肩に触ろうとしてブチギレてたのに。たまたまじゃね」


「違うって、こう、ぽんってちょっかいかける感じで……やべっ、行くぞ!!」


 俺たちを見てなにやら話していた、見たことのない男子たちが一目散に走り去っていった。

 ひ、と喉元から出そうになった声を飲み込む。

 

 廊下の角から、狼谷さんが顔を覗かせて二人を睨みつけていたのだ。 

 ありゃ逃げるわ。変なこと言ってた二人も悪いか。


 

「とめ、はね、はらいを意識して書きましょう」


 

 移動教室に着いて、書道で先生がいう注意に気をつけながら書いていく。

 俺はこの授業がなんだか好きだ。

 

 小さい頃から書道をやっていたわけじゃないから、文字は綺麗とはいえない。

 俺の字は男の書く無骨な感じだ。

 文字を綺麗に書くこと自体より、書道は自分と向き合い、無になれるようで心が落ち着くからだ。


 しかし、今日はなんだか無になれない。

 

 なぜだか狼谷さんのことが頭にちらつくのだ。

 いじめられても気にならないと思っていた俺だが、意識してしまうものらしい。

 

 書いた文字の「はね」や「はらい」が狼谷さんの襟足に見えてしまっているといえば、相当だと分かるだろうか。

 書を終えて、道具を洗っているとき毛筆が変色していることに気づく。


 黒い毛筆が青みを帯びているのだ。

 とうとう幻覚でも見てしまったかと思い、先生に聞くと思いがけない答えが返ってきた。


「授業で使ってる墨液は服についても落ちるものを使っています。これは墨汁ではなく黒に見えるカラーインクなので、そのインクの中の青みが筆について青くなるんです」

 

 そうだったのか、と聞いて俺は幻覚じゃなかったんだと安心した。

 次は通常授業、教室に戻れば狼谷さんがいると思うと変に緊張してしまうな。


「うぃ」


 今日で聞き馴染みのあるようになってしまった掛け声ともに、肩が押される。

 少し体が動くくらいでふらつくことはもうない。


 

 走り去っていくかと思った彼女は、そのまま隣に留まる。

 そしてまた何度かぶつかってきた。

 

 

「狼谷さんどうかした?」


「なんでもないけど」


 ふん、と顔を背ける狼谷さん。

 拍子にしゃらりと動く襟足を見て思う。


「やっぱり、毛筆みたいだな」

  

「なに? 悪口?」


 

 まずい、言葉に出てたか。

 段階を飛ばした発言は我ながら意味不明で、今のは俺が当たり屋みたいになってしまったようだ。

 怒らせるのも無理はない。


 意味わかんない、と彼女はまた俺の肩に、その細い肩をぶつけてきたのだった。

 それとは別に、前から走ってきた男子の肩にぶつかる。


 男子ということと勢いがあって狼谷さんとは違ってなかなかに痛い。

 それになにやら急いでるようで、俺にぶつかったことを意に介さず行こうとした時。


 

「おい、あんたらちょっと止まれ」


 

 狼谷さんのハスキーボイスが廊下に響く。

 温度が数度下がったようなヒリついた雰囲気に、ぶつかってきた男子が振り向く。

 

「ひ、狼谷さん……。あの、俺っすか……?」


「お前しかいないだろ。ぶつかったんだったら謝れ」

 

「……すみません」


 男子が顔面を蒼白にさせながら狼谷さんに頭を下げる。

 

「あたしじゃない。田貫に」

 

「ぶつかって、すみませんでした」


 今度は俺に向かって頭を下げた。


「いいよ。今度から気をつければ。それに急いでるんだろ? 行って」


 俺の言葉を聞いた男子は安堵した顔でその場を後にした。


「狼谷さん、ありがとう」


「別に」


 そして狼谷さんは俺を置いて足早に教室へと戻った。

 

 というか狼谷さんは俺にぶつかっても謝らないのに人には謝らせるんだ。

 さしずめ、あたしの獲物を取るなといったところだろうか?


 

お読みいただきありがとうございます!

明日も20時ごろに投稿します!



「面白い!」「狼谷さんにぶつかられたい!」と思ってくださいましたら

どうか『ブックマークに追加』と『★でのポイントでの応援』をしていただけると嬉しいです。

よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ