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31話 あたし、学校やめるから




「いや〜、昨日の田貫の最後やばかったな〜」


「何度思い出しても笑える」


「おい、そんなにいじるなよ」


 翌日、登校してそうそうに教室で俺の机の周りをクラスメイトに囲まれていじられていた。

 主に大倉が筆頭となっている。許せん。


 しかし、準優勝というのを忘れるくらいにみんな楽しそうだ。

 ちなみに女子はサッカーをしてて、早々に負けて全試合を終えたみたいだった。

 だからあの時、俺はまたも醜態をクラスメイト全員に目撃されたことになる。

 

「その前は活躍してたのにね」


「バシッとすごいの取ってたじゃん」


「それはすごい。認める。けどさその後の落差よ」


 あははは、と大倉が腹を抱えていた。


「てか、元はといえばお前が俺の名前を呼んでトスあげるからだろ」


 そう考えると大倉が俺を追い詰めた真犯人かもしれない。

 自分がスパイクできなかったことを棚にあげていう。

 

「自分がスパイクできなかったからって俺のせいかよ?」


 大倉の言い分はしごく尤もだった。

 正直、俺もそう思ってたから。スパイクできないことを認めてレシーブかトスで返せば良かったんだ。

 あの場の雰囲気にやられてしまった俺が悪い。


「あー、めっちゃ笑ったわ。もう一回見返したいくらいだ」

 

「私あの時動画撮ってたよ。送ろうか?」


 ほんとやめてくれ。

 前の体育のときは誰もスマホを触ってなかったけど、球技大会はゆるいから撮影されていたなんて。


「ほんと?」


 ずっと黙って隣に座っていた狼谷さんが急に反応する。バッ、とみんなの視線が一斉に集まった。

 ほんと狼谷さんは俺の恥ずかしいところを見たり知ったりするのが好きだなあ。

 

「欲しいんだけど」


 狼谷さんのセリフに周りがにやにやと妙な笑みを浮かべる。

 俺のいじめはクラスメイト公認だからな、面白い素材は提供してしかるべきなんだろう。

  

「うん! クラスラインに送ってあげるね」


「ありがと」


 当人の了承を得ずに話は進んでいってしまう。

 クラスメイトの女子に、ぽつりと感謝を告げる狼谷さんの構図にどこか新鮮さを感じる。

 俺が知らない間に仲良くなっていたらしい。

 

 あと気になる事があったんだけどさ。クラスラインってなに? 俺それ知らないんだけど。

 いま聞くと周りに迷惑を掛けそうなので心にそっとしまっておく。

 

「っしゃー! これでまた観れるぜ」


 それからクラスメイトがスマホを見ながら、うわ、やべー、なんて感想を口々に漏らしている。

 きっとクラスラインに送られた俺の動画を見ているんだろう。そしてまた狼谷さんにこの動画をあのSNSアカウントにあげられてしまうんだろう。


 笑われて嫌なはずなのに、不思議と悪い気はしない。  

 俺がバレーをしてここまで喜ばれたことがこれまであっただろうか。

 記憶を探ってみてもそんな経験はないのだから。


「打ち上げとかしてえな!」


「いいねそれやろうよ!」


 大倉の発案にクラスメイトの女子が賛成して、徐々に話題が打ち上げの話に移り、盛り上がっていく。


「田貫も来るよな!」


 打ち上げか、誘われたことも行ったこともないからどういうものか分からない。

 それに、クラスメイトが集まる場にいじめられてる俺が行ってもいいのだろうか。 


「ええっと狼谷さんが行くなら」


 一人で参加すると怒られそうだから狼谷さんが行くなら問題ないだろう、と彼女に投げかけた。

 

「ん。まあ、いいんじゃない」


 狼谷さんは頬杖をつきながらぶっきらぼうにいう。

 許可が出たぞ。

 

「っしゃあ決まりだ」


「日程はいつにしようか」

 

 須山がそう投げかけた時に、教室のドアががらがらと開く。

 いつの間にかチャイムが鳴っていたみたいでHRが始まる。


 担任の先生の顔がどこか浮かない顔をしていた。

 若いから生徒にいじられることもあるけど、元気で生徒想いの良い人なのに、どうしたんだろう。


 HRを終えた時、「田貫くん」と声をかけられた。


「今から来てください」

 

 呼び出しをされて、俺はついていく。

 着いた先は生徒指導室だった。最近遅刻したりしてないんだけどな。


 生徒指導室のドアを開けると、学年主任、生徒指導主任が座って待っていた。


「田貫くん、座ってください」


 ただ事ではない事態に戸惑いながらも俺は言われた通りに席についた。

 机を挟んで向かいには学年主任、生徒指導主任、そして左の側面に担任の先生が着任した。


「先生方揃って、一体どうしたんですか」


 学年主任が口を開いた。


「田貫くん、まず我々は味方です。安心してください」

 

 味方? 一言目がそれとはどういうことだろう。


「だから、辛いかもしれないけれど隠さずに話してください」


 前置きを挟んで、ようやく本題に入るようだ。


「単刀直入に聞きます。田貫爽太くん、あなたはクラスメイトの狼谷凛子さんにいじめを受けていますね?」

  

 ドクン、と心臓が跳ねる。

 いじめ、自分では思っていたことだけど大人の口から聞くと重大なことを突きつけられたように思う。


「それは、どうしてですか……」


 イエスでもノーでもなく、俺は尋ねた。

 

「授業中にスマホを触っている生徒がいたんです。一時預かるために取り上げたら、その子が見ているSNSアカウントがたまたま目に入ってしまいまして、あなたの動画があげられているのを見つけました」


 言っているのは狼谷さんのSNSだろう。

 そこが発端みたいだ。


「そこから早期対応するために対策委員会が動きました。ひっそりと周りにヒアリングから始めました、しかし、みんな何かを隠すように言葉を濁すんです。ますます怪しいと思いましたので調査を続けていました。すると彼女はあなたのと思わしきボールペンを胸に刺していたり、あなたの上履きにラクガキしているのがSNSを通じて分かってきたのです」


 あのSNSが証拠をあげている場となっていたというわけか。

 口を閉ざしていた担任が声をあげる。

  

「学年主任、何度も言ってるじゃありませんか。あれはいじめじゃありません、ただのコミュニケーションです。これまで出席が不安定だった狼谷さんがようやく毎日出席するようになったんです。それは田貫くんと仲良くなったからです」

 

「中里先生、発言には気をつけてください。それが違っていたらいじめを容認していたことになるのですよ。自分のクラスからいじめが出るなんて信じられないのはわかりますが冷静に考えてください」


 担任の先生をぴしゃりと説き伏せる。


「調査をする中で担任にも普段の様子を確認しましたがこのような楽観的な答えしか返ってこず頭を悩ませていたんです。ですが球技大会のあの日、私は決定的な証拠を目撃しました」


 学年主任が俺を見据えて続ける。


「校舎裏で狼谷さんがあなたのことを足で蹴っていました。人目を避けていじめに及んだと見ています。辛かったでしょう、ここに至るまでに問題を解決できず申し訳ございません。適切な処理をして行きます。だから、もう隠さなくても良いんです。あなたは狼谷さんにいじめを受けているんですよね?」


 最後の問いかけと言わんばかりに、押し黙る学年主任。

 みんなが俺の回答を待っている。


 彼女は初めから俺に『あんたのこといじめるから』と面と向かっていってきた。

 俺たちの関係性はと聞かれたら、いじめいじめられる関係性にある。友達ではないだろう。

 だから俺が示すことはこれしかない。

 

「……はい」


 肯定だった。


「田貫くん?!」


 がたっと中山先生が立ち上がる。

 学年主任や生徒指導主任が「やはり」と頷きあっていた。


「頑張ったね田貫くん。私たちはこれから然るべき対処をして行きます。ひとまず田貫くんは教室に戻らなくていい。中山先生荷物を」

 

 俺は今日はひとまず家に返されることになった。

 荷物を持ってきてくれた中山先生が、学校の玄関口にまで付き添ってくれるようだ。


「ねえ、本当にこれでよかったの?」


「よかったの言われても……」


 聞かれたことに対してただ事実を述べただけで、そこに俺の意思は介在しない。

 

「そうよね。気づけなかった私がいうべきことじゃないね。ごめんなさい。でも、とても仲が良さそうに見えていたから……」


 俺は先生の言葉に何も返せず、家に帰った。


◆

 

「ただいま」


「あら、帰ってきたの。早いじゃない、何もすることがないくせにどうしたの」


 なんとも間の悪いときに帰ってきてしまった。母さんに出くわすなんて。

 

「体調が悪いんだ」


 いじめ問題が発覚したからとは言わず俺は適当な理由をつけた。

 

「体調が悪いなんて小さい頃からお母さんの言うことをもっと聞いておけばこうはならなかったのにね。従兄弟のけんじくん覚えてる? あの今年大学二年生になった子。あの子、オリンピックの強化選手ですってあんたもそうなれればよかったのにね」


 そうだね、なんて俺は同意する。


「まああんたじゃ無理ね。決めたことを途中で投げ出すあんたじゃ」


 バレーをやめてから、母さんは顔を合わせると俺の悪口が止まらなくなった。

 それを俺は甘んじて受け入れていた。それまでお金を出してもらっていたのは事実だし、いまも育てても貰っている、

 高校になってからはお金を渡されるだけにはなったけど、それなしでは俺は生きていけないから。


「あんた、そのカバンにつけてるのなに? そんな意味のないものつけて、外しなさい」


 母さんは俺の通学カバンにつけているぬいぐるみが気に食わなかったみたいで、手を伸ばしてきた。

 

「触るなよ」


 俺は伸ばしてきた手を払って、カバンを引いて避ける。

 すると母さんの顔がみるみる内に赤くなって行った。

 

「暴力! 暴力よ!」


 急いで自室に篭るけど、扉の前で騒ぎ立てる声がする。

 耳に突き刺さるような金切り声が、心をささくれ出させる。


 人を傷つけるために出された声じゃなくて、落ち着いた低い声が聞きたい。


◆


 翌朝、俺は職員室へと行き、担任の先生の元へと足を運んだ。

 これからどうするかを教えてくれるようだ。

 

「あれから色々あってね、ほぼ解決に向かっているの」


 一日やそこらでいじめ問題とは解決するもんなんだろうか

 ふと机に置かれる書類が目に入った。


「それって退学届ですか」


「ええ、あれから狼谷さんと話をしたんだけどすんなりと認めてね。接触厳禁を言い渡したんだけど、これを朝一で彼女が持ってきたのよ。詳しくは別室でお話しします」


 移動しようとする先生に向かって俺は尋ねる。


「あの、狼谷さんってどこにいるんですか」


「安心して、いまは教室にいて自分の荷物をとっているところだから顔を合わせなくて済むわ」


 それを聞いた俺はなぜかいても立ってもいられなくなって、職員室を飛び出していた。

 ちょっと田貫くん! と背中から呼び止められるのも無視をして。

 

「……狼谷さんっ!」 


 たどり着いたのは教室、ドアを開けた先には狼谷さんがいて荷造りをしていた。


「田貫じゃん。あんたあたしと会っていいの」


「退学届け見たんだけどあれって……」


「あんたに迷惑掛けたね。なんか変だなって思ってたんだけど、いじめってしちゃダメだよね。でももう安心して」


 床を見つめた狼谷さんが顔をあげてこちらを向く。

 カーテンがふわりと風に舞う。

  

「あたし、学校やめるから」

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