28話 球技大会当日②
「ごめん」
言葉がコートに吸い込まれていく。
「どんまいどんまい」
「そんなこともあるって」
「相手ラッキーだったな」
口々に励ましの言葉が飛んでくる。
「いいや、俺のせいだ」
遮るように俺はいう。
ラッキーなんてない、理由はただひとつ俺が動けなかったからだ。全て俺が悪い。
「たぬき〜、そう固くなんなって〜」
「そうだ。これまで十分な働きを見せてくれてる。ローテーションだから少し休んでおけ」
大倉が俺の肩を揉み、須山が腕を組みながら頷いている。
コートから抜ける中、視界の端で漠都が舌舐めずりするのを俺は見逃さなかった。
それから試合が続き、またも漠都と俺のマッチアップ。
サーブ権やローテーションの順番的にぶつかりやすくできているんだろう。勝つために須山が考えたのかもしれない。
いまはそんなことはどうでも良く、目の前の相手に集中する。
漠都の持つボールが上がる。これまで回転を加えながら高く上げていたのに対して少し浮かすように。
漠都の跳躍も体育館を響かせるような轟音はなく、とん、と弾むように軽やかだった。
あいつ。もう見抜いてきたのかよ。
ぽんと手のひらで押し出すように叩かれたボールが緩やかに向かってくる。
「田貫、チャンスボールだ頼むぞ!」
クラスメイトからの檄が飛ぶ。
ああ、チャンスボールだな。ただ、これが無回転じゃなければ。
ネットを超えるとボールは気まぐれに意思を持つようにふわふわとブレる。
どこにくる。また手前? それともオーバー?
いや、右手前だ! ぐにゃん、と俺を嘲笑うかのように軌道を変えて、右手前、誰もいないところにぽすんと落ちた。
「えっ、めっちゃボール動いてた」
「遅いのになんかすご」
無回転のジャンプフローターサーブ。
高い打点から無回転で打ち出されるそのボールは空気抵抗により面白いように軌道を変えて、威力こそないものの受ける相手を翻弄する。魔球だ。
無秩序に動くボールに対するには、咄嗟の判断と食らいつくような俊敏な動きが要される。
「くっ」
分かっているのに、分かっているのに!
「ふうん」
漠都が確信を得たように頷く。
またもジャンプフローターサーブ。ゆらゆらとこちらに向かってくる。
そして、俺から避けるようにコートに滑り落ちる。
落ちゆくボールを追うように、俺はただ項垂れることしか出来なかった。
「だめだ、あいつここぞとばかりに田貫を狙ってやがる」
もう一本くる。きっとここでも動けない。
落下地点予測、無理だ。ギリギリまで見極めるしかない。しかし、見極めていては手が届かない。
「調子乗んな、よっ!」
大倉飛び込んできて片手でポンとボールをあげた。
球筋こそ脅威だけどちゃんと当たれば弾かれることはない。
トスへと続くと大倉は即座に立ち上がって、スパイクを決めた!
「よっしゃあ!!」
「あらら、やられちゃったか」
大倉が流れを断ち切って1セット目が終了した。
決勝戦は2セット先取の3セット制となっている最後を締めくくるのにかなり大掛かりだ。
その分1セットあたりの必要得点が下がる。
1セット15点、最終セットにもつれ込んだ場合は10点で決まる。
「1セット目先取! この調子でいくぞ!!」
「おう!」
大倉の呼びかけにクラスメイトが呼応する。
俺は続くことができない。
「おいおい、しけたつらしてんなよ田貫。こっからだぜ?」
「そうだぜ!」
「あのすごいやつ取れるのお前しかいないんだからさ!」
皆の視線が俺を向く。そんな顔で見ないでくれ。
「あぁ……」
しかし、俺は生返事を返すしか出来なかった。
それから5分間の休憩を挟む。壁にもたれて佇んでいると須山が話しかけてきた。
「須山か、どうした?」
「なあ、田貫。前にお前が言ってた、バレーができない弱点って」
須山の顔を見れば分かる。
どうやら気づいたみたいだな。
「飛び込みが出来ないんじゃないか?」
飛び込み、いわゆるフライングレシーブ、守備範囲を一気に広げる技術。
体を潜り込ませるようにすることで落下地点ギリギリに手を伸ばし、届かないボールも届くことを可能にする。
ピンチを救いチャンスに変えることだって出来る、レシーブの最終手段。
「ああ、そうだ」
俺にはそれができない。こんなんでは守備の要のリベロは失格だ。
「良くわかったな。どうしてだ?」
「違和感を覚えたのは最初の練習のとき、俺がボールを変な方向に打った時田貫はボールを見送った。初めは大倉が来たから実力を隠すためだと思った。しかし、前の試合でたまたま無回転ボールになった時一歩も動けていなかった」
まあそのタイミングだろうな。
漠都もそれを見ていてスパイクサーブからジャンプフローターに切り替えたんだろう。
「今日、漠都は真っ向勝負をしていたから、田貫めがけて打っていた。真正面に来たボールだから取れていたんだ」
「その通りだよ」
ここまでくればもういいんじゃないか?
「分かっただろ? 俺はもうバレーができない。する価値がないんだ」
「そんなことは……っ!」
「時間だ。戻ろう」
ホイッスルが鳴って休憩が終了し、試合が再開する。
試合後始まると漠都は俺相手にはジャンフロだけを使ってきて、俺はそれが悉く取れずにいた。まぐれで体に当たってなんとかといったところだ。
勢いに乗った相手に押される形で2セットはあっけなく取られてしまった。
セットが終わって俺はぽつんとコートに残っていた。
周りもどうやら掛ける言葉が見つからないらしい。
居た堪れなくなった俺は体育館を抜け出した。
「おい田貫! どこ行くんだよ」
「大倉、そっとしとけ」
「そんなぁ……」
◆
ついた場所は校舎裏。
俺の学年は球技大会をしているし、他の学年は授業中だ。ひとりになるには最適な場所だ。
タオルを頭にかけて、俺は項垂れていた。
はぁ、何やってんだろうな。
調子に乗って、みんなの士気を下げて最悪だ。
こんな奴がいるくらいなら戻らない方がいいかもしれない。
いっそ、このままやり過ごそうか。
そんなことを考えていると、頭から水がかけられる。
それが髪や首に液体が滴っていく。
「つめたっ!」
雨か!?
タオルを剥がして見上げるとそこには良く知っている狼谷さんがいた。
球技大会中だからか、体操服の裾を腰のあたりで結んでいてくびれたウエストと綺麗なおへそがのぞいていた。
「休憩そろそろ終わるけど、あんたこんなとこいていいの?」
「もういいんだ」
「なにそれ。だっさ」
狼谷さんは睨みを効かせる。
そんなことを言われても動く気にもならない。
「全部俺が悪くて、俺が無価値だから仕方ない」
「なんなのそれ」
「だってさ、足が。足が固まっちゃって動かないんだ……」
俺は俯く。ぽたぽたと水が滴り落ちてアスファルトを濡らしていく。
「田貫。なにがあったの?」
聞いたことのない優しい声音の狼谷さんがそこにいた。
いつも恥ずかしいところを見られている狼谷さんになら、俺の恥ずかしい過去を話してもいいんじゃないかと思った。
それほどまでに俺は気が滅入っていたんだろう。
「昔……」




