27話 球技大会当日①
「えー、これより球技大会を始めます。くれぐれも怪我に気をつけるように」
体育館で俺たちの学年の男子生徒が立ち並ぶ中、マイクを学年主任が挨拶をして早々に大会の火蓋が切って落とされた。
「順当に勝ち進めば漠都のクラスとは決勝だな!」
大倉がホワイトボードに書かれたトーナメント表を見ながらはしゃいでいた。
学年は10クラス、大会はトーナメント形式で一日を通して行われる。
授業が潰れる分にはありがたいな、なんて思っていると須山が口を挟んだ。
「目標は優勝だ。誰といつ当たるかは関係ない」
なかなか強気な発言だ。全勝するのならその意味ではいつ当たっても同じだけどそう考えるのは難しい。
勝負事には熱い須山らしいな。
「むしろ、体力のある初めに当たった方がコンディション的に良いのか?」
「それだとみんなの体があったまってないだろ」
「それもそうか……」
ううむ、と須山は唸っていた。
二人とも本気すぎるだろ。
「あんな強いのと当たって一回で負けたら、そこで終わっちゃうじゃん。そんなの楽しくないだろ」
「敗者同士で試合するらしいからその心配はいらないぞ」
「え、そうだっけ」
「先生がそう言ってたろ、聞いとけよなー」
クラスメイトたちが大倉たちの会話の中に入っていった。
トーナメント形式だがどのクラスも試合の数が同じになるように勝者同士、敗者同士で試合を行っていく。
これは公式大会ではなく、あくまでも学校行事の一つだから、ある程度の公平性があるわけだ。
明確な敗者が決まってしまうのはどうなんだろうと思うけど。
初戦敗退よりも苦い思い出になってしまうんじゃないか。
「全敗して最下位なるのってネタになんじゃね?」
「ばか、最初から最下位目指す奴がいるかよ」
突っ込みのあと笑いが起きる。
そうか、全てが勝負の世界というわけではないんだった。
この中で俺の考えは、酷く毒されているように思えた。
早速、第一試合が始まる。
「円陣組むぞ!」
大倉がみんなに呼びかける。
円陣って初戦なのにえらい気合の入りようだ。
「おい、田貫も来いよ」
「分かったよ」
須山に呼ばれて、円陣を組む。
「よぉし! まずは初戦。向こうはバレー部がいないけど、気ぃ引き締めてこうぜ!!」
掛け声のあと、みんなが、おー、と足を踏み締める。
あれ、こんなの打ち合わせしてたっけ? なんでみんな揃ってんの。
足を踏み出すのが俺だけ出遅れてしまった。
そして試合が始まる。対戦相手はバレー部員のいないクラス、経験者がいるといないとではスポーツは大きな差がある。
それに引き換えて俺たちのクラスは大倉と須山がいて、おまけに二週間前から練習していたこともあり、レシーブが上手く、ボールが繋がっていく。
スパイクをするのはぎこちないものの、それでも相手の技術が足りないのもあって、緩いボールでも決まっていく。
試合はスムーズに進行していき、25-11と大勝だった。
「しゃあ!! まず一勝目!」
腕を伸ばし人差し指を突き立てる大倉に、みんなも群がって勝利を喜んでいた。
とてもあの輪には入れそうもない。
連続で試合を行うわけもなく、コートが二面だから他のクラスの試合を挟む。
その間は結構休憩を取るとこができた。
続いての試合はバレー部が1人居た。
それでもこちらが優勢かと思いきや、野球部が何人かいて思いのほか上手い。
俺たちは野球が上手くないのに、野球とかサッカー部って割となんでも上手いのなんなんだ。
眺めてるうちに、相手のサーブが決まる。
「すまん! なかなか上手いわ」
「気にすんなよ、腕に当たってたじゃんか! あれは相手が上手い」
二週間練習したとはいえ速いサーブを受けるには百発百中というわけにはいかない。
「次、田貫頼んだわ」
「ああ」
先ほどレシーブができなかった男子が悔しそうな顔をして、俺と交代をする。
コートに立つ。
坊主頭の肌の焼けた男子がフローターサーブをする。
普通初心者はアンダーだろ。
スピードの乗ったボールが向かってくる。
かなり速いが俺なら取れる、でも、ここで取って目立ってしまってもいいのだろうか。
点差はこっちが有利だ、たとえ取りに行くふりをして落としても挽回の余地はある。
ここは落として次に運良く上げたように見せかけるかと、今後の展開を考えていると、ふと、先ほどの悔しそうな顔が浮かぶ。
みんな本気でやっているんだ。
ここで俺が手を抜くことは「楽しい」に水を差す行為ではないだろうか。
ふわり、と勢いを殺したやわらなボールがセッターに上がる。
トスへと繋がりスパイクが決まった。
「あれ取れんのかよ!」
「田貫すげえ!!」
クラスメイトから歓声が上がる。
こういうときはどうすればいいんだっけ。
「おい田貫、喜べよなあ」
走り寄った大倉が肩を組んでくる。
そうか喜べばいいのか。
「よし」
「声ちっさ」
もっと声出せよなー、なんて周りが野次を飛ばしてくる。
これくらいどうってことないのにさ。
「強いボールはバレー部二人と、田貫に任せろ!」
「俺入ってんの?」
「それ以外は全力で拾うぞー!」
なんて意識が俺を置き去りにしてクラス内に広まっていく。
その試合は勝つことができ、それからは破竹の勢いで勝ち進んでいた。
「田貫ナイスだな!」
「やるじゃん」
「くっそー、俺も活躍しないとな」
ポジティブな空気が伝播していく。
俺がバレーをすることでこんな風になるなんて思わなかった。
「っしゃー! このままきたら優勝だー!」
拳を突き上げる大倉に、大男が声を掛ける。
「そいつは無理だな」
「なんだと獏都」
「優勝するのは俺たちのクラスだからな!」
大柄な体躯にツンツンな髪型、迫力のある顔に響く声。
体育館内でも圧倒的な存在感を放っているのが、獏都と呼ばれるこの男だった。
「順当に勝ち上がってきたか」
須山が苦々しい顔でいう。
超高校級のスパイクサーブを放つこの男は俺たちのクラス優勝に大きな障害となるだろう。
獏都だけでなく、その他の人たちも練習をしていただけあって何もしてないクラスよりも連携が取れているのが試合中に分かった。
整列してホイッスルが鳴り、試合開始の合図だ。
ジャンケンで相手のサーブから始まる事が決まっていた。
バン、バンとボールがコートに叩きつけられる音がする。
試合の口火を切るのは奴だった。
「おらおらおらぁ! かましてくぜえ」
「くっそ、初っ端獏都からかよ」
バレー部のエースにしてビックサーバーの獏都だった。
一人目からサーブをすることで、獏都の試合あたりのサーブ権を多くする作戦なんだろう。
俺らのクラスの、後方のセンターには大倉が構えていた。
獏都は片手でボールを持ち、回転させるように天高く上げる。
————バンッ。
床を蹴り上げたとは思えないほどの轟音が体育館に鳴り響く。
人一人分に近い高さまで大男が飛び上がった。
————バンッ。
二度目の轟音とともに、大砲のような球が放たれる。
「そう簡単に行くかよ!」
大倉が腕を伸ばしてボールに当てる。
「やるなあ!!」
その様子にニヤリと獏都が笑う。
「だけどそれじゃあ受け止め切れねえだろ?」
「ぐはぁ!」
ボールが横に弾かれて、目にも留まらぬ早さで壁へ飛んでいく。
大倉はその場でボールの行方を見ることしかできなかった。
あのサーブ何度見ても驚異的だ。
「次もやってくぜえ」
続く獏都のサーブに、大倉とローテションで交代した須山が備える。
コートを蹴り、飛ぶ音は相手に威圧感を与える。放たれたボールはガシャンとネットに引っかかった。
「おい! 獏都! あぶねえな!」
「すまん! ミスった!」
相手のクラスメイトが獏都にいう。
味方からしても後ろからボールが高速で来るのは気が気でないだろう。
「助かったぜ。でもまあこんなもんだよな」
須山が息を吐いていた。
強力なジャンプスパイクサーブはプロでも成功率は70%から90%で、思い切り打つ分ミスをしても仕方のないものだ。
いくら上手いとはいえ高校生でもある程度の成功率だから、ミスするのは当然のことと言える。
「男子って力強いんだ」
「うわあ、はっやいねえ」
がやがやと甲高い声がする。
上をみると、体育館の上段を女子たちが取り囲んでいた。
ある程度試合が終わったり空いた時間で男子の方にも来ているんだろう。
女子がきたことにより男子たちは妙な熱気を帯びる。
それから試合は拮抗し、ローテーションが漠都に回ってきた。
サーブを打つも、あれほどまでに速いものじゃなかった。というかかなり手を抜いている。
コートに立っているのは大倉や須山ではなくバレー部以外の面々だ。
大会とはいえ学校行事だから弁えているんだろう。
女子が多くなっているというのに今日は落ち着いているらしい。
ボールが普通に返っていくも、相手にスパイクを決められ、サーブ権は向こうのままだった。
次は俺の番か。
コートに立つと、威圧感が俺を襲う。
漠都がこちらを真っ直ぐに見据えていた。
バン、バンとボールを打ち付ける音。
片手でボールを構えて空に放る。
おいおい、あいつ本気で打つつもりじゃないか。
俺はバレー部じゃないんだぞ。
————バンッ。
爆発音が炸裂する。
ボールが唸りをあげて、俺の体目掛けて向かってくる。
腰を落とし腕を組む。
ボールのスピード、回転、軌道。腕の角度、力の入れ具合。完璧。
バチンと腕から大きな音がするも、ボールはふわりとセッターへと向かう。
「くぅう、やっぱ上げてくんだなぁ!! お前はぁ!!」
やっぱりということは、俺が経験者であることに気づいているようだな。
トスが上がり、こちらのスパイクが決まった。
「え、いまのサーブやばくない?」
「やばいけどさ、それ取った方がすごいっしょ」
「あの人バレー部だよね、もう一人のは誰?」
「田貫くんっていうんだ。なんかかっこ良く見えてきた」
「ちょっと、あんたよしときなって。ひゃっ、ごめんなさい! うちは悪くないですこっちの子が勝手に言ってるだけです!」
上が何やら騒がしい。
地味な俺があれを取ったから目立ってしまっているのかもしれない。
けれど、これでいい。わざわざ手を抜くことはないのだから。
点を決めては返されてが繰り返す中、相手のサーブ時にそれは起こった。
「やべ、変なとこ当たった」
ふわぁっとしたボールをネットすれすれ辛うじて超えて俺の方へと向かってくる。
「田貫、頼んだぞ!」
しかし、ボールはぐにゃんと曲がって目の前に落ちた。
俺の足はまるでコートに縫われたように動かなかったのだった。




