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25話 救世主



「これ、食べな」


 昼休みの校舎裏、狼谷さんに唐揚げを突きつけられる。

 今日も俺の昼食はコンビニのおにぎりや惣菜パンだ。


 狼谷さんはそんな俺の昼食を嘲笑うように、自身の手作り弁当のおかずを食べさせてくる。

 こうやって自分の優位性をまざまざと見せつけてくるわけだ。


 それも狼谷さんは断ろうとしても無理矢理に突っ込んでくるものだから、最近は大人しく口を開けている。


「くっ、味が染みてて冷めてるのに美味しい」


 思わず感想が口をついて出る。

 鶏肉が柔らかくて、なにをしてるかわからないけど、下ごしらえをきちんとしてる

 薄づきの衣だから油っぽくなく、時間が経つことを考慮しているんだろう。

 そして、味がしっかりとついていてお弁当のおかずに最適だ。


「でしょ」


 彼女は俺を少し見下すように顎をあげ、にやりと笑った。

 おかずだけじゃなくて屈辱も一緒に味わい終えて、俺は立ち上がる。


「それじゃあ俺、本当に行くけど大丈夫?」


 狼谷さん頼む、引きとめてくれ!

 そしたら後で、大倉たちに狼谷さんの気が変わったみたいで行けなかったんだ、なんて言い訳も立つ。

 そんな一縷の望みをかける。



「大丈夫に決まってんでしょ。舐めんなし」


 

 んべっと狼谷さんは舌を出す。

 それからしっしっ、と俺を追い払うように手を振る。

 希望は打ち砕かれてしまった。


 ダメだったか。

 

 はぁ、と俺は肩を落とす。

 これでいよいよ練習参加しないといけなくなったんだよなぁ。

 体育館に向かうために校舎裏を去ろうとすると、曲がり近くに下級生の女子たちがいた。


「彼女あれ実は絶対さみしいやつだよね」

 

「彼氏さん構ってもらえなくて落ち込んでるじゃん」


「あっ」

 

 俺がぬっ、と出てきたからか女子たちは慌てて離れて行った。

 そこまで驚かなくても。立て続けにショックを受ける。

 

 それにどこかのカップルの話でもしてるみたいだったな。

 俺には関係ないようだけど。


 ◆


「よーし、田貫来たかあ」


 体育館に到着すると、先んじて来ていた大倉が手を挙げる。

 シャツの袖とズボンの裾をまくりあげて、運動しやすいようにネクタイを外していた。

 大倉の快活な雰囲気と相まって似合っている。


 体育館は他にもバスケしたり、運動ではなくだべったりといろんな生徒がすでにいた。

 俺が知らないだけで結構使われているんだな。


「俺の勧誘のかいがあったな」


 ははは、と大倉は腕を組んでいた。

 

「お前の勧誘じゃなくて狼谷さんの影響の方がでかいだろ」


「おい須山、水さすなよ」


 そこにはシャツの袖をまくっている須山がいた。

 大倉とは違ってズボンの裾はまくっていないし、ネクタイはシャツのボタンとボタンの間に差し込むようにしていたが。


「な、俺の誘いだったからだよな?」


 大倉は自身の顔を指差しながら聞いてくる。


「いや、狼谷さんに言われたから」

 

 大倉には悪いがこれが真実だからな。

 それにたとえ断っても彼はからっと後腐れなさそうだし。

 

「くー、狼谷さんの影響力でけー」


 やっぱり。こんな直接的に言っても嫌な感情を一切こちらにぶつけてこない。そもそも持っていないんだろう。


「んま。それでも来てくれるだけ嬉しいぜ」

 

 誰とするかじゃなくてバレー自体が好きなんだろう。

 俺以外にも来ているクラスメイトたちが数人いたので、早速練習をすることとなった。




 大倉を中心として、レシーブ練習をしていく一員に、俺も加わろうかとしていた時。


「田貫は俺とだ」

 

 バレーボールを持った須山に呼びかけられた。


「ほら、レシーブから」


「いきなりだな」

 

 投げてきたボールを俺はレシーブして返す。


「おお良い感じだな」


 上がったボールを須山はスパイクする形で優しく振り下ろす。

 ボールが俺の腕に飛んでくるように調節されていた。

 ただボールを当てるだけで返っていく。

 

「マンツーマンとは手厚すぎるんじゃないか? あんな醜態晒してしまったから仕方ないか」


 大倉がいっていたように俺は体育で悪目立ちした。

 そう思われている方が気が楽だから。

 

「そんなに卑下しなくても良いんだぞ。そんな下手じゃないんだから、さ」


 須山はこんなやつにも気を遣ってくれる。

 

「だってそうだろ? 田貫は『御坂中学の救世主』なんだから」


 なんてことないように言って須山は打ち返してくる。このまま話したいみたいだな。

 俺は動揺を隠しながらレシーブする。

 

「よく俺の出身中学を知ってるな。でも救世主? なんだそれ」

 

「とぼけるなよ。田貫はバレーボール経験者でリベロだった」


「リベロともいわれる奴があんなレシーブするわけない。分かるだろ」


 派手に吹っ飛ばすようなレシーブを。


「おお、リベロがレシーブがうまいポジションって知ってたのか」


 須山がわざとらしく驚いた顔をする。

 その誘いには乗らない。


「まあ、テレビで試合を見たりしたらそれくらいはな」


「そっかそっか」


「それに俺は顔面レシーブしたり、吹き飛んだりするんだぞ。救世主なんて何かの間違いじゃないのか」


 会話を続ける中でもレシーブの音、スパイクの音が規則的なリズムで交互に鳴っていた。


「あの顔面レシーブ、ちゃんとセッターの大倉に返っていたし。そもそも素人だったら獏都(ばくと)のサーブが真正面に来たら避けたりなんなりするって」 


「大倉に返ったのはたまたまだし、サーブはビビって足が竦(すく)んだだけだ」


 須山の理論に俺はそれらしい理由をつけて返す。

 

 見てるやつは見ていたみたいだな。

 俺が変な好奇心を覗かせたばかりに。


「そうか? まぐれでもさ、あのレシーブすごかったな」


「すごくなんかないだろ」


「いやいやバレー部の俺らでさえ取れなかったのに、ちゃんと上げてさ。しかも相手のコートに返ったんだからさ。十分すごいって」


 むず痒さと苛立ちが募ってきた俺はボールを返さずに、受け止めた。

 

「須山それ以上言うな……。あんなのはすごくない。Aパス以外は無駄なんだから」


 ラリーが止まる。

 そこで須山は、ふむ、と頷いた。

 

「田貫、自分でバラしてるぞ」


「はっ!」


 あいつの口車にのせられて、つい認めるような発言をしてしまった!

 須山はこうなるのを見越して会話をしていたように思う、食えないやつだ。


「続けようか」


 言われて俺はボールをあげる。そして須山がスパイクする。

 というかそもそもこのラリーを自然にしている時点でおかしいんだ、最初から嵌められていたというわけだ。

  

「このこと知ってるのは他にいるか」


「多分俺だけ。あとは獏都は感づいてるかも、案外鋭いやつだからあいつは」


 そうか。他の人には言っていないだけ優しい。

 それに、大倉が気づいてないみたいなのが彼らしいなと思う。


「なあ田貫、バレー部入らないか」

 

「そうくると思った」


 じゃないとこの話題を出さないだろう。

 

「悪いがあれからお前のこと調べさせてもらったよ。無名の中学を全国大会にまで導いたリベロ。救世主とまで言われるその実力。新設の部活動の俺たちからすれば喉から手が出るほど欲しいんだ」


「別に悪いとは思わないさ。でも、俺のことを調べたのならわかってるだろ」


「ああ、中学三年から大会に出ていない。消えた天才、と。何があったんだ?」


「天才はさておき。これくらいのラリーなら問題ないが、俺には弱点があるんだ」

 

 バレーをするには致命的な弱点がな。

 

「おうおう! 田貫めっちゃ上手くなってんじゃん」


「あっ」


 突然、大倉が手を広げながら能天気に話しかけてきた。

 驚いた須山がスパイクを打ち損じ、ボールがあらぬ方向へと向かう。


 俺はそれを見送って、拾いに行く。

 

「おいおい、須山。素人にそのコースは厳しいだろ。飛び込んでやっとのとこじゃねえか」


「あぁ、すまん田貫」


 気にしないでくれ、そう言ったのもつかの間、何やら体育館の入り口がにわかに騒がしくなる。

 バレーの練習以外にも遊んでいる生徒たちがいるのに、みんなは手を止めていた。

 そこには、体育館という活気溢れる場所と似つかわしくない女の子が居た。


「狼谷さんだ……」


 校舎裏で過ごしているんじゃないのか。


「なんで彼女がこんなところに」

 

「そりゃあお前、寂しくなって来たんじゃないのか」


 このこの、と大倉が肘で俺の体を押してくる。

 すると狼谷さんがギロっとこちらを睨んだ。 


「ちょっと、聞こえてんだけど」


 しーん、と静まり返った体育館で大倉の声は割と響いたみたいで、彼女の耳に届いてしまったらしい。


「ひぃ、しゅんましぇん」

 

 大倉はぶるぶると震えていた。

 それから昼休みが終わるまで、彼女は何するでもなく、じーっとこっちの練習風景を見ていたのだった。


 寂しくなったから来た?

 そんな訳ない、きっとどうせ気まぐれな暇つぶしなんだろう。



 


 

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