21話 間接キス
授業が終わって休み時間。
立ち上がって友達と談笑したり、その場で眠ったり、束の間の休息を過ごす中。
俺は楽しみにしていたあるものを取り出す。
手に持ったのはカップタイプのドリンク。
コンビニとかで売られている、密閉されてて上からストローを挿すやつ。
青と白の清涼感のあるパッケージには『飲むヨーグルトたっぷりクリーミー』と表記されてある。
「ヨーグルトは飲んでも飲まれるな!」のキャッチコピーでお馴染み。
新発売の期間限定商品で、凛子さんの働いてるコンビニで買った。
通常の飲むヨーグルトよりも大きめで、かつクリーミーらしい。
味についてはまだ飲んでないから分からないけど。
他にも旬の果物が入ったりすることもある。
ジュースは無駄だから飲むことはほとんどない、基本は水がお茶。しかしヨーグルトにはタンパク質があるから無駄じゃない。
だから飲むヨーグルトは嗜好品兼栄養摂取となり得る訳だ。
新製品が出るたびに買っても、なんら罪悪感が湧かない。
それにしてもコンビニって日々新商品が出るよな、スタッフさんは覚えてたりするんだろうか。
早速、側面についてあるストローをポリ袋から抜き出す。
それから二段階に短くされているストローを引き伸ばす。
尖った切先をフタ目掛けて突き刺した。
ぷすっ、と子気味の良い音がする。
この瞬間は少し快感だ。梱包材をぷちっと潰すような感覚と似ている。
これで準備万端だ。
どれどれ、どんな味がするのやら。
「のど渇いた」
俺がカップを近づけてストローを口に入れようとしたところで、狼谷さんが頬杖をつきながらなにやら呟いた。
その一言に動きを中断してしまったが、俺には関係ない。
気を取り直して一口。
「のど渇いた」
またも動きを止める。
それもそうだろう。ただの独り言かとスルーしようとしたのに、こっちを見ながら言われているのだから。
これは話しかけて欲しそうだな。
「自販機買いに行けばいいんじゃない」
「だるい」
いうと思ったよ。
自販機は一階食堂の近くにある、俺たちの教室は三階だから飲み物を買いに行くのは距離があって少々不便だ。
「水道の水は?」
「論外」
だろうな。
狼谷さんが蛇口を逆さにしてがぶ飲みしてる姿は想像がつかない。
そもそも高校生にもなって学校の蛇口から直接飲む人は少ない、居るとしてもガサツな運動部くらいだろう。
狼谷さんはじーっと俺を見つめてくる。
正確には俺の手元を、だ。
ささっと飲むヨーグルトを体で隠すも、時すでに遅し。
「なんか美味しそうなん持ってんじゃん」
狼谷さんは片方の口角を吊り上げた。
めちゃくちゃ典型的な絡み方されてないか。
バレてしまっては仕方ない、隠してた飲むヨーグルトを出す。
「それって最近発売されたやつでしょ」
「よく知ってるね。狼谷さんも飲むヨーグルト好き?」
「別に。そういうわけじゃない」
一瞬、飲むヨー好きな同志かと思ったけど違うらしい。
たまたま知ってただけか。
「好きとかじゃないけど、喉は乾いてるからちょーだい」
「いや、ヨーグルトじゃ喉潤いづらいだろうし、水とかの方が……あぁ」
理屈をこねているとパッとヨーグルトを奪われてしまった。
そのまま狼谷さんはストローにその薄く上品な唇をつけて、ちゅーと吸い込んだ。
まだ飲んでいなくて新品だからいいけど、遠慮ないな。
「俺の初めてを奪われてしまった」
「ごほっ、かはっ」
狼谷さんが急に咳き込んだ。
渇いていた喉に急にどろっとしたものを流し込んだから、詰まってしまったんだろうか。
呼吸が整った狼谷さんが、俺をギロっと睨みつけた。
「あんたなにふざけたこと言ってんの」
「新商品だから一口目は自分で飲みたかっただけだけど」
「紛らわしい」
「えぇ……」
知らず知らずのうちに、なにか変なこと言ってたみたいだ。
ごめんなさい、と一応謝った。
それから、返してもらうかと手を伸ばすも、ぺんと叩かれてしまう。
「まだだめ」
「俺のなのに」
「田貫が変なこと言ったせいで全然飲めてない」
さっき咳き込んでいたし無理もないだろう。
そうか、俺のせいなら仕方ないか。いや、そもそも俺のなんだけど。
狼谷さんは一息ついて、ヨーグルトを飲むのかと思いきや、手にしたカップを口でなく胸に持って行った。
それを胸の上に置いて手を離す。
ああ、そんなことをしたらカップが落ちて悲惨なことに!
そんな俺の予想は裏切られることになった。
なんとカップは狼谷さんの胸を台にして乗っかっていたのだったのだ。
それは狼谷さんの豊かな胸だから出来る芸当だろう。
カップの重みで胸は上から少し押されていて、柔らかさと重厚感が伝わってくる。
「はぁ……手で持たなくて楽」
狼谷さんはそのままちゅーっと、当たり前のように飲み始めた。
俺からしたら驚愕の光景だけど、この様子だといつも部屋とかでこんな風に飲んでいるだろう。
二口くらい飲んだ後、はい、と返された。
ストローの先端には赤くリップがついていて、なんだかドキドキする。
これって飲むと間接キスになるよな、リップがついてるから余計に意識してしまう。
狼谷さんはさして気にした雰囲気もなかった。
彼女からしたらそんなこと些末な事なんだろう。ファッション感度も高く、ギャルだから経験豊富そうだし。
ここで俺が躊躇していると馬鹿にされてしまう。
気にするな、飲め! 飲むんだ!
やっぱりダメだ!
意気込んでみたけど、女性経験のない俺にはかなり高いハードルだ。
様子のおかしい俺を見兼ねて狼谷さんが口を開いた。
「どしたん? 飲まないの?」
「これ、か、か間接キスになるんじゃなかなぁって」
恥ずかしくなった俺は俯きながらいう。
徐々に声が小さくなるのを感じながらも、どうにか伝えることができた。
くっ、これは盛大に笑われるぞ、と構えたけど何の反応もない。
呆れて言葉も出ないのかと顔をあげた。
狼谷さんはパーカーの袖で口元を隠していた、隠してるけど顔が真っ赤なことが分かる。
「……ば」
「ば?」
「ばっかじゃないの!」
耳元で叫ばれて、耳がキーンとする。
「うざい! きもい! もう、あたしが全部飲むから!」
そして狼谷さんは俺から飲むヨーグルトをひったくり、ちゅぞぞぞと飲んでいく。
たっぷりサイズなのにあっという間に飲み干されてしまった。
飲み終わって立ち上がり、空になったカップをゴミ箱に叩き入れた。
戻ってきた彼女は頬杖をついて、俺とは反対方向を向いてしまう。
また俺は彼女を怒らせてしまったようだ。
申し訳ないな、と思いつつもそれよりも彼女の意外な一面をみて、ふと安心する。
安心?
どうして俺はそんなことを考えているんだろう。
自分の中に沸き起こった感情に頭を傾げる。
どういうことかを考えてる中で、ひとつ気づいた。
結局一口も飲めてないじゃん!!




