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19話 お詫びの印


 

 これまでの雨が嘘だったかのような雲ひとつない晴天。

 俺は太陽からのお恵みを背に浴びながら、通学路を歩いていた。


「あぁー! なんてこと口走ったんだ俺は!」


 昨日の狼谷さんとの電話を思い出して頭を抱える。

 

 いじめられるのは狼谷さんが初めてだ、とか。

 今後ともよろしくお願いします、とか。


 押し切られたとはいえ、いじめいじめられる関係性では、あるまじきことだ。

 

 ともあれ、仲直り(?)を果たせたのかな。

 そもそも仲直りをする必要があったかは疑問だけど、このままクラスの雰囲気が悪いのが自分のせいなのは気が引けたから良かった。


 それもこれも凛子さんのアドバイスのおかげだ。

 自ら行動したおかげで誤解だということが分かったし、何もせずに熱(ほとぼ)りが冷めるのを待つのは間違っていたのかもしれない。


 立ち止まって、抜けるような青空を見上げる。

 

 一羽の鳥が羽ばたいていた。

 渡り鳥だろうか、複数居る鳥たちの最後尾に追いついて、群れの一員となってい飛び去って行く。

 

 あの時、昨日みたいに歩み寄っていれば俺はバレーボールを続けられることができたんだろうか。

 今となっては分からないけれど。

 

「うぃ」


 肩を押されて俺はよろけた。

 前方には青い襟足がちらりと見えた。

 こんなことをするのは彼女しかいない。


「狼谷さん」


 俺が呼びかけると、彼女はスカートを翻して回る。

 短いスカートの裾からは白くすらりとした脚が伸びて、締め付けるバント、そこからむちっと溢れた太ももが今日も目をひく。


「……おはよ」


「おはよう」


 彼女は所在なげに襟足を指にくるくると巻きつけていた。

 こうして面と向かって挨拶をするのがなんだかむずがゆい。


「その……改めて、ごめん」


「昨日謝ってくれたんだから、いいのに」


 突然、頭を下げる狼谷さんに驚く。

 周りに人がいないからいいけど、こんなのがバレたら何を言われるか分かったもんじゃない。

 俺が頭を下げさせてたなんて悪い噂が立ってもおかしくない。

 

「そっか、ありがとう」


 狼谷さんは晴れやかな表情を浮かべていた。

 そしてカバンに手を突っ込んで「はいっ」と見覚えのあるパッケージを取り出した。

 

「お詫びの印」


 渡されたのは『蒲焼さん太郎シリーズ』の『わさびのり』だった。

 俺がそのシリーズを好きってこと狼谷さんに言ってたっけ。

 

 いや、あまり高いものを渡されても受け取りにくいのを考慮して、たまたま駄菓子になったのかもしれない。


「『蒲焼さん太郎シリーズ』好きなんだよね、ありがとう」


 それを受け取って俺はカバンへと仕舞う。

 神谷さんはなにやらじーっと見つめてくる。


「どうかした?」


「食べないの?」


 狼谷さんは渡したものを今すぐ食べて欲しいタイプなのかもしれない。

 相手の反応が見たい気持ちはわかるけれど。


「ええっと」


「食べないの?」


 そんな目で凄まれたら、俺は一度仕舞った『わさびのり』を取り出して、開封するしかないじゃないか。


「では、いただきます」

 

『蒲焼さん太郎シリーズ』はどれも好きだけどこの『わさびのり』に関しては一点、気をつけないといけないところがある。


 一口噛むとパリッと乾いた音がした。

 湿気ていなくて直近に買ってきてくれたことがわかる。

 きっと行きがけのコンビニででも買ってくれたんだろう。

 

 しかしそれ故に覚悟しないといけない。来るぞ、あれが。


 来る、来る、来るっ! つーんっ!

 

 鼻の奥に強い刺激が襲ってくる。

 この『わさびのり』は16円という破格ながらその名に恥じないようにわさびの刺激がしっかりとあるのだ。駄菓子だからといって侮ってはいけない。

 味はしょっぱくて美味しいんだけど、このつーんには毎度ながらやられてしまう。


 俺の感覚だけど、ぱりぱりに乾いていたら鼻に抜ける刺激が増すように思う。

 涙が目尻に溜まっていく。


「そんなに美味しいの?」


 尋ねてくる狼谷さんは嬉しそうに笑っていた。

 まさか、俺が涙目になるの見計らってこの『わさびのり』を?!

 

 俺がわさびの刺激に耐えている中、スマホを取り出して動画を撮影する狼谷さんが居た。

 彼女のいじめは絶好調のようだった。

 

 

◆



 教室につくや否や、周囲の視線が飛んでくる。

 二人で教室に入ってきてことにより、ピリついているように見えた。


 どうなったんだろう、大丈夫かな、そんな心配の声が聞こえてきそうだった。


 狼谷さんは鞄を机の上に置く。

 大きな音は立ててないのに、その動きでみんなに緊張が走るのが分かる。

 彼女の一挙手一投足に注目が集まっている。


 どうする。

 

 彼女は机を持って、俺の机へとごちんとくっつけた。

 それから、ふん、と気だるそうに頬杖をつく。

 

 それだけなのにみんなはおおー、と小さく拍手していた。


 なにこれ。


 ともあれ、この行動で狼谷さんの機嫌が戻ったことが判明したので、教室はいつもの空気へと戻る。

 これがいつもの空気っておかしい気もするけど。

 それに対して、俺がどうこうできることはない。


 チャイムがなってホームルームが始まる。

 担任の先生が入ってきて告げた発言に、教室はまた凍りつく。


 

「今日は席替えをします!」


 

 普通なら「いえーい」と喜びそうなものなのに、何人かがちらちらとこちらを向く。

 俺はというと狼谷さんと離れられる口実ができたな、くらいにしか思っていなかった。


 席替えはくじ引きが行われる。

 席に数字が割り振られて、箱に入っているくじの出た数字に座って行く。


 結果は俺は変わらず一番後ろだった。

 しかし、狼谷さんは一番前の席になっていた。


 後姿でもどこかむすっと頬杖をついていることが分かる。

 前って目立つから、授業中先生に当てられたりして面倒だもんな。

 むすっとするのも頷ける。うんうん。

 

 そして、俺の隣は大倉。

 騒がしくなりそうだなあ、なんて思っていると大倉がぴしっと手を挙げた。


「先生! 俺、目ぇ悪いんで一番前に行ってもいいですか!」


「えぇ……そうでしたっけ?」


「はい! 全然見えません。自分の将来くらい見えません!」

 

 困惑する先生に向かって大倉は続けた。

 大倉がそんな視力悪いとは思わなかった。

 だったら最初から前列を希望すればいいのに。決まってから言うなんて。

 

「それは困りましたね。じゃあ、大倉くんの列の一番前の席は……、狼谷さん。変わってあげて貰ってもいいですか?」


「……はい」


 狼谷さんが気怠そうに返事して机を移動していく。

 大倉が移動するときに俺に向かって、親指を立ててグーサインをしていたけど意味が分からない。


 隣に並んだ狼谷さんは、当然のようにごちん、と机をくっつけた。

 どうやら俺は狼谷さんから逃れることが出来ないらしい。



 

 

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