18話【凛子side】あたしがはじめてでいいんだよね?
「ねえ……狼谷さん。そのジャージって田貫くんの……?」
「そう、借りた」
体育の授業が始まって、同じクラスの女の子に話しかけられた。
そしたら、「きゃー!」「ヤバい!」とかみんな騒ぎだした。
え、なに。
ヤバいことないでしょ、別に。
寒かったんだから。
別のクラスに友達とかいないし、借りられる相手があいつだっただけ。
「彼から借りたジャージって、いつもと違ってあったかかったりする?」
誰から借りてもあったかいと思うけど、田貫は背は高くないけど男子なだけあって、あたしより少しサイズが大きめでいつもより包まれてる感じはする。だから、質問に答えるならこうだ。
「あったかいと思う」
それでまた、「きゃー!」「ヤバい!」だ。
もう勝手にしてって感じ。
「えーっと、盛り上がっちゃってごめんね。ただ狼谷さんこれまであんまり学校来てなかったから近寄り難い人だと思ってたけど、最近そうじゃないんだって思って」
あたしがどう思われてたかは自分でも分かる。
この顔つきに、学校での過ごし方を振り返れば、関わりたくないって考える人もいることを。
「最近そうじゃないって思ったのはどうして?」
「田貫くんと一緒にいるの見てたら」
ねー、と女の子たちは顔を見合わせてた。
なんでそこであいつの名前が出てくんの。
「普通の女の子なんだなぁって。それでうちら話しかけたくなっちゃっただけ。決して茶化したかった訳じゃないの」
「そうそう。気になる人ってちょっといじめたり、からかいたくなるもんね」
「みんなも、そうなの?」
やっぱりチョッピーの答えは間違ってなかったんだ。
「うん。でも狼谷さんみたいにはできないから尊敬しちゃうなあ」
「尊敬って、大したことしてないけど。自分の気持ちに従ってるだけ」
あいつは見てたら、なんだかこう、胸が締め付けられるようになって、いても立ってもいられない気持ちになる。
だから、うじうじ悩むより行動した方があたしにとっては楽なわけ。
「うわあ、私もそんな素直に行動移せたらなぁ」
なぜか羨望の眼差しを受けて居心地が悪くなったので、あたしは一人になるためにその場を離れることにした。
一人になったのに、一人になった気がしない。
その理由はこのジャージだ。
いつもとは違った匂いがしてあいつが近くにいる感じがする。
それに、やけにいい香りがしてむかつく。
市販の柔軟剤の香りなのに。
なんか無性に嗅ぎたくなる。
雨の匂いはあんまり好きじゃない。
雨が熱せられたアスファルトに打ち付けられて立ち上る匂いはげんなりさせる。
だからそれに比べたらマシってだけ。
きっとそう。
だから雨の匂いをかき消すように、時々ジャージを嗅ぐことは何も変なことじゃないでしょ。
人に見られたら嫌だから、一瞬だけだけどさ。
ふと、隣の男子のコートを見る。
田貫がバレーをしてた。興味なさそうな顔で突っ立てるけどバレーしてたんだよね。
全国行くのってあたしでもすごいというのが分かる。
それなのにあんな顔してて白々しい。
適当に動いてる感じなのにちゃんとボールは返っていく、目立たないようだけど上手いのが滲み出てる。
あ、こっちを見てた。
久々のバレーでしょ、何か事情があるんだろうけど楽しんだらいいのに。
相手がサーブの構えに入る。こっちみてていいの?
ま・え・む・け。
ぼん、と田貫の顔面にボールが跳ねる。
なにしてんのあいつ。まじウケた。
ボケボケしてる田貫だったけど、なんかヤバいサーブするやつが出てきてから田貫の目が変わったのがわかった。
コートに入ると、ボーッと突っ立っているだけだったあいつが構えた。
その真剣な横顔に、呼吸が止まるような感覚を覚える。
その後、なんかすごいボールにぶつかって吹き飛んだ。
そしたらなぜかあたしが田貫を保健室に連れて行くことになった。
あたししかいないなんて、ほんとしょうがないやつだ。
それだっていうのに。
「ミカサ……懐かしい。昔はかなりいじめられたっけな」
ベッドの上でそう呟くあいつの横顔を見て、なぜかとても胸が痛くなった。
そんなあたしに気づかずに、あの馬鹿は疲れてたのかすぐに寝た。
いつもだったら寝顔とか撮って晒してやるのに、今日のあたしはそんな気になれず、たまらなくなって保健室を飛び出した。
◆
「はぁ……、あたしダサすぎ」
ベッドに倒れこんでため息をつく。
あいつが発した一言が頭をぐるぐる回ってて、その時から変だった。
いつもは気になることがあったらハッキリさせたいからすぐ聞くのに。
うだうだして、察してかまってちゃんで自分がキモい。
それでコンビニに来たあいつに、自分から話すようにけしかけたなんて、終わってる。
でもさあ、何もしなくて放置なんてあっちもあっちで終わってない?!
「むかつく」
行き場のない感情をぶつけたところで何も変わりやしない。
でも、なんでこんなことをしてるのか自分でも分からない。
「ねえ、ぶちゅっと。こういうときどうしたらいいのかな」
ぬいぐるみにも話しかける始末。
ぶっちゅっとは相変わらず気の抜けた顔を浮かべていた。
それが田貫に少し似てて、どうにもならない感情が沸き起こる。
突然電子音が鳴って、体がびくっと震える。
スマホをみると田貫からだった。
本当に行動してくるなんて。
いって見たものの何もしないんだろうなって思ってた。
予想外の行動に少し驚きながらも
「もしもし」
『狼谷さん夜遅くに急にごめんなさい今ちょっと話せる?』
田貫の落ち着いた声がする。
いや、一息に言ってたから案外緊張してるのかもしれない。
「大丈夫だけど」
あたしもいつも通りの声を出せてるだろうか。
んんっ、と咳払いをして整える。
『そのさ、あのー、なんて言ったらいいか分からないんだけど、えーと』
もごもごと要領を得ないことを言ってる。
スマホ越しにでもあいつの困った顔が浮かぶ。
「なに?」
勝手に怒ってるのはあたしなのに、どうしてこんな風にぶつけてしまうんだろう。
スマホからすうーっと深呼吸する音がする。
『単刀直入に聞くけど、どうして狼谷さんが怒ってるか教えてくれないか。考えたけど、俺はあんまり人の心とかが分からなくて。無神経なことしてたんじゃないかって思って』
田貫に促されて、ようやくあたしは気にしてたことを口にする。
「……田貫ってあたし以外の女にいじめられてたんでしょ?」
『え? いや、そんなことないよ。』
白々しい。
「みかさ……」
『ミカサがどうしたの?』
全く、馴れ馴れしく呼んじゃってさ。
あたしのことは苗字で呼ぶくせに。
「保健室で言ってたじゃん。ミカサって」
『それは言ってたけど』
「ほら。言ってたんじゃん。そのミカサって女に、昔はかなりいじめられたんじゃないの?」
『その女? え? え?』
田貫が慌てふためいている。
隠してたことがバレて、どうやって誤魔化そうか考えてるんだろう。
『あの……ミカサってバレーボールのメーカーのことだけど』
「は?」
バレーボールのメーカー?
女の名前じゃないの?
「いじめられたって言ってたのはなに」
『それは、あのバレーボールを使ってスパイクをされて、練習でいじめ抜かれたなぁことで……』
「紛らわしい!」
『ごめんなさいっ?!』
困惑してるのが伝わってくる。
てことはなに? あたしの勘違い? それで不機嫌になってそれを相手に押し付けてたの?
うっわ、まじダサすぎ。
「いや、謝るのはあたしの方だった。勘違いしてごめんなさい。問題解決しました」
『そう? なら、よかった』
よかったってなんだ。少しくらい怒れ。
でも田貫のことだから気に留めてないんだろうな。
「田貫ってさ。あたしが初めてでいんだよね?」
『そうだよ。いじめられるのは狼谷さんが初めてだ』
「ふーん」
初めて。
その言葉を聞いて心に刺さってた棘が、すうっと抜けて行くのが分かる。
「あたし以外にいじめられたら許さないからね、分かった?」
『ええ……』
「分かった?」
『いやぁ』
「分かった?」
『……分かりました。今後ともよろしくお願いします?』
そう、これでいい。
これまでもこれからも、田貫をいじめるのはあたし一人だけでいい。
「んじゃ、おやすみ」
『おやすみなさい』
安心したあたしはぐっすりと眠りについたのだった。




