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16話 さぁ、来い



「だはははー! 見たか! 俺のウルトラオメガサーブを!!」


 百八十後半の長身、髪をツンツンにしているからその体躯はさらに縦に長く見える。

 ただでさえ目立つというのに、大きな声と身振りでさらに目立っていた。


 その人物を見て、須山は舌打ちを打つ。


「ちっ、貘都(ばくと)の野郎。授業だってのに本気のサーブ打ちやがって」


「須山、あいつもバレー部か?」

 

 隣で悪態をつく須山に尋ねた。


「そうだよ。あんななりだけど俺らのエースだ」


 そうだよな。素人であんなサーブを打つ奴がいるなら、今ごろ勧誘がひっきりなしだろう。

 しかもエースとは。あのスパイクサーブをみるに、その肩書きもも納得する。

 コートにいる大倉が声をあげる。

 

「貘都(ばくと)、お前なあ! 危ねえだろ、当たったらどうすんだ!」


「だはは! 当たんねえようにしてんだろうが! そんくらい俺が出来るってこと分かってんだろ?」


 破壊力もさることながら、それでいて人のいないところを狙うコントロール。

 流石に全力ではないだろうけど、ただものじゃないだろう。


 ぞわっと、髪が逆立つような感覚を覚えた。


 ――――あのサーブ、俺なら落とさずにあげられるのだろうか。

 

「おい、どうした田貫」


「……ん、なにもないけど。俺なんか変だった?」


「いや、目つきが危ないように思えてな」


 何言ってんだか、と俺は須山に返す。


 それから三角座りを深くして、ふーっと息を長く吐く

 

 落ち着け俺。なに興奮してんだ。

 もう、終わったことだろ。


「え、さっきの音なに? やばくない?」


「めっちゃ速かったね!」

 

 先ほどの獏都のサーブをみた女子たちから、感嘆の声が上がる。

 ざわざわと体育館の中で興奮が伝播していくのが分かる。

 それを聞いた須山が、やばいぞ、と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


「いいねえ、いいねえ!」


 獏都は耳に手を添えて女子たちの歓声を聞きながら、うんうん、と頷く。

 そして、気持ち良さそうに満面の笑みを浮かべた。


「期待に応えようじゃない、の!」

 

「……獏都の奴」


 ボールを天高く放る、回転するボールを迎えるように獏都が強烈な音とともに跳躍して、打つ。

 

 いや、撃った。


「くそっ、調子に乗んなよな!!」


 後ろに下がっていた大倉がレシーブを構える。

 辛うじて腕に当たるが威力が凄まじいため、後ろに逸れていく。

 よくあれに当てたな、大倉もなかなか上手い。

 新設の部でありながらそこそこ良いところまで行ったのは伊達じゃないか。


「ちくしょーっ!」


 大倉の声をかき消すように、わーと女子の歓声が上がる。

 バスケの試合そっちのけっぽいな。

 

「今日のあいつは絶好調だ。くそ、女子がいるせいで」


「女子がいるとなにかあるのか?」

 

「あいつは無類の女好きなんだ」


 随分と下世話な理由だった。


「馬鹿みたいだろ? でも、ああなった時の獏都は馬鹿みたいに強い。味方でいるときは頼もしいんだけどな、敵に回すと厄介だ」


 話してる間にも、三本目のサービスエースが決まる。


 バレーボールは実力者が二人いれば、素人を差し置いて、その二人だけで回せてしまうといったが、偉大なサーバーが居れば一人で何点でも取れてしまう。

 

 それほどまでに強いサーブは驚異に他ならない。


 ローテーションで大倉が抜けて、須山が入るが、須山も上手くレシーブができずあらぬ方向へ飛ばしていた。

 それから獏都は経験者が後ろにいない時には、体に当たらないように隙間に打つ。


 それが何点か続くと体育館の空気が妙なものになる。

 

 はっきりいって差が歴然すぎて白けてた。

 

 男子は「ずりーよそれ」とか愚痴ったり、女子は「弱いものいじめじゃない?」と引いて、興味を失っていた。

 獏都はそれに気づかずに、先生の制止や場の空気も無視して打ち続けていた。


「あーあ、あいつ、頭ん中でこれで俺はモテるとか思ってんだろうぜ。ほどほどにしときゃいいのによ」


 馬鹿だよな、と大倉が俺に告げる。

 ああ、と俺は生返事をした。


 またも点が決まって、俺に番が回ってくる。

 コートに入って後方の真ん中に立つ。深呼吸。


 もう終わったことだ。だから何もするな。


 そうだろ?


 だというのにも関わらず、俺は手を広げ、腰を落とす。

 まるで、幾度となく反復された動きを思い出すかのように。


 獏都がボールをあげる、そして跳躍。

 体をしならせて力を溜める、そしてそれを解き放つ。

 

 ————さぁ、来い。


 その時、獏都と目が合った気がした。


「あ、やべっ」


 ボールが真っ直ぐ俺の方向へと向かってくる

 かなりの速さだ。ボールが唸りを上げている。

 

「お前、避けろっ!」


 打った本人自身も自分の球の危険性に気づいていて、心配の言葉が飛んでくる。

 

「……危ない!」


 誰かが叫ぶ声がした。

 

 しかし俺は避けることなく、手を組み、正面で受け止める。

 耳元で引き金を引かれたような、強烈な音が腕からする。


 人から鳴っていい音じゃない、だろ。

 腕が引きちぎれそうだ。 

 

 そして、俺は弾かれるように、後ろへと吹き飛び、ぐるぐると転がる。

 何回転かして、バンと壁にぶつかってようやく止まった。


 ボールは?


 俺は顔を上げて吹き飛んだボールの行く末を追う。

 相手コートの端まで飛んでいっていたが、誰も気に留めていない。

 目の前の映像が衝撃すぎたからだ。


「……え、死んだ?」


 誰の声とも知らぬ声がして、シーンとしたのも束の間。

 俺が背中を抑えながら、いたた、と体を起こすと安堵が広がっていく。


 

「「「どあははっはっ!!!」」」



 俺が無事なことがわかると、緊張からの緩和で爆笑の渦が巻き起こった。


 

「本当にすまん、大丈夫か?」


 獏都が駆け寄って差し伸べてきた手を頼りに、俺は立ち上がった。

 

「ああ、なんとかな」 


「そりゃ良かった。……っいて」


「良かったじゃねえだろ、ばか。調子乗りすぎなんだよ、たまたま大丈夫だったけで打ち所悪かったらやばかったぞ」


 大倉が獏都の頭を小突く。

 

「たまたまか……」

 

 側に来ていた須山が顎に手を当てて何やら呟いているところに、体育教師がやってきた。


「大丈夫か? 保健室行って診てもらえ」

 

 背中を打っているから念のためというわけで、保健室に行くことになったのだった。


 

 ◆



「それで、なんで狼谷さんがいるの」


「誰も立候補しなかったからじゃない?」


 今に始まったことじゃないが、俺にはどうやら人望がないらしい。


 授業を抜け出して保健室に向かう廊下。

 なぜ狼谷さんが付き添いとして隣を歩いていた。


「そのせいでみんなに押し付けられたんだけど」

 

「迷惑だったな。ごめん」


「別に、迷惑じゃない」


 なんだって。狼谷さんが俺に優しい?

 たとえいじめの対象だとしても、流石に派手に転がった人間相手には優しくなるのかな。

 

「授業抜け出せてラッキー」


 狼谷さんはピースサインをする。

 はいはい、そういうことだと思ってましたよ。 


「あらあら、酷い打ち身だねえ」


 保険のおばあちゃん先生がいうにはそれ以外は大きな問題もなく、手に湿布を貼ってもらった。

 背中も大丈夫みたいだけど一応安静にということで、保健室のベッドで横になっていた。

 

「あのー、狼谷さんは戻っていいんだよ」


「は? 戻るわけないじゃん。だるいし。サボれるからここに居る」


 他の生徒は授業中で、他に行くとこもないから仕方なくここにいるみたいだ。

 

「田貫、また腕に怪我してる」


 俺の腕をみながら狼谷さんはいう。

 また、って。ああ、猫を助けたときのやつ見せたっけ。

 

「あはは、俺どんくさいんだよね。ボール当たって吹き飛ぶとかさ笑っちゃうよね」


 先にいじられる前に自分から言って楽になろう。

『あれ、まじやばかった。ウケる』なんていって笑われるんだろうな。


「笑うとこなくない?」


「え」


 俺の予想は軽やかに裏切られる。 


「そりゃあ、よそ見して顔面にぶつけたときは死ぬほどおかしかったけど」


「う……」


 だよなあ、やっぱあれ笑ってたんだ。

 でも、と狼谷さんは続ける。

  

「本気の人を笑うほど、あたしの人間性終わってないんですけど」


 真っ直ぐにいう狼谷さんの瞳を、受け止めきれずに俺は視線を逸らした。


「おい、なんか言え」


 つん、と狼谷さんがいつもの調子で突いてくる。

 腕はやめて、腕は。痛い、痛いって。そんな俺の反応をみて狼谷さんは、ふふ、と笑っていた。


 

 しかし、一発サーブを受けるだけでこの体たらく。

 腕が赤くなるなんて初心者かよ。


 それにしても、バレーボールに触れたのは何年ぶりだろう。

 使ったのは黄色と青のボールだったし、赤、白、緑のモルテンよりもあっちの方が俺は好きだ。


 

「ミカサ……懐かしい。昔はかなりいじめられたっけな」



 ふと、あのボールで随分しごかれ、いじめ抜かれた経験が脳裏に浮かぶ。

 今となっては遠い記憶だ。


 

「……は?」



 その時、稲光が光って雷が落ちた。

 だから俺は、ドスの効いたハスキーな声が発せられたのを気づくことができなかった。

 

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