15話 ま・え・む・け
「今日からの授業はバレーボールだ。バレー部のやつは周りに教えてやってやれよ」
授業が始まって体育教師が号令をする。
「っし、バレーだ! 俺たちの見せ場だな」
「そんな気合入れてどうする。体育なんだし楽しくやろう」
大倉が袖を捲って、腕をぶんぶんと回して意気込む。
それを須山がたしなめていた。
「二人はバレーボール部なのか?」
「そうだぜ田貫? へへ、俺が手取り足取り教えてやろうか」
「必要ない」
「なんで?!」
「手取り足取りとかがキモいんだろうよ。懲りずにセクハラしやがって」
須山のツッコミに、ただの親切なのにぃ、と大倉はさめざめと泣いていた。
二人は仲がいいと思っていたけど同じ部活だったのか。
「この学校にバレーボール部はなかったはずだろ?」
「そうなんだけどさ、俺らが入学した時に新設したんだよ。去年は一年のみながらいいとこまで行ったんだぜ」
「強豪の市立明桜高校に当たってぼろ負けだったけどな」
須山が苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
ぼろ負けと自虐しているけど相当悔しかったんだろう。
「イチメイか……」
「そうそう、イチメイの宗方のスパイクがエグくてさあ。同じ一年だったのに、あのスパイク誰が取れんだよって話。てか田貫、イチメイ知ってんの?」
「知り合いが通ってるから、名前だけは」
聞いたことのある名前に、思わず口からついて出てしまった。
しかし、今となっては俺には関係のない名前だ。
「今年は一年も入ってきていい感じになってる。次こそは勝つぜ」
「応援してるよ」
外は雨が降っているというのに二人のやけに顔が眩しくて、俺には直視できなかった。
「球技大会の競技もバレーボールだから、練習から手を抜かずにするように」
「マジか! 本気出すしかねえってこれは」
「ふむ。球技大会と言われれば、俺も頑張らないとな」
大倉につられ、須山まで静かに闘志を醸し出していた。
クールに見えて勝負事には熱いやつなのかもしれない。
それからはレシーブに、トス、サーブといった基本的な練習をした。
大倉たちのような部活経験者や、中学の授業でやったことのある人たちもいて、すぐにクラス対抗で試合形式となった。
「前哨戦じゃい! 行くぞ須山」
「行くぞっていっても俺らバレー部がコートに入れるのは一人までだぞ、同時に二人は無理だ」
「ありゃ、そうだっけ」
「人の話を聞いとけ」
そう、実力の均衡を計るためにバレーボール部員はコートに一人になるようにローテーションが組まれるようになったのだ。
みんなが触れないと授業にならない。
なんせバレーは極論、実力者が二人いれば、素人を差し置いてその二人だけで回せてしまう。
ビーチバレーなんかがその良い例で、元から二人でする競技だったりする。
ローテーションを待つ間は暇なので、俺はコートや体育館をぼーっ眺めていた。
すると向かいの女子がバスケットボールをしているのが見える。
女子も同じようにローテーションみたいで、コートに立っている生徒とそのまわりで座ったりして話している生徒に分かれていた。
男子みたいなやる気はあまりなく、授業なのに駄弁れて助かるといった様子で談笑するのがメインみたいだ。
その賑やかな空気の中でポツンと一人、壁にもたれかかっているの女の子がいた。
狼谷さんだ。
長身で気だるげに佇むその光景も、まるでポーズのように見えて絵になる。
一人だけ、事務所の体育祭に出ているアイドルみたいだった。
ん?
そんな彼女が、なにやら不審な動きを見せる。
ジャージの袖を顔の近くまで持ってきて、少し頷いてから離す。
また顔の近くに持ってきて少し頷いてはまた離す。
それを繰り返しているの。
そして、なにやら離すときに、勢いよく離しているようにみえる。
なんだあれ。
……あ。
俺はその行動に思い至った。
あれって俺のジャージの匂い嗅いでるんじゃないか!?
そうだ、だとしたら納得がいく。
顔じゃなくて鼻に近づけていて。
頷いてるんじゃなくて、すんすん、してるんだ。
勢いよく離してるってことはつまり。
臭い? 臭いのか!?
考えたくないことが頭によぎってしまう。
ジャージ洗ってあるし、生乾きでもないはずなんだけどなあ。
「……き、田貫!」
「あ、はいっ」
呼ばれて俺は立ち上がった。
訳も分からず辺りを見回す。
コート上で大倉が俺を手招きしている。
「お前の番だぞ」
「分かった」
俺が狼谷さんに気を取られてるうちに順番が回ってきたようだった。
授業だし、とりあえずやろう。
所詮は体育の授業なので、みんなゆるゆるとやっている。
だから俺もボールが来たら返して、大きなミスして目立たないようにしていた。
それよりも、気になることがある。
狼谷さんのことだ。
かつあげされた身とはいえ、着ているのは俺のジャージだから、臭いと思われていたらなんか嫌だ。
ちらっと隣を見ると、狼谷さんがコートを駆けていた。
「狼谷さんお願い!」
「うん」
小さく頷いて、味方からのパスを受け取った狼谷さんは、ドリブルをして敵を抜き去り、そのまま華麗なレイアップシュートを決める。
手足がモデルのように長いから、その動作がすごく様になっていた。
体育の授業とかは怠そうに受けているのかと思ったけど、意外とちゃんとしてる。
シュートを決めた狼谷さんは、ジャージの襟元に顔を近づけた。
汗を拭ってるわけではなさそうだ。
あれは……、すんすんしてる?!
いやいや、首元はダメだって!
やめてくれー!
俺の念が届いたのか、狼谷さんは俺がみていることに気づいて止まった。
それから、狼谷さんの薄く上品な唇が動く。
うっすらと湿っていてどこか艶めかしい。
じゃなくて、口パクで何か伝えようとしてる?
狼谷さんの口の動きに合わせて、俺も声を発する。
「……ま・え・む・け?」
内容に気づいたその刹那、顔を前に向けるとすぐ目の前にボールが来ていた。
ばちこん、と額にダイレクトに当たる。
「お、ラッキー」
そのボールは運よくセッターの大倉へと上がって、トスへと続き、クラスメイトのぎこちないスパイクが決まる。
敵人営は笑って動けないでいたようだった。
「田貫、顔面レシーブないすぅ!」
ばしばしと大倉が煽るように肩を叩いてくる。
俺は額をこすり、痛いなぁ、と呟くことで恥ずかしさをどうにか誤魔化した。
ローテーションを終えて俺は、コートを出てしゃがみ込んだ。
絶っっっ対に狼谷さんに見られた……。
どんな反応をしているんだろうと思って、狼谷さんを探す。
狼谷さんも既にコートから出ているようで、三角座りをして顔を伏せていた。
良かった、見られてなかったのかも。
いや、肩が震えてる。
てことは、めちゃくちゃ笑ってんじゃん。
絶対あとで揶揄われるんだろうなぁ。
――――――ズバンッ。
突如、体育館に爆発音が響く。
瞬間、誰もが音の発生源に目をやった。
視線の先には音とは裏腹に、ふわりとボールが浮かんでいた。
いや、ボールだけではない、男が同じように浮かんでいる。
そして、宙で男が腕を振り下ろす。
二度目の爆発音。
大砲のように発射されたボールは対岸のコートへと着弾。爆裂。
勢いは止まらずに壁に激突し跳ね返る。
直後、体育館に静けさが訪れた。
「おらおらぁ!! 決まったぜえぇ!! サービスエースぅぅぅ!」
静寂を切り裂くように、男は拳を振り上げて叫び声をあげた。
きっとこの時、体育館にいるほとんどの人間が彼に注目していたんじゃないだろうか。
それほどまでに彼のサーブは本物だった。




