14話 見せもんじゃないんだけどな
雨が教室の窓を叩く。
窓がかたかたと揺れる様子を横目に見ながら、風が強いな、と授業中にそんなことを思う。
「前向きなよ」
ぼーっとしていた事を狼谷さんに咎められた。
申し訳程度に頭を下げて、黒板に向き直りノートをとる。
席がくっついているから俺の行動は、狼谷さんには筒抜けだ。
そして終業のチャイムが鳴って、教科書とノートを机の引き出しにしまう。
「終わった、終わったー。次は体育だ!」
「ほら男子はとっとと出てく」
俺は体操服を持って、隣のクラスへと移動する。
うちの学校は一学年10クラスあって、2クラス合同で体育をする。
着替えるときは俺たちは隣のクラスに行って、隣のクラスの女子はこっちに来る。
男女がクラス丸ごと入れ替わる感じだ。
「今日は雨だから女子いるじゃん」
「やったぜ、テンション上がる!」
教室に入ると男子たちの騒ぐ声がする。
なんだ?
「おいおい、田貫。しけた面してんなあ」
前に話しかけてきた茶髪の短髪で活発な男が、俺に話しかけてきた。
体操服に名前が書いてある、大倉というらしい。
「別に、俺はいつもこんな顔だ」
「女子と一緒だってのにテンション上がんねえの?」
「一緒といっても体育館で授業を受けるだけで、なにも混合でするわけじゃないだろ」
「うぉい! 冷静すぎんだろ!」
大倉がどこかオーバーにリアクションする。
つまらないことを言った自覚はあるけど、そう思ってるし、言ってしまうんだからどうしようもないな俺は。
「こいつなら他の女がいても気分は上がんないだろうな」
クールな黒髪のやつが頷きながら俺の発言に肩を持つ。
体操服をチラリと見る。こいつは須山というのか。
大倉が頭を後ろに組みながら、そうだったな、なんて言って、しししと笑っていた。
俺の発言が好意的に受け取られてるなんて、どういうことだ。
疑問に思いながらも、ジャケット脱いで、シャツのボタンを外していく。
「おー、田貫お前結構良い身体してんのな」
「え?」
「大倉セクハラはよせ」
「ちっげーよ! 意外に筋肉あるなって思っただけだって、須山も見てみろよ!」
「ほう、どれどれ」
大倉の横で須山がこちらを見てくる。
注意してたお前も見てくんのかよ。
「見せもんじゃないんだけどな」
「あはは、狼谷さんと同じこと言ってら!」
大倉が手を叩いて笑う。
くっ、意図せず発言が被ってしまった。
恥ずかしさを覚え内心悶えている中、須山が呟く。
「確かに、筋肉あるな特に腕……。部活とか何かしてたのか?」
「中学のときにちょっとだけな」
「ちょっとだけで済まないと思うが、その体今でも」
「早く行こう、体育館まで歩くから意外とだらだらしてられないぞ」
「やべえ、急ぐぞ須山」
須山がなにか言いたげな顔をしているが、俺の態度をみて飲み込んでいた。
不躾に問い詰めてこないのは助かるよ。
着替えを終えて、体育館シューズを手に教室を出る。
「田貫」
教室を出て早々、待ち構えていたかのように狼谷さんが肘を抱えて仁王立ちしていた。
いつもは制服を着ていて長袖だから半袖姿なのは新鮮だ。
二の腕が細っそりとしてて、なんか骨格から違うんだなと思う。
「おっと田貫、俺ら先行ってるぜ!」
呼び止められた俺をみて、大倉たちはじゃあな、と去って行った。
「狼谷さん? どうしたの、体育館行かないと」
「寒い」
狼谷さんは会話をぶったぎるように自分の感情を告げた。
威圧感たっぷりに仁王立ちをしているかと思っていたけど、なんかちょっと震えてるじゃん。
肘を抱えてるのは寒いからだったのか。
「雨も降ってて風も強いから肌寒いよな。運動して温まろう」
「は?」
失敗した。運動の尊さを説くのは間違いだったみたいだ。
俺は人の心が分かるタイプじゃないし、会話も得意じゃない。
狼谷さんはなにを求めてるか分からない。
「ジャージ」
狼谷さんがぶっきらぼうに告げる。
それがなんだ、と俺はただ「ジャージ」とオウム返しをするだけだった。
「だから、貸してって言ってんの。鈍いなあもう」
「貸しててって言われてないが」
あの一言だけで貸して欲しいと察することが出来ていば、もっと俺は上手く生きれてると思う。
それに問題がひとつある。
「今俺が着てるけどそれでもいいの?」
「なに、あたしを凍死させるつもり?」
そうじゃないけど。
俺が貸すのを渋っている言い訳に捉えられたみたいだ。
「わかった」
俺は着ていたジャージを脱いでいく、うちの高校の体操服はフルジップじゃなくてハーフジップだから首から脱がないといけない。
裾を掴んで、よいしょっと。
「あ……」
狼谷さんから困惑の声が漏れた。
何かあったのかと思っていたらお腹に風を少し感じた。
どうやらジャージを脱ごうとしたら、中に着た半袖も一緒に持ち上げてしまったみたいだ。
「ごめん、変なもん見せた」
「……別に」
狼谷さんの顔が少し赤くなっていた。
まずい、寒さで血行不良が起こっているのかもしれない。
早く貸さないとなんて言われるかわからないぞ。
「……ん、あったかい」
俺からジャージを受け取ると、狼谷さんはためらいもなく頭を通した。
それに少々驚いたけど、臭いとか言われないだけマシか、と気にしないことにした。
俺が持っていたのは上だけだから下までは貸せていない。
そのせいで長袖短パンのスタイルになっていて、パンツから伸びる白い足が強調され、曇り空の下で白く輝いている。
俺のジャージの『田貫』の刺繍が、狼谷さんの胸に押し上げられて心なしか横に伸びて見えた。
そんなやりとりをしていたから、体育館に入るのがチャイムが鳴りながらになってしまった。
しかも俺たちが最後っぽい。
「あ、あの二人だ」
「狼谷さんの着てるジャージってまさか……」
チャイムの音で何を話しているか聞こえないけど、噂されてる感じがする。
狼谷さんってただでさえ目立つのにこんな登場したらなおさらだ。
狼谷さんは女子の、俺は男子の列へと並ぶ。
「おいおい、なにしてたんだよ」
「田貫上着は?」
先に行っていた大倉と須山が列の後ろから、声をかけて来た。
二人とも俺より背が高いから後ろに並んでるんだよな。
「狼谷さんにカツアゲされた」
「ぶはっ。カツアゲて、お前冗談とか言えたんだな」
大倉が吹き出して笑う。本当のことなのに。
クラスは狼谷さんの俺へのいじめを容認しているから、今のも冗談ということで流されたんだろう。
「おーい、大倉。なに笑ってんだ授業始まってるぞ」
「すんませーん」
体育教師が大倉を注意する。
大倉が、お前のせいだぞ、と言わんばかりに俺を指差して怒っていた。
それを俺は知らんふりをして授業を受けるのだった。




