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12話 良い収穫


「あ、あの人……」

 

 次の日、登校した俺は下駄箱で若干の視線を感じつつもそれを無視して靴を履き替える。

 階段を昇っていると、踊り場で喋っていた女子生徒たちが持っているスマホを見ながら、「これの人だよ」なんて友達同士で囁いていた。


 

 随分と腫れ物扱いされているようだ。

 

 

 狼谷さんのアカウントであげた俺の動画をみて、みんな笑っているんだろう。


 ラムネどか食いなんて変なことするんじゃなかった。

 いわれるまで自覚なかったんだけどさ。


 教室までたどり着いたとき、扉の前で俺は足を止めた。


「ねえねえ、昨日の狼谷さんの投稿みた?」


「みたみた、お昼一緒に食べて、夜通話してるやつね」


「意外かと思ってたけど二人の雰囲気いいよねえ」

 

「ここだけの話、お昼にうちの部活の後輩が目撃したらしいんだけど、あーん、しようとしてたんだって!」


「なにそれ、めっちゃ憧れる!」


 扉越しだから細部までは分からないけど、狼谷さんの名前が聞こえるし、きっとクラスメイトのみんなも踊り場ですれ違った女子生徒たちと同じように盛り上がっているんだろう。

 惣菜パンを馬鹿にされ手作りお弁当でマウント取られた事が思い出される。

 うーん、入りづらいなあ。

 

「私も見たいけど、そっとしておこうかな」


「だね、また投稿してくれると思うし」


「それもだけど、通話の方やばかったよね!」


「あれはマジでやばい!」


 一気に声が大きくなって扉を貫通して、興奮が聞こえてくる。

 それほどまでにやばかったらしい。


「左下に映ってた狼谷さんの笑った顔、可愛すぎ」


「ね、私達には見せない顔って感じでさぁ」


 とん、と肩がぶつかる。これは。

 横をみると仏頂面をした狼谷さんがいた。


 昨日の夜と比べて、朝だからかその顔はだるそうに思えた。

 

「なに突っ立ってんの。早く入んなよ」


「そうなんだけど、自分の話をしていると思うと入りづらくて」

 

「田貫の話? 誰が? なんで?」


 ずずいっと狼谷さんの顔が近くに寄ってくる。

 長い睫毛、甘い香水の香り、朝から刺激が強い。

 それにそんなに詰め寄らなくていいじゃないか。


「なんでって、狼谷さんが投稿してるからだよ」


「あ、そっか。昨日の投稿やばかったからね」


 怖い顔から一転して、俺の間抜けな姿を思い出しているのか随分と楽しそうだ。


「おかげでフォロワーも増えたし」


「今、何人いるの?」


 俺はどんなのが上がっているのか怖くてアカウントを調べていないから、どうなっているか分からないのだ。


「230ちょいかな」


「げ、前よりも50人くらい増えてる」


 でしょ、と狼谷さんはVサインをする。

 みんなは俺のことが上がっていて何が面白いんだか。


 ずっとここで待ってるわけにも行かないので、教室のドアを開ける。

 教室がしーんと静まり返る。


 はいはい、こうなることは分かってましたよ。

 自分の席に座って、今日も一日狼谷さんからのいじめを受けるのだった。


 

 ◆


 

 放課後。


 今日もあのコンビニへ行こう、と俺は帰路についた。

 狼谷さんに俺を晒すアカウントが作られてからというものの注目を集める一方だ。


 クラスで「あんたの席ここだから」をされたときよりも、学校全体に徐々に波及して行っている感じがする。 

 さすがに窮屈さを感じなくはない。

 

 だからこそ、凛子さんとレジという短い時間でも関わりを持つことは俺の癒しだ。


 自動ドアを抜けて、色とりどりの陳列棚が並ぶ店内へと足を踏みれる。


 凛子さんは、とレジをみるけどいない。

 品出しをしているんじゃないかと、手前の通路から奥へと進んでいく。


 小さい店内、あっという間に見渡すことができた。しかし凛子さんはどこにもいない。

 今日はシフトが休み。もしかしたら裏で何かの作業をしているのかもしれないけれど、それを待つのはマナー違反だ。


 大人しく帰ろう、それに冷やかしをしても何も思われないからコンビニっていいよな。


「あ、駄菓子くんじゃん」


 声がしてあたりを見渡す、いるのは金髪ショートヘアの店員さんと俺だけだった。

 つまり彼女は俺を呼んだんだろうか。

 

「えーと、俺ですか?」


「そだよ」


 やほー、と手を振ってきた。

 誰なんだろう。


「あの、駄菓子くんってどういうことですか?」


「いつも君、駄菓子だけ買って帰ってるでしょ」


「そうですが……」


 これは店員さんがつけるあだ名か。

 俺にも変なあだ名がつけられていたとは。


 分かりやすい奇行をしてたわけじゃないんと思うんだけど。


「え、そのぬいってまさか!」


 金髪の店員さんは俺がカバンにつけていたぬいぐるみ『ぶちゅっと』を指差した。

 狼谷さんにつけろといわれてから、カバンなんて他にあんまりないから通学カバンにつけていたのだ。


 なんで呼び止めたか知りたかったけど、この人は自分で話のペースを持っていく人らしい。


「『ぶちゅっと』知ってるんですか?」


 やっぱり女性に人気があるんだろうか。


「ぜんぜん」

 

「じゃあなんなんですか」


 知らないのに注目するなんて。


「いや、凛子と同じのつけてるんだなって思ってさ。凛子もカバンにつけてたから」

 

「え、凛子さんもですか?!」


 今日は居なかったから帰ろうと思っていたのに、思わぬ凛子さん情報にテンションが上がってしまう。


「そうだけど? え、どしたん」


 金髪さんは何やら不思議そうな目を向けてくる。

 そりゃ急にテンションが上がったらそんな顔もするか。

 

「お揃いだと思うと嬉しくて。それにこれ限定グッズなのに、凛子さん買えたんですね」


 凛子さんも始発で頑張っていたのかと思うと、なんだか健気で可愛い感じがする。

 それに同じ付近で買い求めてたのなら、もしかしたらすれ違っていてもおかしくはないよな。

 

「買えたんですねって、さっきから駄菓子くんさあ……むごご」

 

 突如として金髪さんの口が塞がれた。


「足立、うるさい」

 

「狼谷さん?!」


 金髪さんの口を塞いだのは、狼谷さんだった。

 金髪さんの名前足立さんっていうんだ。

 

「ぷはあ、ちょっとりん……」


「狼谷」


 狼谷さんがなにやら足立さんに凄んでいる。

 

「狼谷、急に口塞ぐのありえないんだけど! 呼吸止まるかと思ったじゃん」


「仕事中に騒いでる店員の方がありえない」


「うちはこれが良いってお客さんに好評なんです!」


 言い合っているけど、険悪な空気は一切なくてただ戯れあってるように見えた。


「えっと二人は知り合い?」

  

「まあね、友達」


「親友!」

 

「えぇ」


「嫌そうな顔しない!」


 どうやらとっても仲良しのようだ。


「田貫、帰んの?」


「うん」

  

「何も買ってないようだけど?」


「そういう日もあるさ」


 お気に入りの店員さんがいないから帰るなんて言えない。

 言ったら面白がって晒されてしまうだろう。


「そ」


 狼谷さんは短く言葉を発しただけだった。

 それで俺は「それじゃあ、俺は帰るから」と店をあとにしたのだった。

 

 でも凛子さんとお揃いのぬいをつけてることが知れたし、良い収穫だったぞ。

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