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11話 そっち系の変態さん



 俺は洗面台で風呂上がりのドライヤーを終えてから、自室へと戻った。


 スマホで時間を確認する。

 20時50分か、時間はまだあるな。


 余裕を持った行動をしていて良かった。

 約束の時間まであと10分ほどだけど、この待ち時間が妙にそわそわする。


 5分前になったときスマホが震えた。

 ディスプレイが待受から『狼谷さん』と表記される。


 きた、着信だ。

 しかしちょっと早くないか?


 心の準備ができていなかった心臓がばくばくとランニングを始めたように脈を早める。

 一度大きく呼吸をして、緑色のアイコンの上に指を持ってくる。


 いつも思うけどアイコンにある、形の悪いダンベルのような、0を縦に半分にしたような、このグラフィックはなんだ?

 

 どうしてこれが電話になるんだろう。

 電話なんてスマホしかないんだし、長方形のグラフィックでいいと思うんだが。


 落ち着けるためにどうでもいいこと考えるけど、その間も着信は続いている。

 早く出ないと怒られるかもしれない。


 俺は意を決してアイコンをタップした。

 

 画面が切り替わって、一面には狼谷さんが映っていて、その右下には俺が小さくワイプのように映っていた。

 狼谷さんの良い顔と扇情的な胸の谷間が視界に広がっている。


「うわ」

 

 たん、と焦った指がもう一度タップして、通話が終了した。


 ど、ど、ど、と心拍数が全力疾走したみたいに早くなる。


 電話かと思ったらビデオ通話って、反則だろ。

 それにあの露出だ。パーカーは着てるけど胸元がゆるくて、いつもは隙のない狼谷さんの無防備な部屋着スタイル。

 妙に色っぽい雰囲気を醸し出していて、狼谷さんの綺麗な顔もあって有名インフルエンサーの配信が始まったのかと思ったわ。


 そして、一気に多大な情報量を浴びた脳はシャットダウンしてしまうことを初めて知った。


 てか、やばい。電話切っちゃったよ。

 絶対怒ってるじゃん。


 即座に、もう一回電話かかってくる。


「はい、もしもし……」


『舐めてんの?』


 電話に出るとスピーカーから狼谷さんの不機嫌そうな声がする。


「舐めてはないです」


『なんで電話切ったん?』


「指が連打してしまって」


『うわ、って声聞こえたけど?』


 性懲りもなく俺は、どうしてそう口から反応が出てしまうんだ。


『あたしの顔みるなりすぐ言ったでしょ、失礼なんだけど』

 

「違うって、ビデオ通話だったから驚いただけだよ」


 ただそれだけ、と俺は付け加える。

 綺麗な顔もそうだし、谷間が見えてるからなんてのは流石の俺でも口には出さない。


『どうだか』

 

 きっと狼谷さんは腕組みをしているんだろう、ただそれが胸を押し上げる形になって非常によろしくない。


『まあいいわ、今日はラムネの確認ができれば良いんだし』


 そう、今日の目的は狼谷さんから押し付けられた、もとい頂いたラムネを俺が捨てずにちゃんと食べているかを確認すること。

 

 お昼にああ言われた時はどう確認するのかと思っていたら、狼谷さんから連絡先を交換することを提案されたのだ。

 そしてその日の夜に電話をするという流れになったわけだ。

 

 ビデオ通話になるとは予想外だったけどそれは俺の想像力が低かったことに他ならない。

 食べているところをみるには音声だけでなく動画が最適だからだろう。


「ちょっと待ってて」


 本題に入る前に、俺はイヤホンを耳にさす。


『なに? 田貫、あたしの声が集中して聞きたいの?』


 イヤホンから届くハスキーな声が、ダイレクトに鼓膜を揺らす。

 

「そうじゃなくて、あまり大きな音を出したくないんだ」


 狼谷さんの変態さん発言を否定する。

 スピーカーで通話していると、女の子の声が部屋に響くことになる。

 女の子と電話してる事が親にバレると、ややこしくなりそうで嫌だったんだ。


『ふうん。あたしの声って一部の人にウケるみたいだし、田貫もそっち系の変態さんなのかと思った』


「変態って……」

 

 女性特有のキンキンと突き刺さる声はかなり苦手で、それと比べて狼谷さんの深みのある声は聞いていて落ち着く声質ではある。

 しかし、言わせてもらうと決して俺は変態ではない。


 女の子の口から変態って言葉が出るのって良いもんだな、なんて思ったりしてないぞ。

 そこらへんのやつらと一緒にしてもらっては困る。俺はノーマルだ。


 良い経験ではあることに間違いないなとは思ったが。


「そうだ。言われた通りラムネ食べるよ」


 前にもらった大量のラムネが入ったビニール袋を取り出す。

 見る度に思うけど、これだけみれば違法薬物だろ。


 学校から家に持って帰るときも警察に止められないかひやひやしたんだよな。


『結構減ってんじゃん。んじゃ今から食べて』


「今から?」


『そ。捨ててないか確認しないといけないし、これまでのは分からないけど、これからは食べるところ見るから』


「これからって今後も?」


『そうだけど。なに、誤魔化すつもり?』


 狼谷さんは眉根を寄せてこちらを見てくる。


「そんなつもりはないよ」

 

 しかし、俺がラムネを食べるのをみせるために定期的に狼谷さんと電話をすることになるけど、狼谷さんはそれを分かっているんだろうか。


『だったらしのごの言わず食べる』


「はい」


 彼女はそんなこと気にも留めてないだろう。

 だから俺が気にする事じゃない、ただ受け入れるだけだ。

 

 俺はビニールからラムネをガバッと手にとって口に入れる。

 がりがり、ごりごり、と頭蓋に響く。


『あんたなにやってんの』


『え、食べてるけだけど?』


 食べろって言ったの狼谷さんなのに変なの。

 なんか笑うのこらえてるのか、声が震えてるし。

 

『……ふふ、もっかい食べて』


「ん? うん」


 先ほどと同じようにガバッと手にとって口に入れる。

 がりがり、ごりごり、さっきとなんら変わらない。


『はははっ』


「なんかめっちゃ笑ってない?」 


 こっちはただラムネを食べてるだけなのに。


『だって、田貫が口パンパンにして食べるから。それが間抜けで』


 言い切る前に狼谷さんは、くふふ、と吹き出した。

 いわれて右下に小さく映る自分をみる。


 そこにはハムスターみたいに口を膨らませた自分がいた。

 ああ、こいつアホだな。なんて自分でも思う。


 初めは一粒とかだったのに、消費するためにもいつしかだんだん大量に食べるようになっていたのだ。

 習慣って怖い。

 

『画面録画しといたから』


「またあげるつもりだろ」


『当たり前じゃん』


 いいオモチャを見つけた子どものような笑みを浮かべた狼谷さんがいう。

 

 くそう、とんだ恥さらしだよ。

 学校に行ったらまた後ろ指さされるんだろうなぁ。


 ラムネを食べすぎて覚醒したからその日はなかなか寝付けなかったのだった。


 

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