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10話 あんただから


 お昼休み、授業から解放された束の間の憩いの時間。

 生徒たちそれぞれが羽を伸ばしているなか、俺は身を潜めて校舎内を歩いてた。


 かしゃかしゃ。


 片手に持ったビニール袋の擦れる音がして、俺はあたりをきょろきょろと見渡す。


「あ、あれって」


「狼谷さんの……」


 知らない女子生徒に指をさされてしまう。


 また見つかってしまった。


 そそくさとその場を離れる。

 

 昼休みに入って、昼食を食べるためクラスメイトからの視線から逃れるように教室を後にした俺だった。

 

 しかし、どこに行ってもちらちらと視線を向けられてしまうことに気づいた。

 

 食堂や中庭、屋上とどこにも人の目はあって、俺が一歩踏み入れると、不法侵入を見逃さない警備員みたいに、動きをパタリ止めてこちらを向く。


 間が悪かっただけかと考えたけど、向いた後に「狼谷さん」という名前が聞こえてくるのだ。

 全員が全員ではなく、その反応は二割ほどだけども居心地が悪いことには変わりない。


 クラスメイトだけでなく、学校内で俺が狼谷さんに絡まれ、いじめられてることが広まっているみたいだった。

 

 これ以上徘徊していると自ら宣伝して回っているみたいだったので、思いついた人気のない場所に向かう。


 ここは人があんまりいなかったよな。


 たどり着いたのは校舎裏。

 何度かきた時も周囲には人がいなかった記憶がある。


 ひとりになるには最適な、殺風景で、どこ寂しい場所。


「げ」


 周囲には人がいなかったけど、中心には狼谷さんが居た。

 お弁当を膝に乗せて、食べ進んでいた箸がピタと止まる。


「げ?」


 地を這うようなハスキーな声が、足元からよじ登ってくる。

 そんな地獄からの使者を振り払って、俺は踵を返して立ち去る。


「逃げるな」


 肩をぎゅっと掴まれて、間近で死の宣告をされる。

 どうやら使者ではなく張本人が来てしまったらしい。


「ひとりの時間を邪魔しちゃ悪いかと」


「げ、って言った」


「……」


 痛いところをつく。

 効果抜群だし、急所に当たってる。


「むかつくから、どこも行くな」


 はい、と俺は観念して校舎裏に座った。


「なんでそんなとこいるの」


 俺が距離を空けて座ったのが彼女は気に入らないらしい。

 狼谷さんは立ち上がって、俺のそばに寄ってちょこんと座る。


 教室で机を隣にくっつけたみたいに、彼女は距離を詰めてきた。

 やはり俺は標的。監視対象なのかもしれない。


「狼谷さんの襟足が俺の肩に触れそうになってむずむずする」

 

「は?」


「……はっ!」


 口に出てしまったようだ。

 なんで言わなくていいことを言ってしまうんだ。


「意識しすぎて、引く」


 これは俺がキモかったから文句は言えない。

 

 彼女は襟足を手櫛で何度か整える。

 俺なんかに当たらないためだろう。

 

 気を取り直して昼食を食べ始めた。

 俺はビニール袋から惣菜パンを取り出して、一口頬張る。


「それ、違うコンビニ」


 狼谷さんは俺の持ってるビニール袋を指差した。


「朝どこで買ったの」


「地元の最寄りだけど」


 俺の回答に、狼谷さんはふうん、と訝しんでいた。

 昼食は登校中に買うことが多い。


 

 てか、違うコンビニってなんだ?


 狼谷さんがいつも利用してるのとは違うって意味かな。

 

 それで俺の惣菜パンが珍しいから、気になってるんだろうか。とくに普通のだと思うんだけどな。


「お昼そんなのばっか食べてんの?」


「まあ、そうだけど」


 自分は料理が下手だし、母に俺の弁当を作らせるのも悪いから、高校から自然とこうなった。


「やばいじゃん」


 狼谷さんは俺の惣菜パンが物珍しくて気になってる訳じゃなかったみたいだ。

 狼谷さんはスマホを取り出してこっちに向ける。

 きっと動画を撮っているんだろう。

 

 またも晒されるというか。

 

 狼谷さんの彩り鮮やかなお弁当に比べると見劣りするけど、別に悪くはないと思う。

 しかし、食べているものを馬鹿にするのもいじめとしてあるみたいだ。


「食べな」


 アスパラの肉巻きを箸でつまんで差し出してくる。


「いや、いいよ」


 大変美味しそうで、出来合いのパンよりもそれはそれは魅力的だけど、もらうのは悪い。


「いいから」


「大丈夫だって」


「いいから」


 こうなった狼谷さんは強情だ。

 前にも同じような形でペンを押し付けられたっけ。


 がさ、と音がして、二人でそちらを向く。

 女子生徒がひとり何かのようで校舎裏に来たみたいだった。

 瞬間、彼女は「お邪魔しましたぁ!」と狼に遭遇したうさぎみたいに駆けていった。


「追いかけないの?」


「なんで」


「だって、俺のことは引き留めたじゃん」


 だから彼女のことも、むかつく、といって捕まえにいくかと思っただけだ。


「それは、あんただから」


 キッ、と狼谷さんの切れ長の瞳が俺を突き刺す。

 俺の行動は狼谷さんの神経を絶妙に逆撫でするらしい。


「えいっ」


「むぐっ」


 油断した俺の口にアスパラの肉巻きが放り込まれる。

 なんて無理矢理なんだ……!


「どうよ」


「……美味しい」


 ふふん、と勝ち誇るように狼谷さんはその豊かな胸を張る。


「へー、あたしが作ったやつが美味しいんだ」


 口に手を当てて、にまにまとする狼谷さん。

 なんか悔しい。


 

 それよりもだ。


「これ狼谷さんが作ったの?」


「そ」


「すごいな……」


 この容姿で、料理のスキルもあるだと?

 

 かたや俺は料理できずにコンビニの惣菜パン。

 どうやら差を見せつけて、とことん俺を嘲笑いたいみたいだな。


 せめてもと、俺は反撃をする。

 

「狼谷さんずっと、ラムネだけ食べてると思っていた」

 

「あたしのことなんだと思ってんの」


「こんなに細くてスタイルもいいし、お菓子だけで生活しててもなんら変じゃないかなって」


「……馬鹿」


 こつんと狼谷さんは俺の肩を小突く。

 ふ、効いたみたいだ。


「食事には気を遣ってるけど、普通にラーメンとか食べるし」


 狼谷さんは視線を逸らして口を尖らせていう。

 狼谷さんとラーメン、それはますます想像できないな。


「つーか、田貫。あのラムネちゃんと食べてんの?」


 あのラムネとは、大量に渡されてその場で食べきれずに持ち帰ったやつのことだろう。


「捨ててないわよね」


「もちろん、少しずつだけど食べてるよ」


 意外と小腹や口寂しくなったり夜食に最適なのだ。

 どうだか、と狼谷さんは腕を組む。


 証明できないから疑われるのも無理はない。


「今日の夜、食べてるかどうか確認するから」


 そう宣言してから、狼谷さんはお弁当に舌鼓を打った。

 俺も惣菜パンを食べ進めるけど頭には疑問符が浮かんでいた。


 確認するって、一体どうやって?

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