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貧乏商会が王国経済を握ります!ー相場が見える俺が、国の市場を支配するー  作者: 堀吉 蔵人
第一章 貧乏商会は立ち上がる

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第7話 三日分の見積もりです

いつもありがとうございます!

楽しんでいっていただけると幸いです。


 翌朝。


 ベルカ商会の机には、見積書が二枚並んでいた。

 一枚目は、食堂組合から頼まれた通りのもの。


 乾燥豆、三日分。


 二枚目は、クロードさんが追加しろと言ったもの。


 乾燥豆。

 塩。

 小樽。


「……本当に出すんですか、これ」

「出す」


 クロードさんは、当然のように言った。


「頼まれたのは豆だけです」

「だが、塩と小樽も要る」

「食堂組合がそう言いましたか?」

「まだ言ってない」

「では、なぜ入れるんですか!」

「必要になるから」


 昨日から、ずっとこれだ。


 必要になる。

 上がる。

 間に合う。


 クロードさんの言葉は短い。

 そして、たいてい当たる。

 だから困る。


「商会主」


 ロイが、見積書を手に取った。


「豆だけの見積もりは銀貨十二枚。塩と小樽込みは銀貨十六枚です」

「高く見えますよね」

「はい。ただ、込みの方は後から追加で買うより安くしています」

「ロイまでクロードさん側に……」

「商会主側です」

「そこはありがとうございます」


 豆だけなら簡単だ。

 でも、込みの方が通れば、売上は増える。

 食堂組合との関係も深くなる。

 ただし、当然リスクも増える。

 塩も小樽も仕入れなければならない。

 納品できなければ、また信用を失う。


「クロードさん」

「なんだ」

「これ、受けられたら忙しくなりますよね」

「なる」

「人手が足りませんよね」

「足りない」

「昨日も聞きました」

「昨日も足りなかった」

「今日も足りないんですね」

「明日はもっと足りない」

「増やさないでください!」

「人を雇う」


 クロードさんは言った。


「急に?」

「急に忙しくなったからな」

「誰を雇うんですか」

「市場にいる」

「市場にいる人を雑に雇わないでください!」

「選ぶのは君だ」

「わたし?」

「この街の人間は、君の方が知っている」


 またそれだ。

 クロードさんは、全部自分でやるように見えて、信用が必要なところではわたしに振る。

 北の村の交渉もそうだった。

 それが少し、悔しいような、嬉しいような気がした。


「では、見積もりを出した帰りに市場へ寄ります」

「今行く」

「今!?」

「先に食堂組合へ行く。その後、市場だ」

「予定が詰まりすぎです」

「空けておくと、別の仕事が入る」

「詰めても入ってます!」


 わたしは見積書を封筒に入れた。


 豆だけの見積もり。

 塩と小樽込みの見積もり。


 二枚とも、ベルカ商会の名前で出す。

 昨日までのわたしなら、こんな提案はしなかった。

 頼まれていないものを出すなんて、押し売りに見えると思ったからだ。

 でも、クロードさんは言った。

 必要になるものを先に出す。

 それが商売だと。


 食堂組合の料理長は、朝から忙しそうだった。

 厨房の裏には、昨日納品した豆の袋が積まれている。

 大きな鍋からは、湯気が上がっていた。


「ベルカ商会です。三日分の見積もりをお持ちしました」

「早いな」


 料理長は見積書を受け取った。

 一枚目を見る。


「豆だけなら、まあこのくらいか」


 次に、二枚目を見る。

 眉が動いた。


「塩と小樽?」


 来た。

 わたしは背筋を伸ばした。


「はい。小麦の復旧までは、煮込み料理が増えると見ています。豆だけでなく、塩と保存用の小樽も必要になるはずです」


「塩はわかる。だが、小樽まで?」


「仕込みを前倒しするなら、置き場所が必要です。昨日も樽が不足しました」


 料理長は黙った。

 昨日の空樽騒ぎを思い出しているのだろう。


「豆だけの見積もりもあります。ですが、塩と小樽込みなら、後から別々に買うより安くできます」

「……準備がいいな」

「必要になってから探すと、高くなります」


 これはクロードさんの言葉だ。

 でも、今はわたしの言葉として出した。

 料理長は二枚の見積書を見比べた。

 それから、わたしではなくクロードさんを見た。


「この案は、そっちの男か?」


 わたしは一瞬だけ迷った。

 けれど、すぐに答えた。


「ベルカ商会の提案です」


 料理長の目が、少し変わった。


「そうか」


 クロードさんは何も言わなかった。

 横で黙っている。

 珍しい。


 料理長は、込みの見積書を軽く叩いた。


「こっちでいこう」

「ありがとうございます」

「ただし、納品が遅れたら次はない」

「承知しています」

「豆、塩、小樽。三日分だ。今日の夕方までに一回目を納めろ」


 今日の夕方。

 わたしは笑顔のまま固まった。


「……今日の夕方、ですか?」

「明日の朝から仕込みを増やす。今日中に必要だ」

「承知しました」


 口が勝手に答えた。

 商会主としては、ここで引けない。

 でも、頭の中では叫んでいた。


 豆。

 塩。

 小樽。


 今日の夕方まで。

 また、時間が足りない。

 食堂組合を出ると、わたしはすぐにクロードさんを見た。


「今日の夕方までだそうです」

「聞いていた」

「余裕は?」

「少ない」

「少しは余裕がある言い方をしてください!」

「塩は押さえられる。小樽も少しある。足りないのは人手だ」

「つまり、やっぱり人ですか」

「ああ」


 市場は朝から騒がしかった。

 小麦不足のせいで、豆、塩、薪、器、樽が動いている。

 商人たちの声も大きい。

 クロードさんは、その中を迷わず進んだ。


「荷運びを探す」

「どうやって?」

「暇そうで、腹が減っていそうなやつ」

「基準が雑です!」

「飯を出せば動く」

「また食事ですか」

「重要だ」


 市場の端に、若い男たちが三人いた。

 荷運びらしい。

 ただ、仕事がないのか、木箱に腰を下ろしている。

 クロードさんは、すぐに近づこうとした。

 わたしは袖をつかんで止める。


「待ってください」

「なんだ」

「人を雇うなら、わたしが話します。ベルカ商会の仕事です」

「なら任せる」


 あっさり任された。

 緊張する。

 でも、ここはわたしがやるべきところだ。


「お仕事を探していますか」


 三人は顔を上げた。


「ベルカ商会のミリアさん?」

「はい」

「先代には世話になったことがある」


 また父だ。

 父の残したものが、ここにもあった。


「今日だけの仕事です。豆と塩と小樽の運搬。夕方まで。食事付きで、急ぎの分は少し上乗せします」


 三人は顔を見合わせた。


「食事付き?」

「はい」

「上乗せも?」

「はい。ただし、急ぎます」


 一人が立ち上がった。


「やる。今日は仕事がなかった」

「俺も」

「俺もだ」


 決まった。

 思ったより早かった。

 クロードさんが横でうなずく。


「いい」

「何がですか」

「食事付きは効く」

「そこですか!?」


 三人の名前を帳簿に書いた。


 トマ。

 エド。

 ニクス。


 全員、若い。

 力はありそうだ。


「では、まず塩屋へ行きます」

「ベルカ商会、そんな仕事も始めたのか」


 トマが聞いた。


「今日からです」


 自分で言って、少し怖くなった。

 今日から。

 本当に、今日から始まってしまった。

 塩屋では、クロードさんが数量をすぐに決めた。


「三日分ならこれで足りる」

「本当ですか?」

「足りる。少し多いくらいだ」


 塩代を払う。

 また銀貨が減る。

 でも、これはすでに売れている商品だ。

 食堂組合へ納めれば戻ってくる。

 そう思っても、財布が軽くなるのは怖い。


 次は小樽だ。

 昨日の空樽とは違う。

 今度は使える小樽をそろえなければならない。


 クロードさんは迷わず、路地の奥の桶職人の店へ向かった。


「今日中に十個? 無理だ」


 店主は、急な注文に渋い顔をした。


「完成品だけでいい」


 クロードさんが言う。


「完成品なら六個だ」

「残りは明日の朝でいい。今日は六個買う」

「十個必要なんじゃないんですか?」


 わたしが小声で聞くと、クロードさんも小声で返した。


「今日の仕込み分は六個で足りる。残りは明日でいい」

「本当に?」

「足りる」

「……信じます」


 豆、塩、小樽。

 荷はそろった。

 ただし、時間はあまりない。


 新しく雇った三人が荷を運ぶ。

 ロイも倉庫から合流した。

 ベルカ商会の人数が、昨日より増えている。

 それだけで少し不思議だった。


「商会主」


 ロイが言った。


「この人数なら、間に合います。ただし、休まず動けば」

「やっぱり休めないんですね」

「急ぎの仕事ですので」


 ロイまで言い方がクロードさんに似てきた気がする。


 食堂組合に着いたのは、夕方少し前だった。


 豆。

 塩。

 小樽。


 すべて、約束の数を納めた。

 料理長は小樽を確認して、低くうなった。


「本当に持ってきたか」

「はい」

「正直、塩と樽は明日でもいいかと思っていた」

「今日あれば、明日の仕込みが楽になります」


 料理長は少し笑った。


「商売が上手いな、ベルカ商会」


 わたしは、すぐには返事ができなかった。

 商売が上手い。

 そんなことを言われたのは、初めてだった。


「ありがとうございます」


 やっと、それだけ言った。

 代金を受け取る。

 見積もり通りの銀貨。

 重かった。

 食堂組合を出ると、三人の荷運びがこちらを見ていた。


「次は何を運ぶんですか?」


 トマが聞いた。


「次?」

「明日も仕事があるなら、呼んでください」


 わたしは驚いた。

 クロードさんは、少しも驚いていなかった。


「ある」

「クロードさん!」

「あるだろ」

「ありますけど!」


 トマたちは笑った。


「じゃあ明日も来ます」

「食事付きならな」

「そこは大事だ」


 なぜみんな食事に反応するのだろう。

 いや、大事なのはわかる。

 わかるけれど。


 ベルカ商会は、三日分の初回納品を終えた。


 食堂組合との取引は続く。

 北の村との取引も続く。

 荷運びの若者たちも、明日また来る。


 商会は、昨日より大きくなった。

 でも、その分だけ、明日の仕事も増えた。


「クロードさん」

「なんだ」

「明日、何から始めますか」

「人を正式に雇う。次に倉庫だ」

「やっぱり倉庫も必要ですか」

「必要だ」

「馬車は?」

「必要だ」

「お金は?」

「足りない」


 わたしは目を閉じた。

 増えた。

 また足りないものが増えた。


「えぇぇぇぇ!?」


 ベルカ商会は、初めて臨時の人手を得た。

 同時に、初めて固定費という言葉に震えることになった。


お読みいただきまことにありがとうございます!

面白かった!続きが読みたい!しょうがねーな!と思っていただけた方がおられましたら

ブックマーク・⭐️の評価など頂けるととても嬉しいです。

これは実は作者のモチベーションに直結しております。

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