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貧乏商会が王国経済を握ります!ー相場が見える俺が、国の市場を支配するー  作者: 堀吉 蔵人
領主館からの呼び出し

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第47話 ガリオ商会は逃げられません

箱一。


 その言葉が、確認表の真ん中に残った。


 保存箱四つでもない。


 小樽十でもない。


 薬草箱二でもない。


 帳簿にない、小さい箱一つ。


「ロイ」


「はい」


「増えましたね」


「増えました」


「減る気配がありません」


「ありません」


「せめて否定してください」


「嘘になります」


「ですよね!」


 領主館を出る前に、セムさんがもう一枚、古い板札を持ってきた。


「すみません。これも、同じ日のものかもしれません」


 ロイが受け取った。


 板札には、短く書かれていた。


 箱一。


 外出し。


「外出し?」


「仮置き場から外へ出した、という意味ですか」


 セムさんは困った顔をした。


「現場では、そう使います」


「つまり、一度入って、出た?」


「たぶん、そうです」


 また嫌な言葉が出た。


 一度入って、出た。


 でも、正式帳簿では大口納入済み。


 倉庫にはない。


 仮置き場にもない。


 残っているのは、箱一と外出し。


 ロイの筆が速くなる。


「箱一、仮置き場記録あり。外出し記録あり。品名なし。ガリオ商会番頭関与」


「強い書き方ですね」


「弱く書くと逃げます」


「怖い!」


 クロードさんは板札を見た。


「軽い荷だ」


「また軽いんですね」


「ああ。保存箱でも小樽でもない」


 セムさんが小さく言った。


「私は、その箱を中まで見ていません。ただ、番頭さんが急いでいました」


「ガリオ商会の?」


「はい」


「誰に渡したんですか」


 セムさんは迷った。


 そこへ、低い声が入った。


「そこまでです」


 ベルトラン書記官だった。


 笑っていない。


「セム。不要な記憶で、場を乱さないように」


「……はい」


 セムさんが口を閉じる。


 場を乱しているのは、記憶なのか。


 それとも、記録なのか。


「ベルトラン書記官」


「はい」


「この外出し記録は、正式なものですか」


「現場用の簡易記録です」


「また簡易ですか」


「正式なものではありません」


 ロイが顔を上げた。


「正式ではない記録の方が、現物に近いですね」


 ベルトラン書記官の目が細くなる。


「言い方に気をつけてください」


「気をつけています」


「そうは見えません」


「では、もっと気をつけます」


 ロイは紙に書いた。


「簡易記録、現物状況と一致」


「書いてる!」


「気をつけて書いています」


 笑いそうになった。


 でも、笑えなかった。


 箱一は、外へ出ている。


 次に見る場所は、ひとつしかない。


「ガリオ商会へ行きます」


 わたしは言った。


 ベルトラン書記官が、こちらを見る。


「領主館の許可なく?」


「ベルカ商会として聞きます」


「それは昨日も聞きました」


「今日も必要です」


 ロイの言い方がうつった。


 クロードさんが短く言った。


「悪くない」


「今のですか」


「ああ」


「やりました」


「浮かれるな」


「はい」


 浮かれてはいない。


 怖い。


 でも、足は止まらなかった。


 ガリオ商会の店に着くと、番頭がすぐ出てきた。


 今日は笑っていない。


「またですか」


「またです」


「確認したいことがあります」


「昨日、済んだのでは?」


「増えました」


「何が」


「箱一です」


 番頭の顔が、ほんの少し変わった。


 ロイの筆が動く。


「今、顔が動きました」


「書かないでください!」


「必要ですので」


 番頭は奥へ下がった。


 すぐに、ガリオ商会の主人が出てくる。


 薄い笑み。


 でも、昨日より薄い。


「ミリアさん。ずいぶん熱心ですね」


「途中なので」


「途中だから止められない、でしたか」


 覚えている。


 嫌な覚え方だった。


「はい」


 わたしはうなずいた。


「止められません」


 ガリオは小さく笑った。


「それで、今日は何を?」


 ロイが板札を出した。


「五日前、仮置き場に箱一の記録があります。その後、外出し記録もあります」


「それが?」


「ガリオ商会の番頭が関与したと、現場証言があります」


 番頭の顔が強ばった。


「言いがかりです」


「まだ言いがかりではありません。確認です」


「箱など、いくらでも扱います」


 ガリオが言った。


「領主館への納入は大口です。箱一など、細かな付属品かもしれません」


「では、付属品の記録を見せてください」


 ロイが即座に言う。


 ガリオの笑みが止まった。


「当商会の内部帳簿を、外部の小商会に見せる理由はありません」


「では、品名だけでも」


「守秘があります」


「領主館への納入品ですよね」


「だからこそです」


 逃げ道が多い。


 でも、昨日より狭い。


 わたしは木片を出した。


 小さい箱の角。


 赤い蝋がついている。


「これが仮置き場に残っていました」


 ガリオの目が動いた。


 今度は、少し大きく。


 クロードさんが言った。


「また動いた」


「クロードさん!」


「見えた」


「そうですけど!」


 ガリオはすぐに目を細めた。


「ただの木片でしょう」


「赤い蝋がついています」


「古いものでは?」


「領主館の封蝋ではないそうです」


「では、どこのものかはわかりませんね」


「はい」


 わたしはうなずいた。


「だから、確認しています」


 ロイが続けた。


「五日前の大口納入。正式帳簿上は、保存箱四つ、小樽十、薬草箱二。現場記録は箱一。外出し記録あり。ガリオ商会番頭関与。現物なし」


「並べるのがお好きですね」


「はい」


 ロイは答えた。


「並べると、逃げ道が減ります」


 店の空気が冷えた。


 番頭が声を荒げた。


「失礼だぞ!」


「失礼なら謝ります。ただ、消しません」


 番頭が一歩出る。


 クロードさんも一歩出た。


 何も言わない。


 それだけで、番頭が止まる。


 ガリオは手を上げた。


「やめなさい」


 番頭が下がる。


「ベルカ商会さん。あなた方は、何を疑っているのですか」


「疑っていません」


 わたしは言った。


「見つけたいだけです」


「何を」


「領主館に納めたことになっている荷です」


「それは領主館の中にあるでしょう」


「ありませんでした」


「探し方が足りないのでは」


「だから、探しています」


 ガリオの顔から、また少し笑みが消える。


「小さい商会が、領主館と大商会の納入に口を出すのは危険です」


 大商会。


 今、言った。


 ロイの筆が止まる。


 わたしも、息を止めた。


「大商会?」


 ガリオは一瞬だけ黙った。


 しまった、という顔ではない。


 むしろ、言ってもいい、という顔だった。


「当商会だけで、領主館の大口納入をすべて賄っていると思いましたか」


「違うんですか」


「ええ。この納入系統には、上があります」


 上。


 それだけで、店の空気が重くなる。


「どこの商会ですか」


 ロイが聞く。


 ガリオは答えない。


「当商会は、指示された通りに運んだだけです」


「誰の指示ですか」


「上からです」


「領主館ではなく?」


「領主館も含めた流れです」


 また、流れ。


 でも、その流れは濁っている。


 クロードさんが短く言った。


「逃げたな」


 ガリオの目が鋭くなる。


「何と?」


「上に逃げた」


「あなたは本当に、よく見ますね」


「見えるものだけだ」


 ガリオは、しばらくクロードさんを見ていた。


 それから、静かに笑った。


「なら、見えるでしょう。大きな荷の流れには、小さい商会が触れてはいけない場所がある」


「触れてはいけない場所に、荷を置くな」


 クロードさんの声は低かった。


 ガリオの笑みが消えた。


 わたしは思わず息を呑んだ。


 ロイが紙を閉じる。


「確認します。ガリオ商会は、五日前の箱一について、品名を明かせない。指示者も明かせない。ただし、納入系統に上位商会がある」


「その書き方は」


「確認です」


「訂正を求めます」


「訂正内容をどうぞ」


 ガリオは黙った。


 ロイは待った。


 店の中が静かになる。


 やがてガリオは、ゆっくり言った。


「当商会は、正式な指示に従いました」


「どこからの指示ですか」


「答えられません」


「では、答えられない、と書きます」


 ロイは書いた。


 強い。


 静かに、強い。


 わたしは木片を握った。


「ガリオ商会さん」


「はい」


「箱一は、どこへ行ったんですか」


「知りません」


「番頭さんは関わっています」


「記憶違いでしょう」


「板札があります」


「品名がありません」


「木片があります」


「ただの木片です」


「赤い蝋があります」


「古い蝋です」


「全部、意味がないんですか」


 ガリオは答えなかった。


 わたしは続けた。


「意味がないものが、同じ日に、同じ場所で、同じ荷の周りに残りすぎています」


 言えた。


 声は震えていなかった。


 クロードさんが後ろで言った。


「十割」


 今度は振り返らなかった。


 でも、胸の奥が熱くなった。


 ガリオは、わたしを見ていた。


 初めて、小商会を見る目ではなかった。


 邪魔なものを見る目だった。


「ミリア・ベルカさん」


「はい」


「その先は、あなたの商会には重すぎます」


「もう重いです」


「潰れますよ」


 怖い。


 その言葉は怖かった。


 でも、後ろにロイがいる。


 クロードさんがいる。


 トマも、エドも、ニクスもいる。


 父の机もある。


 わたしは言った。


「潰れるなら、何に潰されるのか見てからにします」


 ガリオは黙った。


 ロイの筆も止まった。


 クロードさんが、少しだけ笑った気がした。


「十割」


「二回目ですね」


「今のもだ」


「ありがとうございます」


 今度は、少しだけ静かに受け取れた。


 ガリオは番頭へ目を向けた。


「今日はお帰りください」


「確認は終わっていません」


 ロイが言う。


「当商会としては、これ以上お答えできません」


「では、それを書きます」


「ご自由に」


「はい」


 ロイは書いた。


「これ以上回答不可」


 短い。


 重い。


 ガリオ商会を出ると、空気が冷たかった。


 手の中の木片は、さらに重くなっていた。


「ロイ」


「はい」


「上って、何ですか」


「上位商会でしょう」


「大商会?」


「おそらく」


「名前は?」


「まだ出ていません」


 クロードさんが言った。


「出る」


「わかるんですか」


「ああ。向こうが困った時だ」


 向こうが困る。


 ガリオ商会は、今日少し困っていた。


 でも、本当に困ったのは、まだ先なのかもしれない。


 わたしは確認表を見た。


 箱一、外出し、赤い蝋、ガリオ商会番頭、上位商会。


 また増えた。


 でも、逃げ道も少し減った。


 ロイが言った。


「商会主。ガリオ商会は、逃げました」


「逃げたんですか」


「はい。人ではなく、上に」


 クロードさんが続けた。


「だから追える」


「逃げたのに?」


「逃げ道は、残る」


 わたしは木片を握り直した。


 ガリオ商会は、まだ逃げている。


 でも、もう完全には隠れていない。


 納めたはずの荷。


 帳簿にない箱。


 名前のない上位商会。


 次に見るべきものは、そこだった。

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