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貧乏商会が王国経済を握ります!ー相場が見える俺が、国の市場を支配するー  作者: 堀吉 蔵人
領主館からの呼び出し

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第46話 役人の印は便利すぎます

翌朝、領主館から許可が出た。


 早すぎる。


 そう思った時点で、少し嫌だった。


「ロイ」


「はい」


「許可、出ましたね」


「出ました」


「出ないと思っていました」


「私もです」


「では、なぜ出たんですか」


「出しても困らない形にしたか、出さない方が困る形になったかです」


「どっちも嫌です!」


 ロイは確認表をまとめていた。


 仮置き場、搬入口、受取印、荷札、行き先不明札。


「行き先不明札、本当に使うんですか」


「使わないで済めばいいですが」


「使いそうな言い方」


「準備です」


 クロードさんが立ち上がる。


「行くぞ」


「はい」


「怖いか」


「怖いです」


「なら、見ろ」


「怖いから見るんですか」


「怖いなら、見ない方が危ない」


 わかりにくい。


 でも、少しわかる。


 領主館の裏手へ回ると、下役のセムさんが待っていた。


「こちらです。仮置き場の確認許可は出ています。ただし、短時間でお願いします」


「誰からの許可ですか」


 ロイが聞いた。


「ベルトラン書記官からです」


「保管責任者ですからね」


「はい」


 短時間。


 書記官の許可。


 ますます嫌だった。


 仮置き場は、領主館倉庫のさらに奥にあった。


 屋根はある。


 壁は低い。


 雨は避けられるが、湿気は入りそうだった。


 荷を長く置く場所には見えない。


「ここに保存箱四つ、小樽十、薬草箱二を置いたんですか」


 セムさんは首を振った。


「私は見ていません」


「セムさんも?」


「はい。私は呼び出しと案内が主な仕事です。荷受けは書記官か倉庫番です」


 ロイがすぐ書く。


「セム、荷受け確認なし」


「私の名前まで」


「必要ですので」


 仮置き場には、木箱、古い布袋、壊れた桶、使い道のわからない板が積まれていた。


 昨日の倉庫より雑だ。


 でも、雑なりに跡は残っている。


 クロードさんは地面を見ていた。


「軽い」


「またですか」


「ああ。ここも軽い」


「保存箱四つと小樽十なら?」


「もっと沈む」


 端の土に、細い車輪跡が残っている。


「荷台が空に近い」


 ロイが書く。


「仮置き場、重荷跡なし」


 嫌な欄がまた増えた。


「こちらには、仮置き記録があります」


 セムさんが小さな板札の束を出した。


 仮置きした荷の番号を残す札らしい。


「五日前の記録は」


「こちらです」


 板札には、日付と短い品名がある。


 桶二、布袋三、古材一束。


「保存箱は?」


「ありません」


「小樽は?」


「ありません」


「薬草箱もありませんね」


「はい」


 ロイが顔を上げた。


「正式帳簿では、ガリオ商会が仮置き場へ納めたことになっています」


 セムさんの顔が青くなった。


「私は、そのような記録は見ていません」


 そこへ、穏やかな声が入った。


「記録の種類が違います」


 ベルトラン書記官だった。


 いつからいたのか。


 薄く笑っている。


「仮置き場の板札は、現場用の簡易記録です。正式な受領記録とは別です」


「また別ですか」


「ええ。領主館は、大きいので」


「大きいと、記録も迷子になるんですか」


 ロイが少しだけ目を閉じた。


 ベルトラン書記官は笑った。


「面白い言い方ですね」


「すみません」


「いえ。現場の率直さは、時に役に立ちます」


 褒めていない。


 でも、今は引かない。


 ロイが紙を出した。


「確認します。ガリオ商会は、五日前の納入品を通常倉庫口ではなく、仮置き場へ置いたと言っています」


「そのようですね」


「仮置き場の現場記録にはありません」


「簡易記録ですから」


「地面にも重荷跡がありません」


「見方の問題でしょう」


「セムさんも見ていません」


「下役がすべてを見るわけではありません」


「では、誰が確認しましたか」


 ベルトラン書記官は、少しだけ間を置いた。


「受取印があります」


 来た。


 印。


 ロイがすぐ言った。


「承認印と現物確認印は別です」


 ベルトラン書記官の笑みが止まった。


「どういう意味でしょう」


「印は、紙に押せます。現物は、紙には置けません」


 ロイ、強い。


「受取印は、書類を受け取った印ですか。それとも、物を見た印ですか」


 ベルトラン書記官は答えない。


「領主館では、受取印をもって正式な受領とします」


「では、物を見ていなくても受領になりますか」


「通常は、見ています」


「今回は?」


「見たはずです」


「誰が?」


「印が示しています」


 印が示しています。


 それは、答えではない。


「印は便利ですね」


 わたしは言った。


 ベルトラン書記官がこちらを見る。


「便利ですか」


「はい。誰が見たか、何を見たか、どこに置いたか。全部、印があるからで済みます」


 言いすぎた。


 でも、もう戻せない。


 クロードさんが短く言った。


「悪くない」


「今のは悪い寄りです!」


「九割」


「採点しないでください!」


 ベルトラン書記官は笑みを崩さなかった。


「ベルカ商会さんは、印を軽く見ているようですね」


「違います」


 ロイが言った。


「軽く見ていないから、分けています」


「分ける?」


「承認印、受取印、現物確認印、配置確認印。全部同じにすると、誰も責任を持てません」


 ベルトラン書記官の目が、少し細くなった。


「領主館の手続きに、口を出すおつもりですか」


「いいえ。今回の荷がどこにあるかを確認しています」


 セムさんが、おずおずと口を開いた。


「あの。五日前の午後、仮置き場には馬車が一台来ました」


 ベルトラン書記官の顔がわずかに動いた。


「セム」


「すみません。でも、来ました」


 ロイがすぐに書く。


「馬車一台」


「荷は?」


「軽かったと思います。布袋と、何か小さい箱が一つ」


「保存箱四つではない?」


「違うと思います。小樽十なら、もっと時間がかかります」


 クロードさんがうなずいた。


「跡と合う」


 ベルトラン書記官は静かに言った。


「記憶違いでしょう」


 セムさんが肩をすくめる。


 でも、今度は黙らなかった。


「かもしれません。だから、板札を残しています」


 セムさんは板札を出した。


 布袋三、古材一束、箱一。


「これが、その時のものです」


「箱一?」


 ロイが目を細める。


「品名は?」


「書いてありません」


「なぜ」


「急ぎだと言われました」


「誰に?」


 セムさんは迷った。


 ベルトラン書記官が静かに見ている。


 セムさんは板札を握り直した。


「ガリオ商会の番頭です」


 空気が止まった。


 ガリオ商会。


 また出た。


「箱一」


 ロイが言った。


「正式帳簿では、保存箱四つ、小樽十、薬草箱二。仮置き場の板札では、箱一」


「だいぶ違いますね」


「違います」


 ロイは書いた。


「数、品目、不一致」


 ベルトラン書記官が言った。


「簡易記録に品目漏れがあっただけでしょう」


「漏れすぎです」


 言ってから、また自分で固まった。


 でも、セムさんが小さくうなずいた。


 現場の人は、わかっている。


 でも、言えない。


 クロードさんが仮置き場の隅へ歩いた。


 古い布の下から、小さな木片を拾う。


「これだな」


「何ですか」


「箱の角だ」


「保存箱の?」


「違う。小さい箱だ」


 セムさんが言った。


「たぶん、板札の箱一です」


 ロイが木片を見る。


「ガリオ商会の札は?」


「ありません」


「ただ」


 クロードさんは木片の端を見た。


「赤い蝋がついている」


「蝋?」


 そこには、小さく赤い欠片が残っていた。


 封蝋のようなもの。


 ロイの顔が変わる。


「領主館の封蝋ですか」


 セムさんが首を振った。


「違います。領主館の封蝋はもっと濃い赤です」


 ベルトラン書記官が言った。


「古い蝋でしょう。意味はありません」


「意味がないものが多すぎます」


 わたしは言った。


「荷札も、紐も、板札も、木片も、全部、意味がないって言われます。でも、物は残っています」


 ベルトラン書記官は黙った。


 ロイが静かにまとめた。


「五日前、ガリオ商会は大口納入を帳簿に残した。しかし、仮置き場の記録は箱一。地面に重荷跡なし。現物なし。受取印あり」


「言い方に注意してください」


「注意して書いています。まだ断定はしません」


「当然です」


「ですが、受取印だけでは現物を確認したことになりません」


 ベルトラン書記官が、初めて笑みを消した。


「領主館のやり方を否定されますか」


「いいえ」


 ロイは顔を上げた。


「足りないものを探しています」


 わたしは仮置き場を見た。


 ここには、保存箱四つも、小樽十も、薬草箱二もなかった。


 代わりにあるのは、箱一。


 品名のない箱。


 ガリオ商会の番頭。


 受取印。


 そして、領主館ではない赤い蝋。


「ロイ」


「はい」


「次は、箱一ですか」


「はい」


「また増えましたね」


「増えました」


 クロードさんが木片をわたしに渡した。


「持て」


「わたしがですか」


「見つけたものは、持った方が忘れない」


「重くないですか」


「木片だ」


「そういう重さじゃなくて」


 クロードさんは少しだけ黙った。


「なら、なおさら持て」


 わたしは木片を受け取った。


 小さい。


 軽い。


 でも、また重かった。


 ベルトラン書記官が道をあける。


「確認は済みましたか」


「まだです」


 わたしは言った。


「でも、今日ここで見るものは見ました。次は、その箱一が何だったのかを見ます」


 セムさんが小さく息を吐いた。


 ベルトラン書記官は、もう笑っていなかった。


 帰り際、ロイが確認表に新しい欄を作った。


 承認印、受取印、現物確認印、配置確認印。


「印が増えました」


「分けただけです」


「便利すぎるものは?」


「分けないと、誰かが隠れます」


 領主館の印は、立派だった。


 でも、立派すぎる印の下で、物が消えている。


 保存箱四つも、小樽十も、薬草箱二も、仮置き場にはなかった。


 あったのは、帳簿にない箱一つ。


 役人の印は便利すぎた。


 だから、ベルカ商会は、その印を分けることにした。

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