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貧乏商会が王国経済を握ります!ー相場が見える俺が、国の市場を支配するー  作者: 堀吉 蔵人
領主館からの呼び出し

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第43話 納めた物が消えています

ガリオ商会の荷札は、保存箱の棚の下に挟まっていた。


 古い。


 薄い。


 けれど、読める。


 ガリオ商会。


 その名前を見た瞬間、領主館の倉庫が少し狭くなった気がした。


「ロイ」


「はい」


「見なかったことに」


「できません」


「ですよね!」


 ロイはすでに紙を出していた。


「荷札、保存箱棚下、現物なし」


「書くの早いです」


「遅いと消えます」


「怖いこと言わないでください!」


 ベルトラン書記官は、静かに笑っていた。


「ガリオ商会は、領主館にも納入している商会です。荷札があること自体は不自然ではありません」


「はい」


 ロイが答える。


「荷札があることは、不自然ではありません」


「では」


「現物がないことが不自然です」


 短い。


 強い。


 ベルトラン書記官の笑みが、少しだけ止まった。


 倉庫番のハインさんは、保存箱の棚を見つめていた。


「私は、その追加四つを見ていません」


「受け取っていないんですね」


「はい」


「でも、帳簿には納入済み」


「はい……」


 わたしは帳簿をのぞいた。


 保存箱十。五日前、追加四。納入済み。受取印あり。


 数字はきれいに並んでいる。


 でも、棚には六つしかない。


「クロードさん」


「なんだ」


「この棚、本当に四つ増えてないんですか」


「増えていない」


「即答」


「埃が切れていない」


 クロードさんは棚の板を指でなぞった。


「六つ置いた跡がある。奥の埃は残っている。四つ増えたなら、ここが切れる」


「切れてませんか」


「切れていない」


 ハインさんが小さく言った。


「確かに、私はここを動かしていません」


 ベルトラン書記官が口を開いた。


「保存箱を別の棚に移した可能性はあります」


「では、どこですか」


 ロイが聞く。


「確認しましょう」


「今、わかりませんか」


「倉庫は広いですから」


「帳簿では納入場所が保存箱棚になっています」


 ロイが帳簿を指す。


「保存箱棚に納入済み。受取印あり。現物なし。倉庫番受領なし」


「まだ断定は早いでしょう」


「断定していません。並べています」


 まただ。


 ロイは怒らない。


 でも、逃がさない。


 クロードさんは、棚の下からもう一つ、細い紐を引き出した。


 荷札についていたものだ。


 切り口が新しい。


「これもある」


「紐ですか」


「荷を解いた跡だ」


 ハインさんが近づく。


「これは、うちの倉庫で使う紐ではありません。領主館の紐は赤い線が入っています。これは無地です」


 ロイが書く。


「外部荷紐。領主館備品ではない」


「また増えた……」


「増えます」


「ですよね」


 ベルトラン書記官が軽く咳をした。


「納入時の紐が残ることはあります。細かな話です」


「細かな話です」


 わたしは言った。


「でも、細かいものがないと、物がどこへ行ったかわかりません」


 言ってから、少しだけ胸が鳴った。


 領主館で、書記官に向かって言っている。


 でも、声は出た。


 ベルトラン書記官は笑みを戻した。


「ベルカ商会さんは、ずいぶん細かく見られるのですね」


「小さい商会なので」


 ロイが言った。


「細かく見ないと、足りません」


 今のは、少しよかった。


 クロードさんも言った。


「悪くない」


「ロイにですか」


「ああ」


「また!」


 ロイは淡々とうなずいた。


「ありがとうございます」


「落ち着いて受け取った!」


 少しだけ空気が緩んだ。


 だが、すぐに戻る。


 保存箱四つは、まだない。


 ハインさんが古い帳面を一冊出した。


「こちらは、私が個人的につけている受け取り控えです」


「個人的?」


「正式な帳簿ではありません。自分用です」


 ベルトラン書記官の顔が少し動いた。


「ハイン。それは必要ありません」


「必要です」


 ハインさんは、初めてはっきり言った。


「正式な帳簿では、私が困るので」


 倉庫が静かになった。


 疲れた顔だった。


 でも、目だけは少し強くなっていた。


 ロイが控えを見た。


「五日前の保存箱四つ、記載なし」


「はい。私は受け取っていません」


「同じ日の別納入は?」


「桶の補充二つだけです」


「ガリオ商会ですか」


「いえ、別の小商会です」


 ロイは帳簿を並べた。


 領主館の正式帳簿。


 ハインさんの控え。


 保存箱の棚。


 荷札。


 紐。


 それぞれが、少しずつ違うことを言っている。


「ロイ」


「はい」


「これ、どういう状態ですか」


「帳簿には来ています。倉庫番の控えには来ていません。棚にも来ていません。荷札だけがあります」


「嫌な状態ですね」


「はい」


 クロードさんが短く言った。


「途中で曲がった」


「曲がった?」


「ここに来る前か、来たことにした後だ」


 わたしはぞっとした。


 物が消える。


 そんなことは、物語の中だけだと思っていた。


 でも、目の前には、来たことになっている保存箱がない。


 ベルトラン書記官が言った。


「言葉にはお気をつけください。領主館の納入記録を疑うことになります」


「疑っていません」


 ロイが言った。


「合っていないと言っています」


「同じことでは?」


「違います」


 ロイは紙を指した。


「疑うなら人を見ます。合わないなら、まず物を見ます」


 ベルトラン書記官は黙った。


 そうだ。


 人を責める前に、物を見る。


 それがベルカ商会のやり方だ。


「探しましょう」


 わたしは言った。


「保存箱四つが、どこで止まったのか」


「止まったとは限りません」


 ベルトラン書記官が言う。


「では、どこにあるかを探します」


「それなら結構です」


 結構、という声ではなかった。


 でも、止められなかった。


 ロイは確認範囲を広げた。


 保存箱棚、搬入口、受取机、荷札箱、外の荷下ろし場。


「また五つですか」


「偶然です」


「本当ですか」


「今回は偶然です」


 少し怪しい。


 でも、今はそれでいい。


 最初に搬入口を見た。


 領主館倉庫の裏にある、荷を入れる場所だ。


 石床には、車輪の跡が薄く残っている。


 わたしには全部同じ跡に見える。


 クロードさんはしゃがみ込んだ。


「重くない」


「何がですか」


「この日の跡だ」


「日までわかるんですか」


「乾き方が違う」


「えええええ……」


 怖い。


 便利だけど怖い。


 クロードさんは石床を見ながら続けた。


「保存箱四つなら、もう少し沈む。これは軽い荷だ」


 ハインさんが言った。


「その日は、確かに桶二つだけ受け取りました」


「控えと合いますね」


 ロイが書く。


「搬入口の跡、軽荷。倉庫番控えと一致。保存箱四つ分の荷跡なし」


 ベルトラン書記官は、少し離れて見ていた。


 口を挟まない。


 それが逆に気になった。


 次に受取机を見た。


 帳簿に印を押す場所だ。


 インク壺と印箱が置かれている。


 ハインさんが言った。


「私は、受け取った時だけここで控えを書きます」


「正式な印は?」


「書記官の確認後に押されます」


「順番は?」


「通常は、現物確認、控え、正式帳簿です」


 ロイが顔を上げた。


「今回は?」


 ハインさんは首を振った。


「私は見ていません」


 ベルトラン書記官が静かに言う。


「代理受領なら、手順が違うこともあります」


「代理受領者の名前は?」


「別帳簿に」


「また別帳簿」


 わたしが言うと、ベルトラン書記官は笑った。


「領主館は帳簿が多いのです」


「多い帳簿は、便利ですか」


「もちろん」


「見つからない時は、不便ですね」


 言ったあと、自分で固まった。


 言いすぎたかもしれない。


 でも、クロードさんが言った。


「悪くない」


「今のでですか!」


「ああ」


 ベルトラン書記官の笑みが、少し薄くなった。


 荷札箱を開けると、古い札がいくつも入っていた。


 ガリオ商会の札もある。


 ただし、保存箱の札と同じ日付のものはなかった。


「一枚だけ棚下にあった」


 ロイが言った。


「はい」


「箱にはない」


「はい」


「つまり、外れた札をまとめたのではない」


 ハインさんが青い顔でうなずいた。


「では、あの札だけ、別に落ちていた……」


「落ちたというより、隠れた」


 クロードさんが言った。


「棚の下に入る落ち方じゃない」


「誰かが入れたんですか」


「または、荷を動かした時に押し込まれた」


 わたしは保存箱の棚を見る。


 そこにあったはずの四つ。


 ない四つ。


 残った荷札。


 帳簿の印。


 少しずつ、嫌な形になっていく。


 ロイが確認表をまとめた。


「保存箱四つは、正式帳簿では納入済み。倉庫番控えになし。搬入口に重荷の跡なし。保存箱棚に置いた跡なし。荷札だけあり」


「つまり?」


 わたしは聞いた。


 ロイは短く答えた。


「領主館には入っていない可能性が高いです」


 ハインさんが目を閉じた。


 ベルトラン書記官は、すぐに言った。


「可能性です。断定ではありません」


「はい」


 ロイはうなずいた。


「だから、次は納入元を確認します」


 ガリオ商会。


 その名前が、また空気の中に浮かんだ。


 わたしは荷札を握った。


「ガリオ商会に聞くんですか」


「聞く必要があります」


 ロイが言う。


「ただし、先に確認することがあります」


「何ですか」


「同じ日の他の納入です」


 ロイは正式帳簿をめくった。


 五日前。


 保存箱四つ、小樽十、桶二、薬草箱二。


 そのうち、ハインさんの控えにあるのは桶二つだけ。


 わたしは息を止めた。


「まさか」


 ロイの声は静かだった。


「保存箱だけではないかもしれません」


 クロードさんが倉庫の奥を見た。


「曲がり方が大きい」


「何がですか」


「荷の流れだ」


 怖くなった。


 でも、目をそらせなかった。


 領主館の帳簿では足りている。


 でも、現場では足りない。


 保存箱だけではなく、他の物も来ていないかもしれない。


 ベルトラン書記官が、ゆっくり帳簿を閉じた。


「本日の確認は、このあたりでよろしいでしょう」


「まだ途中です」


 わたしは言った。


 言ってから、自分で驚いた。


 でも、引かなかった。


「途中だから、止められません」


 クロードさんがこちらを見た。


「悪くない」


 今度は、少しだけうれしかった。


 ロイが紙をまとめる。


「次は五日前の納入全体を確認します」


 ガリオ商会の荷札は、まだわたしの手の中にある。


 薄くて古い札なのに、やけに重かった。


 納めたことになっている物は、ひとつではなかった。


 消えた物は、まだ倉庫の外に続いていた。

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