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貧乏商会が王国経済を握ります!ー相場が見える俺が、国の市場を支配するー  作者: 堀吉 蔵人
領主館からの呼び出し

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第42話 帳簿では足りています

領主館倉庫の中で、ロイは紙を五枚に分けた。


 帳簿、現物、置き場所、用途、確認札。


「多いです」


「多いから分けます」


「昨日も聞きました」


「今日も必要です」


「正論が続く!」


 ベルトラン書記官は、少し離れて立っていた。


 笑っている。


 でも、目は笑っていない。


「ベルカ商会さん。確認は結構ですが、あまり倉庫内を乱されても困ります」


「乱しません」


 ロイが答えた。


「今、乱れているものを分けるだけです」


「言い方!」


 倉庫番のハインさんは、棚の前で小さく頭を下げた。


「こちらからお願いします」


 最初は小樽だった。帳簿では三十、棚にあるのは十九、すぐ使えるものは八つ。


「八つ?」


「はい。割れ、臭い、用途不明、確認待ちがあります」


「多い!」


 ロイがすぐ書いた。


「帳簿数三十。現物十九。使用可八。確認待ち十一。不明十一」


「不明十一って怖いですね」


「怖いです」


「ロイが怖いって言った!」


「数字が怖いだけです」


 クロードさんは小樽を一つ見ていた。


 外側の輪金を指で叩く。


「古い」


 ハインさんがうなずいた。


「新品扱いで来ています」


「新品?」


 どう見ても、新品には見えない。


 木は黒ずみ、輪金も少し歪んでいる。


 ベルトラン書記官が口を挟む。


「再整備品です。実務上、新品同等として扱われます」


「新品同等」


 便利そうで、嫌な言葉だった。


 ロイが聞いた。


「新品と修理品は、分けてありますか」


「帳簿上では同じ欄です」


「では、現場では混ざります」


「再整備品ですから」


「名前を変えても、状態は変わりません」


 倉庫の空気が少し止まる。


 わたしは小樽に手を置いた。


「これ、水を入れていいんですか」


 ハインさんは答えられなかった。


 クロードさんが短く言う。


「薬草には使うな」


「保管用なら?」


「中を見てからだ」


「ですよね」


 わたしは紙を出した。


「使用可、確認待ち、使用不可。まず三つに分けませんか」


「勝手に分けられても困ります」


 ベルトラン書記官が言った。


「正式な帳簿では、すでに納入済みです」


「はい。だから、使えるかを見ます」


「納入済みなら、使える前提です」


「帳簿では、そうです。でも、帳簿では水漏れは止まりません」


 ベルトラン書記官の笑みが、少し薄くなった。


 次は桶だった。帳簿では二十、棚には十六。ただし大小が混ざり、持ち手が弱いものや底が湿っているものもあり、用途札はない。


「これは何用ですか」


「炊き出し用のはずです」


「はず」


「申し訳ありません。札が外れていて」


「外れた札は?」


「箱にまとめています」


 箱を開けると、古い札がいくつも出てきた。


 炊き出し用、薬草用、洗い場用、予備。


 文字が薄いものもある。


 同じ札が二枚あるものもある。


「これ、どれがどれですか」


「……わかりません」


 ハインさんは顔を伏せた。


 ベルトラン書記官がため息をつく。


「倉庫番の管理不足ですね」


 ハインさんの肩が固まる。


 わたしは札の箱を見た。


 札がないから、わからない。


 わからないから、使えない。


 使えないから、足りない。


 でも、帳簿では足りている。


「管理不足というより、管理できる形がありません」


 ベルトラン書記官がこちらを見る。


「どう違うのでしょう」


「札が外れても戻せる決まりがない。用途が混ざっても分ける場所がない。確認待ちを置く棚がない。これだと、誰が見ても混乱します」


 ハインさんが息を呑んだ。


「倉庫番さん一人のせいにするには、仕組みが少なすぎます」


 言ってから、少し怖くなった。


 でも、ロイが小さくうなずいた。


 クロードさんも短く言った。


「悪くない」


「今のでですか」


「ああ」


「ありがとうございます!」


「浮かれるな」


「短い!」


 次は薬草箱だった。帳簿では八、現物も八。


「合いました!」


「まだです」


 ロイが即答した。


「合っただけでは使えません」


「厳しい!」


 薬草箱のうち、二つは湿っていた。


 一つは蓋が合わない。


 一つは中に別の布が入っていた。


 使えそうなのは四つ。


「帳簿では八。使えるのは四」


 ロイが書く。


「現物一致。状態不一致」


「嫌な言葉ですね」


「正確です」


「だから嫌です」


 ベルトラン書記官は、少しずつ笑わなくなっていた。


「ベルカ商会さん。この確認は、どこまで必要ですか」


「使えるところまでです」


「帳簿上は、すでに必要数があります」


「あります」


「なら、使い方を倉庫番に任せればよいのでは?」


 わたしは倉庫を見た。


 小樽、桶、札の箱、湿った薬草箱、確認待ちの棚。


 全部が、少しずつずれている。


「帳簿では足りています。でも、使える形では足りていません」


 ベルトラン書記官は黙った。


 ハインさんが、小さく言った。


「それです」


「え?」


「それを、ずっと言いたかったんです。数はあると言われます。でも、使えるか聞かれると、答えられない。答えられないと、私の確認不足になる」


 ハインさんは、札の箱を見た。


「でも、最初から分けられていないものを、後から一人で分けるのは難しいんです」


 倉庫の中が静かになった。


 ベルトラン書記官は、帳簿を閉じた。


「お気持ちはわかります。ただ、領主館の帳簿は正式なものです。帳簿を否定するような表現は控えていただきたい」


 ロイが顔を上げた。


「否定していません」


「では?」


「帳簿に足りない欄を足しているだけです」


 短い。


 強い。


「状態、用途、置き場所、確認者、使用可否。この五つがないので、数があっても使えません」


「また五つですか」


「必要です」


「はい……」


 クロードさんが、奥の棚へ歩いた。


 古い保存箱の前で止まる。


「ここは動かしていない」


「そこは、保存箱の棚です」


「帳簿では十」


「はい」


「ここには六」


 ロイがすぐ帳簿を見る。


「保存箱十。五日前に追加四、納入済み」


「追加四?」


 ハインさんが顔を上げた。


「私は、受け取っていません」


 ベルトラン書記官が言った。


「代理受領があった可能性があります」


「誰が受け取りましたか」


 ロイが聞く。


「確認しましょう」


「今、この帳簿ではわかりませんか」


「別帳簿にあるはずです」


 別帳簿。


 また嫌な言葉だった。


 クロードさんは保存箱の棚を見たままだ。


「四つ増えた棚じゃない」


「また床ですか」


「棚だ。埃の切れ目が六つ分しかない」


 わたしには、まだよくわからない。


 でも、ハインさんはわかったらしい。


 顔が青くなった。


「では、追加四は……」


「少なくとも、ここには来ていない」


 倉庫の空気が、さらに冷えた。


 ベルトラン書記官は静かに笑った。


「確認が必要ですね」


「はい」


 ロイがすぐに書いた。


「保存箱四、納入記録あり。現物確認なし。倉庫番受領なし」


「まだ決めつけないでいただきたい」


「決めつけていません。分けています」


 ロイは紙を置いた。


「来たもの。来ていないもの。わからないもの」


「多いです……」


「多いから、問題です」


 その時、クロードさんが古い荷札を一枚拾った。


 保存箱の棚の下に挟まっていた。


 ほこりを払う。


 文字は薄い。


 けれど、読めた。


 ガリオ商会。


 わたしは息を止めた。


「ガリオ商会……」


 ベルトラン書記官が、少しだけ目を細めた。


「領主館にも納入している商会です。何も不自然ではありません」


「そうですね」


 ロイが言った。


「不自然なのは、札が棚の下にあり、現物がないことです」


 強い。


 本当に強い。


 ハインさんは、荷札を見つめていた。


「私は、その四つを見ていません」


 小さな声だった。


 でも、はっきりしていた。


 わたしは帳簿を閉じた。


「今日の確認でわかったことをまとめます。帳簿では足りています。でも、使えるものは足りていません。状態と用途が混ざっています。確認札が足りません。追加納入の一部は、現物確認ができていません」


 ベルトラン書記官が口を開こうとした。


 その前に、クロードさんが言った。


「消えているな」


 倉庫の中が止まった。


「クロードさん」


 わたしは小さく聞いた。


「何がですか」


「納めたことになっている物だ」


 ハインさんの顔が固まる。


 ロイの筆が止まる。


 ベルトラン書記官だけが、笑みを戻した。


「それは、まだ早い判断です」


「早いかどうかは、物が決める」


 クロードさんは、荷札をわたしに渡した。


「探せ」


「はい」


 返事をしたあと、少し遅れて怖くなった。


 領主館の倉庫は、足りないだけではなかった。


 帳簿では足りている。


 でも、現場では足りない。


 そして、納めたことになっている物が、どこかで消えている。


 ベルカ商会の確認は、ただの整理では終わらなくなった。

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