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貧乏商会が王国経済を握ります!ー相場が見える俺が、国の市場を支配するー  作者: 堀吉 蔵人
領主館からの呼び出し

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第44話 倉庫番は嘘をついていません

五日前の納入全体を確認する。


 そう言った瞬間、ベルトラン書記官の笑みが少し固くなった。


「ベルカ商会さん」


「はい」


「倉庫番の個人的な控えを、正式帳簿と同じ扱いにするのは危ういですね」


 ハインさんの肩が揺れた。


 ロイは紙を整えながら答えた。


「同じ扱いにはしません」


「では?」


「違うものとして並べます」


「並べるだけで、意味が変わることもあります」


「はい。だから並べます」


 強い。


 やっぱり今日のロイは強い。


「まず、五日前の納入を分けます」


 ロイが言った。


「正式帳簿では、保存箱四つ、小樽十、桶二、薬草箱二」


「控えでは?」


 わたしが聞く。


 ハインさんが小さく答えた。


「桶二つだけです」


「差が大きいですね」


「はい」


 ベルトラン書記官が、すぐに言った。


「だからこそ、倉庫番の控えが不完全だった可能性もあります」


 ハインさんの手が止まった。


 わたしは、その手を見た。


 荒れている。


 爪の間に黒い汚れが残っている。


 紙だけを触っている手ではない。


「ハインさん」


「はい」


「五日前、何を覚えていますか」


「桶が二つ来ました」


「他には?」


「保存箱も小樽も薬草箱も、来ていません」


 答えは早かった。


 迷いがない。


「どうして、そう言い切れるんですか」


「雨だったからです」


「雨?」


「はい。朝から雨で、荷下ろし場がぬかるんでいました。重い荷なら、床に泥が入ります。でも、その日は桶二つだけでした。軽かったので、私一人で運びました」


 クロードさんが外の荷下ろし場を見た。


「合う」


「合うんですか」


「ああ。重い荷の跡がない」


 ベルトラン書記官が口を挟む。


「雨の日の記憶は、曖昧になるものです」


「そうですね」


 ロイが言った。


「なので、記憶だけでは扱いません。跡と合わせます」


「跡」


「荷下ろし場、搬入口、棚、控え、札。全部です」


 並べれば、ハインさん一人の言葉ではなくなる。


 物が、言葉を支える。


 最初に荷下ろし場へ戻った。


 外は乾いていたが、隅に泥が残っている。


 クロードさんはしゃがみ、石の隙間を指でなぞった。


「軽い荷だ」


「またわかるんですか」


「重い荷は、泥が奥に入る。これは浅い」


 わたしは見てもよくわからない。


 でも、ロイは書いた。


「荷下ろし場、重荷跡なし」


 ベルトラン書記官がため息をついた。


「同じ答えを繰り返しても、事実にはなりません」


 わたしは、少しだけむっとした。


「繰り返しているのは、同じ場所を見ているからです。違う場所を見れば、違うことが出るかもしれません」


 クロードさんがこちらを見た。


「悪くない」


「今のでですか」


「ああ」


「ありがとうございます!」


「浮かれるな」


「はい!」


 次は棚だった。


 小樽の棚、保存箱の棚、薬草箱の棚。


 どれも、帳簿の数字ほど動いた跡がない。


 クロードさんが指で示す。


「小樽十が増えた棚じゃない」


「どこでわかるんですか」


「床の擦れ。棚の前に跡が足りない」


「薬草箱は?」


「湿った箱が古い。新しい箱じゃない」


 ハインさんがうなずいた。


「薬草箱は、ずっと前からあるものです」


 ロイが書く。


「五日前追加分、各棚に配置跡なし」


 ベルトラン書記官が言った。


「配置前に別保管された可能性もあります」


「別保管場所はどこですか」


 ロイが聞く。


「確認します」


「今はわかりませんか」


「領主館の倉庫は広いのです」


 わたしは思わず言った。


「広いと、物が消えてもいいんですか」


 言いすぎた。


 ベルトラン書記官の目が、初めて少し細くなった。


「言葉にはお気をつけください」


「……はい」


 でも、クロードさんが低く言った。


「悪くない」


「悪いです! 今のはたぶん悪いです!」


「見えているものを言っただけだ」


「言い方は大事です!」


 ベルトラン書記官は笑みを戻した。


「ベルカ商会さんは、率直でいらっしゃる」


「すみません」


「いえ。現場の方らしい」


 現場の方。


 それは褒め言葉ではなかった。


 でも、もういい。


 現場を見に来たのだから。


 次に受取机へ戻った。


 ハインさんは、自分の控えを開いた。


「私は、受け取ったものだけを書きます」


「書き忘れは?」


 ロイが聞く。


「あります。急ぎの時は、あとから書くこともあります」


「五日前は?」


「その日のうちに書きました。雨で荷が少なかったので」


 ロイが控えを見る。


「桶二つ。時間は昼前」


「はい」


「正式帳簿では、保存箱四つ、小樽十、桶二、薬草箱二。午後の欄です」


「時間が違う」


 ロイの声が少し低くなった。


「まとめて書いた?」


「代理処理でしょう」


 ベルトラン書記官が答えた。


「領主館では、あとでまとめて記入することもあります」


「現物確認後に?」


「場合によります」


「誰が確認しましたか」


「別帳簿に」


「また別帳簿です」


 わたしが言うと、ロイがうなずいた。


「別帳簿を確認する必要があります」


 ベルトラン書記官は少しだけ間を置いた。


「すぐには出せません」


「なぜですか」


「保管責任者の許可が必要です」


「保管責任者は?」


「私です」


 倉庫が止まった。


 わたしはロイを見た。


 ロイも、一瞬だけ筆を止めた。


「では、許可をお願いします」


 ロイが言った。


 ベルトラン書記官は微笑んだ。


「本日は難しいですね」


「なぜですか」


「手続きがあります」


「その手続きの帳簿は?」


「それも確認が必要です」


 頭が痛くなった。


「帳簿が多すぎます」


「領主館ですので」


「多すぎて、物が見えません」


 また言った。


 でも、今度は止まらなかった。


 ロイは紙に短く書いた。


「別帳簿、即時確認不可。保管責任者ベルトラン書記官」


「書くの早いです」


「必要ですので」


 次は荷札箱だった。


 五日前の札を探す。


 桶二つの札はあった。


 別の小商会の名前。


 ハインさんの控えと合う。


 でも、ガリオ商会の保存箱、小樽、薬草箱の札はない。


 棚下から出た一枚だけ。


「おかしいですね」


 わたしは言った。


「納入されたなら、札が残るはずです」


「外れた札を捨てた可能性もあります」


 ベルトラン書記官が言う。


 ハインさんが首を振った。


「私は捨てません。札は後から確認に使います」


「その管理が不完全だったのでしょう」


 ハインさんの顔がこわばる。


 まただ。


 また、ハインさんのせいに戻る。


 わたしは荷札箱を見た。


 桶二つの札はある。


 他はない。


 保存箱の札は、棚下に一枚だけ。


 札を捨てたなら、全部ないはずだ。


 残したなら、箱にあるはずだ。


 でも、一枚だけ、変な場所にある。


「ハインさんは、嘘をついていないと思います」


 口に出していた。


 ベルトラン書記官がこちらを見る。


「根拠は?」


 怖い。


 でも、言うしかない。


「控えと、桶二つの札と、荷下ろし場の跡が合っています。棚の跡も、保存箱と小樽と薬草箱が来ていない方に合っています」


 わたしは息を吸った。


「嘘なら、こんなに細かいものが同じ方向を向きません」


 倉庫が静かになった。


 ハインさんが、目を伏せた。


 でも、さっきより肩が軽く見えた。


 ロイが紙を閉じた。


「現時点で、倉庫番の控えは現物状況と一致しています」


「正式帳簿より、個人控えを信じると?」


 ベルトラン書記官が言う。


「信じるのではありません」


 ロイは答えた。


「現物と一致している方を、次の確認に使います」


 強い。


 本当に強い。


 ベルトラン書記官は、しばらく黙った。


 それから、ゆっくり笑った。


「なるほど。では、次はガリオ商会にも確認が必要でしょう」


「はい」


「ただし、領主館の名で動くには手続きが必要です」


「ベルカ商会として聞きます」


 わたしは言った。


 ロイがこちらを見る。


 クロードさんも見る。


 少しだけ、怖くなる。


 でも、言った。


「うちは、ガリオ商会を知っています」


 ベルトラン書記官の笑みが、少し変わった。


「それは頼もしい」


 頼もしい、という声ではなかった。


 でも、いい。


 逃げるよりましだ。


 ハインさんが小さく言った。


「お願いします」


「はい」


「私は、受け取ったものしか書いていません」


「わかりました」


 わたしはうなずいた。


「それを、物で確かめます」


 クロードさんが短く言った。


「十割」


「え」


 わたしは思わず振り向いた。


「今の、十割ですか」


「ああ」


「やりました!」


「浮かれるな」


「浮かれます!」


 ロイがため息をついた。


「商会主、まだ途中です」


「わかっています」


「わかっている顔ではありません」


「顔まで見ないでください!」


 それでも、少しだけ力が戻った。


 ハインさんは嘘をついていない。


 少なくとも、今見える物はそう言っている。


 領主館の正式帳簿はきれいだった。


 でも、きれいな帳簿より、泥の浅い跡と古い札の方が正直だった。


 ベルカ商会は、次にガリオ商会へ向かうことになった。


 ただ、その前に。


 ベルトラン書記官が、静かに言った。


「ベルカ商会さん」


「はい」


「くれぐれも、領主館の正式記録を傷つけるような発言はお控えください」


 笑っている。


 でも、目は笑っていない。


 わたしは荷札を握った。


「傷があるなら、隠しても残ります」


 言ってしまった。


 今度こそ、ロイが少しだけ目を閉じた。


 クロードさんは、ほんの少し笑った。


「悪くない」


「……今のは、何割ですか」


「九割」


「下がった!」


「言い方だ」


「ですよね!」


 ベルトラン書記官は、黙って道をあけた。


 倉庫の外へ出ると、空気が冷たかった。


 わたしの手の中には、ガリオ商会の荷札がある。


 ハインさんの控え。


 薄い泥の跡。


 動いていない棚。


 箱にない荷札。


 全部が、同じことを言っていた。


 倉庫番は嘘をついていない。


 では、誰が嘘をついているのか。


 その答えは、まだ帳簿の外にあった。

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