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貧乏商会が王国経済を握ります!ー相場が見える俺が、国の市場を支配するー  作者: 堀吉 蔵人
第四章 分けて考える

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第39話 安いだけでは選ばれません

西区施療院へ行く前に、ロイが紙を一枚出した。


「商会主」


「はい」


「嫌な紙です」


「先に言わないでください!」


 紙には、ガリオ商会の名があった。


 西区施療院向けの正式契約見積もり。


 小樽、桶、輪金、保管補助。


「……安いですね」


「安いです」


「どれくらい?」


「うちの試算より、銀貨三枚ほど低いです」


「銀貨三枚!」


 銀貨三枚は大きい。


 小樽も桶も買える。


 輪金も頼める。


 昼飯も、かなりよくなる。


「負けました?」


「値段だけなら」


「値段だけなら!」


 ロイは落ち着いていた。


「ただし、条件があります」


「条件」


「一括納品、大口契約、修理品なし、予備管理なし、配送順指定なし、用途札なし」


「多い!」


「安くするために、削っています」


 クロードさんが紙を見た。


「止まるな」


「止まりますか」


「止まる」


「即答!」


「安いが、形がない」


 形がない。


 それは、最近よくわかる言葉だった。


 物はある。


 値段もある。


 でも、どこに置くか。いつ届くか。何に使うか。誰が直すか。どの順で回すか。


 そこがないと、現場は止まる。


「管理人さんに説明しますか」


「します」


 ロイが別の紙を出した。


「こちらは、ベルカ商会の正式契約案です」


「早いですね」


「試験運用が終わる前から作っていました」


「怖い!」


「必要ですので」


 ベルカ商会案は、安くはなかった。


 でも、七日間で使った仕事が入っている。


 小樽、桶、輪金、修理、予備、配送順、作業枠、用途札、規格票、小口束ね表。


「これ、重くないですか」


「重いです」


「安くならない?」


「なりません」


「言い切った!」


 クロードさんが短く言った。


「削るなら、止まる」


「ですよね」


「安くするなら、何を止めるか決めろ」


 それは嫌だった。


 施療院で、湯が止まる。


 薬草が止まる。


 洗い場が止まる。


 そういう安さは、安くない。


「行きましょう」


 わたしは帳簿を抱えた。


 西区施療院の管理人室には、すでにガリオ商会の男がいた。


 今度は二人。


 一人はいつもの薄い笑み。


 もう一人は、太った男で、指に大きな指輪をつけていた。


「ベルカ商会さん」


 管理人さんが困った顔で言った。


「ちょうど、お話を」


「はい」


 机の上には、ガリオ商会の見積書が置かれている。


 太った男が口を開いた。


「当商会としては、西区施療院様のために、かなり勉強させていただきました」


 勉強。


 安くした時に使う言葉だ。


「小樽と桶は新品のみ。まとめて納品。価格は銀貨十九枚」


 銀貨十九枚。


 こちらの上限より低い。


 管理人さんが迷うのも当然だ。


「ベルカ商会さんの七日間は評価しております。ですが、正式契約となれば、やはり安定した大手の一括納品が安心でしょう」


 安心。


 また、その言葉だ。


 わたしは帳簿を開いた。


「銀貨十九枚は安いです」


「でしょう」


「でも、その十九枚で止まらない形は入っていますか」


 男の笑みが少し止まった。


「止まらない形?」


「はい。配送順、予備管理、修理品の用途札、桶職人さんの作業枠、輪金の規格、鍛冶場ごとの納品予定です」


「それは細かな管理でしょう。現場で調整すればよろしい」


「その現場が止まります」


 声が少し強くなった。


「七日間でわかりました。小樽と桶があるだけでは足りません。今日使うもの、明日でいいもの、予備で置くもの、直せるもの、買うもの。分けないと止まります」


 ガリオ商会の男が言った。


「しかし、修理品は不安もあります。新品のみの方が明快です」


「新品だけなら、数が増えます。保管場所も取ります。使わない予備まで買うことになります」


「品質は高い」


「用途に合わない品質は、高いだけです」


 言った瞬間、自分で少し驚いた。


 クロードさんが横で言った。


「悪くない」


「今ですか」


「今だ」


「あとでお願いします!」


 管理人さんが小さく笑った。


 でも、太った男は笑わなかった。


「では、ベルカ商会さんはいくらで?」


 ロイが紙を出した。


「銀貨二十一枚と銅貨六十枚です」


 管理人室が静かになった。


 ガリオ商会より高い。


 でも、銀貨二十二枚の上限よりは低い。


「高いです。ガリオ商会さんより高いです」


「ご自分で認めるのですか」


「認めます」


 わたしは紙を指した。


「ただし、この中には、止まらないための仕事が入っています。修理と新品の分け方。予備の置き方。用途札。配送順。輪金の規格。三つの鍛冶場の小口納品。桶職人さんの作業枠」


 管理人さんの顔が少し変わった。


 この七日間、管理人さんはそれを見ていた。


 湯が止まらなかった。薬草が止まらなかった。洗い場が止まらなかった。ただ物を入れたからではない。


「安いだけなら、もっと安いものはあります」


 わたしは言った。


「でも、必要なのは、止まらない形です」


 ガリオ商会の男がすぐに言った。


「当商会でも、必要なら管理を追加できます」


 ロイが目を細めた。


「追加費用は?」


「それは内容次第で」


「では、銀貨十九枚には含まれていないのですね」


 短い。


 強い。


 男が黙った。


 ロイはさらに言った。


「一括納品後の置き場所管理、用途札、修理判断、職人の作業枠確保、小口鍛冶場の規格管理。これを含める場合の金額を、今この場で出せますか」


 太った男の指が止まった。


「それは、確認が必要です」


「ベルカ商会は確認済みです」


 ロイ、強い。


 怖いくらい強い。


 クロードさんが小さく言った。


「十割」


「ロイに!?」


「今のはロイだ」


「悔しい!」


 管理人さんは二つの見積書を見比べた。


 銀貨十九枚。


 銀貨二十一枚と銅貨六十枚。


 数字だけなら、答えは簡単だ。


 でも、七日間を見た後では、簡単ではない。


「ベルカ商会さん」


「はい」


「七日間で、止まった作業はありましたか」


「ありません」


「追加で大きく超えた費用は?」


「ありません。上限内です」


「予備は?」


「使う前に届きました」


「修理品は?」


「用途を分けて、確認済みです」


「鍛冶場は?」


「三つに分けました。規格票があります」


 管理人さんはうなずいた。


 そして、ガリオ商会の男へ向いた。


「ガリオ商会さんの見積もりは安いです」


「ありがとうございます」


「ただ、こちらは今、止めないことを重視しています」


 男の顔が硬くなった。


「もちろん、当商会でも」


「今回は、七日間の実績を優先します」


 胸の中が、一気に熱くなった。


 でも、まだ声は出さない。


 管理人さんは、わたしたちを見た。


「ベルカ商会さん。正式契約に向けて、詳細を詰めましょう」


「はい!」


 今度は、声が出た。


 少し大きかった。


 ガリオ商会の男たちは、ゆっくり立ち上がった。


「……承知しました。また条件を整えて参ります」


 また来る。


 たぶん来る。


 でも、今日は押し返した。


 値段では負けた。


 形で残った。


 管理人室を出たあと、わたしは廊下で息を吐いた。


「勝ちました?」


「仕事だ」


 クロードさんが言った。


「最近それ多くないですか」


「事実だ」


「でも、少しは勝ちって言ってください」


「正式契約はまだだ」


「厳しい!」


 ロイが横で紙を見ていた。


「ただ、かなり前進しました」


「ロイが前進って言った!」


「はい。正式契約に入れます」


「やりました?」


「やりました」


 短い。


 でも、効いた。


 ベルカ商会へ戻ると、トマが荷台の縄をほどいていた。


「商会主、どうでした?」


「安さには負けました。でも、契約の話は残りました」


「勝ったんですか?」


「たぶん、勝ちに近いです」


 トマは少し考えて、笑った。


「じゃあ、荷はまだ運べますね」


「はい。まだ運べます」


 その言葉が嬉しかった。


 荷がある。


 仕事が続く。


 人が動ける。


 それは、ただ売れたということより、少し大きい気がした。


 夜、ロイが正式契約用の紙を並べた。


 小樽、桶、輪金、修理、予備、配送順、用途札、規格票、小口束ね表。


「多いですね」


「多いです」


「でも、削ると止まりますね」


「はい」


 わたしはうなずいた。


 もう、それはわかる。


 安いだけなら、もっと安いものはある。


 でも、安いだけでは、湯は運べない。


 薬草は回らない。


 洗い場も守れない。


 人の手も、職人の時間も、鍛冶場の火も、勝手にはつながらない。


 ベルカ商会は、最安ではなかった。


 けれど、西区施療院に必要な形を持っていた。


 値段は下がった。


 でも、必要な形までは下がらなかった。


 だから、西区はベルカ商会を残した。

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