第37話 規格をそろえます
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西区試験運用、七日目。
朝から桶職人の親方は、不機嫌だった。
「同じ輪金を頼んだんだよな」
「頼みました」
「同じじゃねえ」
「昨日も聞きました……」
「なら、今日も聞け」
「はい……」
作業台の上には、三つの輪金が並んでいた。
ニール鍛冶場の細い輪金。
川沿いの継ぎ輪金。
西門近くの太い輪金。
どれも輪金だ。
でも、幅が違う。厚みが違う。曲がり方も少し違う。
「これを同じ桶に使えと言われたら、俺が困る」
「困りますよね」
「困る」
「二回言われた……」
クロードさんが輪金を見た。
「使えるものはある」
「でも、同じじゃないんですよね」
「同じではない」
「どうします?」
「そろえる」
「ですよね」
三つの鍛冶場に同じものを作ってもらうには、同じ頼み方をしないといけない。
わたしは帳簿を開いた。
「親方、何を書けば同じになりますか」
「幅、厚み、内側の丸み、合わせ目」
「多いです」
「多いから同じにならねえんだ」
「正論!」
ロイが横で紙を出した。
「商会主、規格票を作りましょう」
「規格票」
「はい。輪金の種類ごとに、必要な寸法と用途を書きます」
「また紙が増えます」
「増えます」
「最近、紙が増えない日はありますか」
「ありません」
「断言!」
親方が鉄の定規を出した。
「まず、細い輪金。桶の補修用だ。幅は指一本より少し細い。厚みは薄め。締める力は強すぎなくていい」
「指一本より少し細い、では鍛冶場ごとに変わりませんか」
ロイが言った。
親方が少し黙る。
「……変わるな」
「数字にしましょう」
「面倒な商会だな」
「最近、よく言われます」
わたしは定規を当てた。
幅、厚み、長さ、用途、確認者。
ロイがすぐに整える。
「細輪金一号。補修用。幅、厚み、長さ、許容差」
「許容差って何ですか」
「このくらいまでなら使える、という範囲です」
「そんなのまでいるんですか」
「ないと、毎回怒られます」
親方がうなずいた。
「怒るぞ」
「作りましょう!」
次は継ぎ輪金だった。
切れた輪金をつないで使う。
新品ではない。
でも、早い。
ただし、合わせ目がずれると桶に入れにくい。
「継ぎ輪金は、合わせ目を書け」
親方が言った。
「合わせ目」
「ここだ。少し重なる。重なりが長すぎると邪魔だ。短すぎると弱い」
「弱いのは困ります」
「邪魔なのも困る」
「全部困る!」
クロードさんが短く言った。
「だから書く」
「はい!」
太い輪金は、もっと面倒だった。
大きな桶や小樽の外側に使う。
力は必要だが、重すぎると扱いにくい。
西門の鍛冶場は、少し重く作る癖がある。
「重いと駄目なんですか」
「持つやつが文句を言う」
「誰ですか」
「お前らだ」
「わたしたちでした!」
トマが小さくうなずいた。
「重いと荷台に積む時、大変です」
「現場の声!」
ロイが書き足す。
「重量も入れます」
「重量まで!」
「運ぶ人が困ります」
「はい……」
昼前には、三枚の規格票ができた。
細輪金一号、継ぎ輪金一号、太輪金一号。
用途、幅、厚み、長さ、合わせ目、重さ、確認者。
紙を見ると、少しだけ商会らしい。
でも、同時に怖い。
「これを三つの鍛冶場に出すんですよね」
「出す」
クロードさんが言った。
「嫌がられませんか」
「嫌がる」
「え」
「だが、楽にもなる」
「どっちですか」
「最初は嫌がる。あとで楽になる」
そういうものらしい。
最初に向かったのは、ニール鍛冶場だった。
ニールさんは規格票を見るなり、顔をしかめた。
「細かいな」
「ですよね」
「だが、わかりやすい。この幅、この厚み、この長さ。これなら迷わん」
「よかった……」
「ただし、全部この通りにはならんぞ」
わたしは固まった。
「駄目ですか」
「鉄は紙じゃねえ。火に入れれば少し変わる。叩けば少し伸びる。冷えれば少し戻る」
「では、どうすれば」
「この範囲なら使える、を決めろ」
ロイがうなずいた。
「許容差ですね」
「その言い方は知らんが、それだ」
完璧な数字ではなく、使える範囲を書く。
規格票は、もう少し直すことになった。
次に川沿いの小鍛冶へ行った。
職人は規格票を見て、少し笑った。
「こういうのは嫌いじゃない」
「本当ですか」
「継ぎ輪金は、言葉だけだと毎回違う。紙がある方が早い」
「助かります!」
「ただ、合わせ目の図が下手だな」
「え」
わたしは紙を見た。
ロイも見た。
クロードさんも見た。
「下手だ」
クロードさんが言った。
「追い打ち!」
職人が炭で横に描き直した。
「ここを重ねる。ここは叩きすぎない。こう描け」
「絵も必要なんですね」
「鍛冶場は文字だけ読んでるわけじゃねえ」
図。
また増えた。
でも、必要だ。
最後は西門の古い鍛冶場だった。
老人は規格票を見るなり、鼻を鳴らした。
「若い商会が、細かい紙を持ってきたな」
「すみません」
「謝るな。太い輪金は、寸法がない方が面倒だ」
「怒られないんですか」
「怒るのは、寸法を聞かずに文句を言う客だ」
「なるほど」
老人が紙を叩いた。
「この重さは少し軽い。軽いと弱くなる」
トマが横から言った。
「でも、重いと運びにくいです」
老人がトマを見た。
「運ぶのはお前か」
「はい」
「なら、少しだけ軽くする」
トマの顔が明るくなった。
わたしも嬉しくなった。
運ぶ人の声が、規格に入った。
それは、小さいけれど大事なことに思えた。
夕方、ベルカ商会に戻ると、ロイが規格票を清書した。
細輪金一号、継ぎ輪金一号、太輪金一号。使える範囲、図、用途、重さ、確認者。
「できました」
「できましたね」
「増えました」
「増えましたね……」
でも、嫌ではなかった。
昨日は三つの鍛冶場から、違う輪金が来た。
今日は、同じ頼み方ができる。
それだけで少し前に進んだ気がした。
クロードさんが規格票を見た。
「悪くない」
「何割ですか」
「十割」
「え」
わたしは固まった。
「十割ですか」
「ああ」
「今日、けっこう怒られましたよ」
「怒られて直した」
「そこですか」
「そこだ」
クロードさんは、三枚の紙を指で叩いた。
「同じものを作らせるには、同じ言葉がいる」
その言葉は、すとんと入った。
同じ輪金を頼んだつもりだった。
でも、鍛冶場ごとに言葉が違った。
幅、厚み、重さ、合わせ目、図、使える範囲。
それがないまま、同じものを頼んだ気になっていた。
「ロイ」
「はい」
「これ、帳簿に入れますよね」
「もちろんです」
「ですよね」
「規格番号をつけます。注文も納品も、番号で管理します」
「また増える!」
「でも、次から楽になります」
「それは……そうですね」
トマが規格票をのぞいた。
「商会主、これなら俺でも間違えにくいです」
「本当ですか」
「細輪金一号って書いてあれば、どこのか確認できます」
それも強い。
鍛冶場だけではない。運ぶ人もわかる。桶職人もわかる。帳簿にも残る。
また一つ、現場が説明できる形になった。
夜、最後の確認を終えたころ。
ロイがぽつりと言った。
「商会主」
「はい」
「ベルカ商会は、少し商会らしくなりましたね」
「前は何だったんですか」
「勢いです」
「否定できない!」
クロードさんが少し笑った。
たぶん、少しだけ。
数は足りた。
でも、同じにはならなかった。
だから、同じ言葉を作った。
ベルカ商会は、初めて規格を持った。
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