第34話 安物ではありません
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西区試験運用、四日目。
噂は、朝から来た。
「ベルカ商会さん、少しよろしいですか」
西区施療院の管理人さんが、裏口で声をひそめた。
わたしは帳簿を抱え直す。
「はい。何か止まりましたか」
「いえ、物は止まっていません」
「それはよかったです」
「ただ、別のものが流れています」
「別のもの?」
管理人さんは困った顔をした。
「ベルカ商会は、中古品を施療院に入れている。そういう話が出ています」
胸の奥が、ひゅっと冷えた。
「中古品……」
「修理品のことだと思います」
修理品。
部品取り。
差し替え小樽。
使えるものを、使える場所へ回している。
でも、言い方を変えれば中古品だ。
間違いではない。
だから、嫌だった。
「誰が言っているかは?」
「はっきりとは。ただ、昨日から出ています」
昨日。
ガリオ商会の男がいた。
見ていた。
言ったのかもしれない。
言わせたのかもしれない。
わたしは思わずクロードさんを見た。
「どうしましょう」
「説明する」
「ですよね」
「隠すと悪くなる」
「ですよね……」
ロイも帳簿を開いた。
「商会主、修理品、新品、予備品の区別は記録しています」
「はい」
「なら、見せる形にしましょう」
「見せる形?」
「帳簿全部は見せません。現場で使う札だけ作ります」
札。
わたしは少し考えた。
「新品、修理品、予備品。用途と確認者と日付も入れますか」
「はい。部品取りは施療院内に出しません。裏の保管に限定します」
「たしかに」
クロードさんが言った。
「悪くない」
「ロイに甘いですね」
「今のはいい」
「悔しい!」
でも、確かにいい。
噂を消すには、隠すより分けて見せる方が早い。
「管理人さん」
「はい」
「こちらで札を作ります。新品、修理品、予備品。用途も書きます。保管用か、薬草用か、洗い場用か」
「それは助かります」
「修理品は、確認者も書きます。桶職人さんの確認済みです」
「そこまであれば、説明できます」
管理人さんの顔が少し明るくなった。
わたしも少し落ち着いた。
ベルカ商会に戻ると、ロイがすぐに紙を切り始めた。
トマが木札を持ってくる。
エドが紐を出す。
「早いですね」
「昨日の配送札の残りです」
トマが言った。
「使えるかなって」
「使えます!」
思わず声が大きくなった。
トマが少し照れた顔をする。
商会が、少しずつ勝手に動くようになっている。
わたしだけが慌てているわけではない。
それが、少し嬉しかった。
ロイが札に書く。
修理品は黒。
確認済みの印だけ青。
危ないものに見えないように。
でも、確認済みだとわかるように。
「商会主、その分け方でいきます」
「はい」
言ってから、自分でも驚いた。
札の見え方まで考えている。
前なら、そこまで見えなかった。
クロードさんが短く言った。
「九割」
「今ので?」
「ああ」
「やりました」
「まだ終わっていない」
「厳しい!」
昼前に、西区施療院へ戻った。
管理人さんと一緒に、小樽と桶へ札をつける。
新品は新品、修理品は修理品、予備品は予備品、部品取りは奥へ下げる。
札をつけると、物置の中が少し見やすくなった。
ただの古い小樽に見えていたものが、何に使うものか見える。
何をしてはいけないかも見える。
「これはいいですね」
管理人さんが言った。
「説明しやすいです」
「見てわかるようにしただけです」
「それが大事です」
その時、廊下の向こうから声がした。
「それが例の修理品ですか」
ガリオ商会の男だった。
やっぱり来た。
今日は、施療院の職員らしい人も二人いる。
見せるために来たのかもしれない。
「はい」
わたしは答えた。
「修理品です」
男が少し笑った。
「施療院に修理品を入れるのですね」
「入れます」
言い切った。
男の笑みが少し止まる。
「新品ではないのですよ?」
「新品ではありません」
「不安ではありませんか」
「用途を分けています」
わたしは札を指した。
「これは保管用です。人前に出すものではありません。桶職人さんが底板と輪金を確認しています。確認者と日付も書いてあります」
職員の一人が札をのぞき込んだ。
「本当だ。用途が書いてある」
もう一人も言った。
「これなら間違えにくいですね」
ガリオ商会の男の顔が少し硬くなった。
「しかし、見た目は古い」
「古いです」
わたしはうなずいた。
「でも、古いことと、使えないことは違います」
廊下が少し静かになった。
「安物を入れているのではありません。使えるものを、用途に合わせています」
言えた。
少し強かった。
でも、声は震えなかった。
クロードさんが横で言った。
「悪くない」
「今ですか」
「今だ」
「何割ですか」
「九割半」
「維持!」
管理人さんが一歩前に出た。
「西区施療院としても、この運用を確認しています。新品が必要なところは新品。修理品で足りるところは修理品。予備は予備として管理します」
職員たちがうなずいた。
ガリオ商会の男は、薄く笑い直した。
「なるほど。ずいぶん丁寧ですね」
「必要なので」
ロイみたいな返事が出た。
自分で少し驚いた。
男は、それ以上言わなかった。
言えなかったのかもしれない。
見せれば、噂とは違う。
中古品を押し込んでいるのではない。
分けて、確認して、用途を決めている。
それが、その場に残った。
午後には、噂の向きが少し変わった。
職員の一人が、別の職員へ札の説明をしていた。
「これは修理品だけど、保管用だから問題ないそうです」
「こっちは新品。薬草用」
「予備は奥の棚」
わたしが説明しなくても、説明が回っている。
それを見て、胸の奥が熱くなった。
「クロードさん」
「なんだ」
「噂って、消せるんですね」
「消えてはいない」
「え」
「形が変わった」
「形?」
「悪い噂が、説明に変わった」
なるほど、と思った。
隠していれば、噂のままだった。
見えるようにしたから、説明になった。
夕方、ベルカ商会へ戻ると、ロイが札の残りを数えていた。
「どうでしたか」
「効きました」
「では、札を増やします」
「また増える!」
「南区にも使えます」
「確かに……」
ロイが帳簿に新しい欄を作る。
品名、用途、状態、確認者、配置場所。
「増えすぎでは?」
「増えます」
「断言!」
「ただ、今回の件で必要だとわかりました」
それは、そうだった。
噂に対して、言葉だけで返すのは弱い。
札があれば、現場が説明してくれる。
トマが木札を磨きながら言った。
「商会主、札があると運ぶ側も楽です。どこに置くか書いてあるので」
「それもありますね」
使う人だけではない。
運ぶ人にも効く。
帳簿にも効く。
噂にも効く。
小さな札なのに、思ったより強い。
クロードさんが言った。
「十割でいい」
「え」
わたしは固まった。
「今、何て言いました?」
「十割でいい」
「本当に?」
「ああ」
「全部ですか?」
「全部だ」
胸が、ふわっと軽くなった。
思わず笑いそうになる。
でも、その前にロイが紙を出した。
「では、十割記念に明日の確認です」
「余韻!」
「西区分の札追加、南区への転用、部品取り置き場の分離、確認者欄の統一です」
「多い!」
でも、嫌ではなかった。
隠せば噂になる。
分けて見せれば、信用になる。
ベルカ商会は、修理品を安物にしなかった。
使えるものを、使える場所へ置いた。
そのための札は、思ったよりもよく働いた。
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