第27話 太い道だけが道ではありません
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ベルカ商会の店先に、ベルトンさんが立っていた。
相変わらず、薄く笑っている。
今日は一人ではない。
後ろに、昨日のガリオ商会の男もいる。
嫌な組み合わせだった。
「ベルカ商会さん。ずいぶん、北で動いているようですね」
「必要な確認をしているだけです」
わたしは答えた。
帳簿はロイが奥に下げている。
荷札も見えない場所に移した。
昨日より、少しだけ準備ができている。
「規格外の鉄材まで買ったとか」
「はい」
「なかなか面白いことをされる」
「ありがとうございます」
「褒めてはいません」
「そうですか」
少しだけ、言い返せた。
ベルトンさんの笑みが薄くなる。
「ただ、気をつけた方がいい。北門の問屋も、鍛冶場も、昔からの付き合いがあります。急に入り込むと、相手も困る」
「昨日も同じような話を伺いました」
「なら、わかるでしょう」
「はい。付き合いは大事です」
ベルトンさんが満足そうに笑う。
そこで、わたしは続けた。
「なので、うちも付き合いを作ります」
笑みが止まった。
「……何ですって?」
「ベルカ商会も、ニール鍛冶場さんと付き合いを作ります。北門の問屋さんとも、規格外鉄材の取引をしました」
「それは正式な取引とは言いにくいでしょう」
「小口ですが、取引です」
「小口では、流れは作れませんよ」
クロードさんが横で言った。
「作れる」
短い。
強い。
ベルトンさんがクロードさんを見る。
「あなたは、ずいぶん口を挟みますね」
「必要な時だけだ」
「では、今は必要だと?」
「ああ」
ベルトンさんは、少しだけ目を細めた。
「ガリオ商会は、輪金を正規の品として扱っています。品質も数も保証できる。南区や西区のような場所こそ、きちんとした品を使うべきです」
「それは正しいです」
わたしは言った。
ベルトンさんが、少しだけ勝ったような顔をした。
「ただし、全部を新品にする必要はありません」
その顔がまた止まる。
「修理用なら、使える鉄材で足ります。新品が必要なところには新品を使います。継ぎ輪金で足りるところには、継ぎ輪金を使います」
「見栄えが悪い」
「見えない場所です」
「信用に関わる」
「止めない方が、信用に関わります」
言えた
少しだけ、声が強くなった。
「南区の共同炊事場も、施療院も、必要としているのは、止まらないことです。見せるための新品ではなく、使える道具です」
ベルトンさんは黙った。
でも、すぐに笑みを戻した。
「なるほど。では、その使える道具とやらを、どうやって保証するのです?」
来た。
嫌なところを突いてくる。
わたしは息を吸った。
「桶職人に確認してもらいます」
「その職人が忙しくなれば?」
「確認の順番を分けます」
「それでも追いつかなければ?」
「急ぎと予備を分けます」
「それでも?」
詰めてくる。
嫌な詰め方だった。
でも、前より怖くない。
なぜなら、もう考えてある。
「ガリオ商会さん。うちは、全部を一度に受けません」
ベルトンさんの眉が動いた。
「南区は正式配送。西区は調査。鍛冶場は小口。鉄材は規格外だけ。全部、分けています」
ロイが奥で帳簿を開いた。
見せるためではない。
でも、そこにあるだけで心強い。
「できるところまで受けて、できないところは受けません。必要なところだけ買って、使えるものだけ回します」
「ずいぶん細かい」
「細かくしないと止まります」
でも、今はそれでいい。
「ガリオ商会さんは、大きな荷を扱えます。うちは、細い荷を止めないようにします」
「それで対等だと?」
「対等になる必要はありません」
自分で言って、驚いた。
でも、止まらなかった。
「うちは、うちの仕事をします」
店先が静かになった。
ベルトンさんの後ろの男が、少しだけ顔をしかめる。
ベルトンさんは、ゆっくり笑った。
「小さい商会が、自分の仕事、ですか」
「はい」
「では、その仕事を見せていただきましょう。南区管理所に確認します。規格外の鉄材で直した小樽を、本当に使うのか」
嫌な流れだった。
でも、クロードさんは動かない。
わたしを見ている。
たぶん、ここはわたしが言うところだ。
「どうぞ」
わたしは言った。
「確認してください」
ベルトンさんの笑みが、ほんの少しだけ揺れた。
「よろしいのですか?」
「はい。南区管理所にも、施療院にも、共同炊事場にも説明しています。配布用、保管用、予備用を分けています。強い欠けや深い割れのあるものは使いません」
その時、店先に別の声がした。
「その件なら、確認済みです」
エルマンさんだった。
手に書類を持っている。
少し息が上がっていた。
「南区管理所として、ベルカ商会さんの修理品の扱いは確認しています。新品、修理品、予備品は分けて記録され、強い破損品は除外されています」
来た。
来てくれた。
わたしは、思わず息を吐きそうになった。
でも、まだ我慢した。
エルマンさんはベルトンさんへ向き直った。
「ガリオ商会さんの新品も必要です。ただ、現在は品数と価格に変動があります。管理所としては、ベルカ商会さんの修理・回収案も併用します」
ベルトンさんの表情が、初めてはっきり変わった。
「管理所が、規格外品を認めると?」
「規格外品をそのまま使うわけではありません。修理、確認、用途分けをした上で使います」
「それで問題が出たら?」
「そのための記録です」
エルマンさんは書類を見せた。
「ベルカ商会さんには、数、用途、確認者、修理先を記録してもらっています」
ロイが奥で、静かに帳簿を掲げた。
ベルトンさんはそれを見た。
見たが、何も言えなかった。
胸の奥が少し熱くなった。
積み上げてきた細かい項目。
増えすぎた帳簿。
何度も面倒だと思った記録。
それが、今、盾になっている。
「……なるほど」
ベルトンさんは、ゆっくり言った。
「ずいぶん丁寧なことで」
「必要ですので」
ロイが言った。
まさかのロイだった。
わたしは横を見た。
クロードさんも、少しだけロイを見ていた。
ベルトンさんは笑みを戻そうとした。
でも、少し遅かった。
「では、ガリオ商会としては、正規品のご相談があればいつでも承ります」
「ありがとうございます。必要な分だけ、相談します」
ベルトンさんの口元が固まる。
必要な分だけ。
その言葉は、今日はこちらの言葉だった。
ベルトンさんたちは帰っていった。
店先に残った空気が、ふっと軽くなる。
わたしは、そこでようやく息を吐いた。
「……勝ちました?」
「勝ってはいない」
クロードさんが言った。
「今くらいは勝たせてください」
「止めた」
「え?」
「押し込まれるのを止めた」
それは、勝ちよりもベルカ商会らしい言い方だった。
「じゃあ、止めました」
「ああ」
「今のは何割ですか」
「九割」
「九割!」
わたしは声を上げた。
「あと一割は?」
「息を止めていた」
「そこまで見ないでください!」
エルマンさんが小さく笑った。
ロイも、珍しく少しだけ笑っている。
トマたちは、店の奥でこっそり手を叩いていた。
「商会主」
ロイが言った。
「帳簿をつけておいてよかったです」
「本当にそうですね」
「ただし、項目はさらに増えます」
「余韻が短い!」
「必要ですので」
いつもの言葉だった。
でも、今日は少し頼もしい。
エルマンさんが書類を差し出した。
「それと、南区管理所から正式に追加依頼です」
「追加依頼」
嫌な予感と、少しの期待が同時に来た。
「修理品と新品を分けた小樽管理を、七日間だけ試験運用したいとのことです。西区についても、調査だけなら同じ形式でお願いしたい」
ロイの帳簿が開く音がした。
トマたちが「あ」と言った。
わたしはクロードさんを見た。
「増えましたね」
「増えたな」
「でも、これは」
「仕事だ」
クロードさんが言った。
「取れ」
短い。
でも、背中を押された気がした。
わたしはエルマンさんに向き直った。
「お受けします。ただし、南区分と西区調査分は、契約と帳簿を分けさせてください」
言えた。
今度は震えなかった。
エルマンさんがうなずく。
「もちろんです」
ベルカ商会は、大きな商会を倒したわけではない。
ただ、押し込まれそうになった細い線を守った。
その線は、南区の正式な仕事になり、西区へ伸びる調査になった。
太い道だけが、道ではない。
ベルカ商会の小さな道も、たしかに仕事になり始めていた。
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