第26話 規格外にも値段があります
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北門の鉄問屋は、思ったより大きかった。
石造りの倉庫が二つ。
荷馬車が三台。
門の横には、鉄棒や板材が積まれている。
ベルカ商会の倉庫とは、置いてあるものの重さが違った。
「……踏まれたら終わりそうですね」
「終わるな」
「否定してください」
「鉄は重い」
「知っています!」
問屋の男は、わたしたちを倉庫の奥へ案内した。
ガリオ商会の男も、当然のようについてくる。
来ないでほしい。
でも、来る。
「こちらが規格外です」
短い鉄棒、曲がった板、端が欠けた輪金。
売り物というより、置き場に困っているものに見えた。
「これを買うのですか?」
ガリオ商会の男が薄く笑った。
「さすがベルカ商会さん。ずいぶん倹約なさる」
「必要なので」
わたしは答えた。
クロードさんは鉄の山の前にしゃがんだ。
短い棒を持ち、曲がった板を見て、古い輪金を指で弾く。
「これは使える。これは駄目。これは継げば使える」
早い。
いつも通り早い。
問屋の男が眉を上げた。
「鍛冶の心得でも?」
「ない」
「では、なぜわかる」
「見ればわかる」
まただ。
でも、問屋の男は笑った。
「面白い人だ」
面白いで済ませてくれるならいい。
わたしは帳簿を開いた。
「クロードさん、使えるものだけ分けてください」
「もう分けている」
「早い!」
ニールさんも一緒に鉄を見た。
「これなら、細い輪金にできる。こっちは火を入れ直せばいける。これは駄目だな。割れが深い」
クロードさんが選び、ニールさんが確かめる。
わたしは数を書く。
細い輪金三つ分。継ぎ輪金なら、さらに二つ。太い輪金には足りない。
でも、何もないよりはいい。
「これだけですか?」
ガリオ商会の男が言った。
「ずいぶん少ないですね」
「少なくていいです」
わたしは言った。
ニールさんが少し笑った。
その言葉は、もうただの言い訳ではなかった。
ベルカ商会のやり方になり始めている。
問屋の男が腕を組んだ。
「さて、値段ですが」
来た。
わたしは帳簿を握った。
「規格外です。通常の鉄材よりは安くなりますよね」
「もちろん。ただ、今は鉄が動いています。規格外でも欲しがる者はいる」
「今まで売れていなかったものですよね」
言ってから、少しだけ心臓が跳ねた。
でも、問屋の男は笑った。
「言いますな」
「置き場に残っていたものです。こちらは即金で買います。ただし、使えるものだけです」
「全部まとめて引き取るなら、安くしますよ」
「全部は買いません」
言えた。
はっきりと。
「使えるものだけ買います。使えないものまで買うと、こちらが止まります」
「止まる、ですか」
「はい。小さい商会なので」
問屋の男は、指輪を撫でた。
「では、銅貨三十枚」
「高い」
クロードさんが即答した。
早い。
「規格外とはいえ、鉄ですからな」
「二十」
「安すぎる」
「売れ残っていた」
「二十八」
「二十一」
「二十六」
「二十二」
「……あなた、交渉する気がありますか?」
「ある」
「そうは見えませんな」
「あるから二十二だ」
クロードさんの交渉は、短すぎて怖い。
でも、こちらにはありがたい。
「では、二十四」
問屋の男が言った。
クロードさんは少し黙った。
「二十三。今日払う」
「……本当に即金ですな」
「そうだ」
問屋の男は、わたしを見た。
「商会主さんは?」
急に振られた。
わたしは帳簿を見る。
使える鉄の量。輪金にできる数。ニールさんの手間。桶職人の確認。南区と西区の修理予定。
ここで買えば、二日後の分は止まりにくい。
でも、買いすぎると予備費が減る。
「二十三枚なら買います。ただし、使えるものだけ。運搬はこちらでします」
問屋の男は、少しだけ目を細めた。
「いいでしょう」
決まった。
規格外の鉄材。
銅貨二十三枚。
使えるものだけ。
帳簿に書いた瞬間、また項目が増えた。
ガリオ商会の男は、笑っていなかった。
「ベルカ商会さんは、本当に細かいところを拾いますね」
「必要なので」
「そんな小さなものを拾って、どこまで行けると?」
「止まらないところまでです」
わたしは答えた。
「大きな荷は、そちらが押さえればいいと思います。うちは、止まりそうなところを止めないようにします」
「それで商売になると?」
「なります」
言い切った。
まだ怖い。
でも、南区は止まらなかった。西区も動き始めた。ニール鍛冶場の火も消えていない。
なら、言っていい。
「……面白いですね」
ガリオ商会の男は薄く笑った。
「ベルトンに伝えておきます」
「どうぞ」
言ってから、少し後悔した。
でも、もう遅い。
問屋の男が、鉄材を縄でまとめた。
「持っていけますか?」
「持っていきます」
わたしは答えた。
答えてから、鉄材を見た。
重そうだった。
「クロードさん」
「なんだ」
「持てますか」
「無理だ」
「即答!」
「荷車を借りる」
「最初から言ってください!」
問屋の男が笑った。
「古い荷車ならありますよ。車輪が少し鳴りますが」
わたしは固まった。
「……クロードさん」
「見る」
「やっぱり見るんですね」
倉庫の横に、古い荷車が置かれていた。
荷台は傷んでいない。車輪の輪金が少し緩み、持ち手には縄が巻かれていた。
「これは?」
「使える」
「またですか」
「輪金を締めればいい」
「必要なら貸しましょう。返していただければ」
「借ります」
わたしはすぐに答えた。
買わない。
借りる。
それだけで、少し成長した気がした。
クロードさんが言った。
「悪くない」
「何割ですか」
「八割」
「維持!」
「震えていない」
「見てたんですか!」
「見える」
「だから、そこは見ないでください!」
規格外の鉄材を荷車に積む。
ニールさんが縄を締め、クロードさんが重さの偏りを見て、わたしは帳簿に書く。
規格外鉄材、銅貨二十三枚。ニール鍛冶場へ運搬。荷車は問屋から借用。返却予定、明日。
また、項目が増えた。
でも、今日は少しだけ嫌ではなかった。
問屋を出る時、ガリオ商会の男が言った。
「その程度の鉄で、何が変わるのですか」
わたしは荷車の持ち手を握った。
「小樽がいくつか直ります」
「それだけ?」
「それだけです。でも、それだけで止まらない場所があります」
男は何も言わなかった。
北門の道を戻る。
荷車は重かった。
車輪がきしむ。道の石に引っかかる。腕が痛い。
「クロードさん」
「なんだ」
「これ、運搬費を取るべきでした」
「次から取れ」
「次があるんですね」
「ある」
「否定してください!」
ニール鍛冶場に戻ると、ニールさんはすぐに鉄材を分け始めた。
「これなら、明日の五つは問題ない。二日後の分も、継ぎ輪金で三つはいける」
「残り二つは?」
「問屋の通常鉄が入れば。入らなければ、また考える」
「また考える」
「そうだ」
ニールさんまで、少しクロードさんに似てきた気がする。
「ベルカ商会さん」
ニールさんが言った。
「助かった。正直、問屋を押さえられたら終わりだと思ってた」
「まだ終わっていません」
「そうだな」
「明日の五つ、お願いします」
「ああ。火は入れておく」
火は入れておく。
その言葉に、少しほっとした。
ベルカ商会がつないだ細い線は、まだ切れていない。
ベルカ商会に戻ると、ロイがすぐに帳簿を見た。
「規格外鉄材、銅貨二十三枚」
「はい」
「運搬費は?」
「取っていません」
ロイが静かにこちらを見た。
「次から取ります」
「お願いします」
怒られた。
静かに怒られた。
「ただ、これでニール鍛冶場の明日分は止まりません」
「それはよかったです」
「二日後の分は?」
「一部は継ぎ輪金で対応します。残りは通常鉄待ちです」
「では、継ぎ輪金の品質確認を桶職人に入れます」
「お願いします」
ロイが帳簿に書く。
ニール鍛冶場、規格外鉄材、継ぎ輪金、桶職人確認。
また新しい項目。
でも、線は少し太くなった。
その時、トマが店先から顔を出した。
「商会主、ベルトンさんが来ています」
わたしは目を閉じた。
「本人ですか」
「はい。笑ってます」
「最悪ですね」
クロードさんが言った。
「来たな」
「毎回それです!」
ベルカ商会は、規格外の鉄材を買った。
小さな鍛冶場の火は、まだ消えていない。
けれど今度は、ガリオ商会のベルトン本人が店先に立っていた。
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