第25話 荷札は見せません
いつもありがとうございます!
楽しんでいっていただけると幸いです。
ベルカ商会の店先に、ガリオ商会の男が立っていた。
ベルトンさんではない。
背は高く、服はきちんとしている。
でも、目だけが少し細い。
荷台を見ている目だった。
「ベルカ商会のミリアさんですね」
「はい。ご用件は?」
「ガリオ商会の使いで来ました。北の鍛冶場へ行かれたとか」
早い。
本当に早い。
「確認が早いですね」
「北の鍛冶場は狭い場所ですから」
男は丁寧に笑った。
でも、気持ちは悪い。
「それで?」
「どちらの鍛冶場と取引されたのか、荷札を確認させていただきたい」
「お断りします」
自分でも驚くくらい、すぐに言えた。
男の笑みが少し止まる。
「確認だけです」
「それでもお断りします」
「別に奪うわけではありませんよ」
「そういう問題ではありません」
クロードさんは横に立っている。
何も言わない。
ロイも奥で帳簿を抱えている。
トマたちも手を止めていた。
みんなが見ている。
だからこそ、ここで見せるわけにはいかなかった。
「ベルカ商会の仕入れ先は、こちらで守るべき情報です。お見せできません」
言い切った。
少し足が震えた。
でも、声は止まらなかった。
男はわたしを見た。
「小さな商会が、ずいぶん強気ですね」
「小さいので、守れるものは守ります」
「ガリオ商会と揉めるつもりですか」
「揉めたいわけではありません」
「では、見せてもよいのでは?」
「見せる理由がありません」
男の笑みが薄くなる。
空気が少し重くなった。
クロードさんが短く言った。
「帰れ」
「あなたは?」
「ベルカ商会の者だ」
「名は?」
「言う必要はない」
男は眉を寄せた。
「ずいぶん失礼ですね」
「荷札を見せろと言う方が失礼だ」
すごい。
真正面から言った。
心強い。
でも、胃も少し痛い。
「わかりました」
男は笑みを戻した。
「ただ、北の鍛冶場には、それぞれ付き合いというものがあります。急に入り込むと、相手も困るかもしれませんよ」
嫌な置き土産だった。
「ご忠告、ありがとうございます」
わたしは頭を下げた。
「ただし、こちらの荷札はお見せできません」
男は軽く頭を下げ、去っていった。
店先に、妙な静けさが残る。
「……言えました」
「言えたな」
クロードさんが言った。
「今のは?」
「悪くない」
「全部ください」
「まだ早い」
「今日くらいは全部ください!」
「八割」
「増えた!」
思わず声が出た。
「八割ですか」
「ああ」
「あと二割は?」
「震えていた」
「見てたんですか!」
「見える」
「そこは見ないでください!」
ロイが、ほっとしたように息を吐いた。
「商会主、仕入れ先を見せなかったのは正しい判断です」
「ありがとうございます」
「ただし、ガリオ商会は次に鍛冶場へ行くと思います」
「ですよね」
わたしは帳簿を握った。
ニール鍛冶場。
細い輪金、五つ。
明日納品。
小さな線を一本つないだだけなのに、もう見られている。
「クロードさん」
「なんだ」
「ニールさん、大丈夫でしょうか」
「行く」
「今から?」
「今から」
「またですか!」
「遅いと、先に行かれる」
嫌なほど正しい。
ガリオ商会が荷札を見られなかったなら、次は北の鍛冶場で探す。
大きな鍛冶場の周りを見れば、どの小鍛冶場にベルカ商会が入ったか、すぐにわかるかもしれない。
「ロイ、南区便は?」
「こちらで回します」
「西区の小樽は?」
「桶職人に確認を取ります」
「新しい依頼は?」
「夕方まで保留です」
早い。
ロイがどんどん強くなる。
「では、北へ行きます」
「お気をつけて」
トマが言った。
「商会主、荷札は隠しておきます」
「隠すという言い方は少し怖いですが、お願いします」
わたしとクロードさんは、すぐに北の鍛冶場通りへ向かった。
大通りでは、大手鍛冶場の荷馬車が動いている。
ガリオ商会の荷札も見えた。
その横を通り過ぎ、細い道へ入る。
ニール鍛冶場の前に着くと、炉の音が聞こえた。
火は消えていない。
それだけで、少し安心した。
「ニールさん」
声をかけると、ニールさんが顔を上げた。
「ああ、ベルカ商会か。どうした、急に」
「ガリオ商会の人が来ませんでしたか」
ニールさんの顔が変わった。
「来た」
やっぱり。
「何を言われましたか」
「昨日、変な商会が来ただろうってな。輪金を頼まれたか、と」
「答えましたか」
「答えてない」
ニールさんは不機嫌そうに言った。
「商売の話を他所に言うほど暇じゃない」
よかった。
わたしは息を吐いた。
「ありがとうございます」
「ただ、向こうは気に入らなかったらしい」
「何かされたんですか」
「北門の問屋に話を通す、と言っていた」
鉄材。
胸が冷えた。
ニール鍛冶場は、ただでさえ鉄材が遅れている。
そこを押さえられたら、輪金は作れない。
「クロードさん」
「わかっている」
クロードさんは、炉の横に積まれた鉄材を見た。
「今ある鉄で、明日の五つは?」
「作れる」
ニールさんは即答した。
「でも、二日後の分は怪しい。問屋からの鉄が遅れたら無理だ」
「半端な鉄は?」
「あるが、足りるかどうか」
「見せてください」
炉の奥には、短い鉄棒、曲がった板、古い輪金、割れた金具が積まれていた。
「これは売り物になりにくい。形も大きさもばらばらだ」
クロードさんが手に取って見る。
「細い輪金なら、三つ分」
「三つ?」
ニールさんが驚いた。
「これで?」
「足りない分を継げばいい」
「継ぎの輪金か。手間がかかるぞ」
「使えるならいい」
またそれだ。
でも、今日は頼もしい。
「継ぎの輪金でも大丈夫なんですか」
わたしが聞くと、ニールさんは少し考えた。
「桶職人が嫌がらなければ使える。見栄えは悪いが、修理用ならありだ」
「では、桶職人に確認します」
わたしは帳簿を開いた。
「明日の五つは予定通り。二日後の五つのうち、三つは半端な鉄で継ぎ輪金。残り二つは問屋の鉄が入れば通常。入らなければ再相談」
「細かいな」
「細かくしないと止まります」
「それ、昨日も言ってたな」
「最近ずっと言っています」
ニールさんは少し笑った。
「じゃあ、それでいく」
決まりかけた時だった。
外から声がした。
「ニール。いるか」
ニールさんの顔が硬くなる。
「問屋だ」
入ってきたのは、太った男だった。
上等な革靴を履き、指には鉄の指輪をしている。
その後ろに、さっきのガリオ商会の男がいた。
早すぎる。
「おや」
ガリオ商会の男が笑った。
「ベルカ商会さん。こちらでしたか」
わたしは息を吸った。
問屋の男は、ニールさんを見た。
「次の鉄材だが、少し待ってもらうことになる」
「昨日は明日入ると言っただろ」
「大口が入ってね。順番が変わった」
大口。
言わなくてもわかる。
ガリオ商会だ。
「こっちも注文を受けてる」
「小口だろう?」
問屋の男は軽く言った。
「大口を優先するのは当然だ」
胸が熱くなった。
嫌な熱だった。
小口。
たしかに小口だ。
でも、南区と西区を止めないための小口だ。
「その鉄材、全量が大口分ですか」
わたしは聞いた。
問屋の男がこちらを見る。
「どちら様で?」
「ベルカ商会のミリアです」
「商会さんでしたか」
値踏みする目だった。
「ニール鍛冶場に必要なのは、輪金数本分です。全量でなくても構いません」
「大口の荷を崩すわけにはいきませんな」
「端材は?」
クロードさんが言った。
「端材?」
「大口に回せない短い鉄。曲がったもの。規格外」
「そんなものをどうする」
「輪金にする」
問屋の男は笑った。
「規格外を売れと?」
「売れ」
短い。
強い。
わたしは慌てて続けた。
「必要なのは、規格のそろった鉄材ではありません。修理用の輪金に使える分です。大口の荷を崩さず、規格外だけ買い取ります」
問屋の男は少し考えた。
ガリオ商会の男は笑っていない。
「規格外は値がつきにくいはずです。こちらは即金で買います」
ロイに怒られそうだ。
でも、ここで取らなければ、ニール鍛冶場が止まる。
「即金か」
「はい。ただし、使えるものを見てからです」
「誰が見る」
「こちらで。クロードさん、見ますよね?」
「見る」
問屋の男は、少し笑った。
「面白い。規格外なら、倉庫に少しある。だが、安くはない」
「高すぎるなら買いません」
言えた。
問屋の男の眉が動いた。
「小さい商会なのに、ずいぶん言いますな」
「小さいので、買いすぎると止まります」
ニールさんが、横で小さく笑った。
ガリオ商会の男は黙っている。
クロードさんが言った。
「見に行く」
「今からですか?」
「今だ」
「ですよね!」
こうして、ベルカ商会は北門の鉄問屋へ行くことになった。
輪金を頼みに来ただけだった。
それなのに、今度は規格外の鉄材まで見ることになった。
細い線は、さらに奥へ伸びていた。
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