第24話 少なくていいです
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若い鍛冶師は、しばらくクロードさんを見ていた。
「少なくていい、って言ったか?」
「言った」
「本当にか?」
「本当だ」
「輪金を買いに来る商会は、たいてい数を聞く。百だの二百だの、できるかどうかで決める」
「うちは百もいらない」
「じゃあ、いくつだ」
「細い輪金を十。太い輪金を二」
「それなら作れる」
鍛冶師はすぐに言った。
でも、少し顔をしかめる。
「ただし、すぐには無理だ。鉄材が足りない」
「どれくらいかかりますか」
「三日」
「二日」
クロードさんが言った。
「きつい」
「半分を明日、残りを二日後」
鍛冶師は炉の横に積んだ鉄材を見た。
「……それなら、できる」
できる。
その言葉で、少しだけ空気が変わった。
「値段は?」
「大手よりは安い。ただ、鉄材が上がってる」
「鉄材はどこから?」
「北門の問屋だ。最近、いい鉄は大手に先に回る。こっちに来るのは遅い」
やっぱり。
大手が先に取る。
小さい鍛冶場は後回し。
だから火が弱い。
だから数がそろわない。
「余っている鉄はあるか?」
クロードさんが聞いた。
「余っている鉄?」
「半端な棒、曲がった板、外した古い輪金」
「あるにはあるが、まとまった品にはしにくい」
「輪金ならできる」
鍛冶師は、クロードさんをじっと見た。
「……あんた、鍛冶屋か?」
「違う」
「じゃあ何だ」
「商会だ」
「商会が、半端な鉄で輪金を作れって?」
「使えるならな」
またそれだ。
鍛冶師は少し笑った。
「変な商会だな」
「最近よく言われます」
わたしは答えた。
「ベルカ商会のミリアです。南区と西区で、小樽と桶の修理用の輪金を探しています」
「南区と西区?」
鍛冶師の顔が変わった。
「そんなに必要なのか」
「全部を新品でそろえるわけではありません。ただ、足りない分だけ確保したいんです」
「足りない分だけ、か」
鍛冶師は、壁に掛けた輪金を見た。
「大手みたいに、まとめて持っていく話じゃないんだな」
「はい」
「なら、うちでもできる」
わたしは帳簿を開いた。
「お名前を伺っても?」
「ニールだ。ニール鍛冶場」
「ニールさんですね。細い輪金を明日五つ、二日後に五つ。太い輪金を二つ。半端な鉄で使えるものは使う。品質は桶職人に確認してもらう。支払いは、納品ごとでどうでしょう」
言い終えてから、自分で少し驚いた。
条件が、思ったよりすらすら出た。
ニールさんも少し驚いている。
「……しっかりしてるな」
「しっかりしないと、止まるので」
「止まる?」
「いろいろです」
クロードさんが横で言った。
「悪くない」
「今のは何割ですか」
「半分以上」
「そこは固定なんですか!」
ニールさんが笑った。
「よくわからんが、面白い商会だな」
「本人もそう思っています」
ニールさんは、短い鉄棒や曲がった板を持ってきた。
「こういう半端な鉄でもいいのか?」
クロードさんが見る。
「これは使える。これは駄目。これは細い輪金ならいける」
「本当に鍛冶屋じゃないのか」
「違う」
「妙な目をしてるな」
その一言に、わたしは少しだけ反応した。
クロードさんは顔を変えない。
「商会だ」
ニールさんは、それ以上聞かなかった。
それが少しありがたかった。
「ただ、うちで作れる数は多くない。今回みたいな小口なら受けられる。でも、急に数が増えると無理だ」
「わかっています。だから、まずは今回分だけです」
「まずは?」
しまった。
自分でも少し引っかかる言い方をした。
「……まずは、今回分だけです。次がある場合は、改めて相談します」
「ならいい」
ニールさんはうなずいた。
「大手の下請けみたいな仕事は嫌なんだ。急げ、安くしろ、数をそろえろ。そればっかりでな」
「今回は、少なくていいです」
「変な注文だ」
「変な商会なので」
「自分で言うのか」
少し場が緩んだ。
その時、大通りの方から荷馬車の音が聞こえた。
ガリオ商会の荷札を積んだ馬車が、大きな鍛冶場から出ていく。
ニールさんの顔が少し曇った。
「あっちは景気がいいな」
「大手ですからね」
「大手は大手と組む。小さいところは、余った仕事を拾うだけだ」
その言葉が、少し重かった。
ベルカ商会も、少し前までそうだった。
大きな仕事は来ない。
小さい仕事を拾う。
それでも、拾ったものをつなげると、少しずつ大きくなる。
「余った仕事でも、止めないためには必要です」
わたしは言った。
「南区の小樽も、西区の桶も、輪金がなければ直りません。大きな鍛冶場から買えない分を、こちらで作ってもらえれば助かります」
「助かる、か」
ニールさんは少し黙った。
それから、小さくうなずいた。
「明日、細い輪金五つ。用意しておく」
「お願いします」
話は決まった。
契約書というほど大きなものではない。
でも、帳簿には新しい線が増えた。
ニール鍛冶場。
細い輪金、五つ。
明日納品。
小さい。
でも、消えていない火だった。
鍛冶場を出ると、大通りでは相変わらず大手の荷馬車が動いていた。
太い道は、ガリオ商会が押さえている。
でも、横道にはまだ火があった。
「クロードさん」
「なんだ」
「こういう鍛冶場、他にもありますか」
「ある」
「見えてます?」
「少しな」
「全部回るんですか」
「今日は回らない」
「よかったです」
「明日以降だ」
「よくなかったです!」
帰り道、わたしは帳簿を見た。
細い輪金、五つ。
たった五つ。
でも、南区の小樽修理には効く。
西区の確認にも使える。
全部ではない。
でも、止まらない。
「クロードさん」
「なんだ」
「大きな商会が大きな荷を押さえるなら、うちは小さいところを拾うんですね」
「そうだ」
「それで勝てますか」
「勝つ必要はない」
「え?」
「止めなければいい」
わたしは少し黙った。
今のベルカ商会に必要なのは、ガリオ商会に勝つことではない。
南区と西区の仕事を止めないことだ。
「止めなければ、信用になりますか」
「なる」
「信用が増えたら?」
「仕事が増える」
「そこは、もう少し夢のある言い方をしてください!」
「事実だ」
ベルカ商会に戻ると、ロイが帳簿を見た。
「北の鍛冶場ですか」
「はい。小口ですが、輪金を頼めました」
「大手ではなく?」
「小さい鍛冶場です」
ロイは少し考えて、うなずいた。
「支払い条件を分けましょう。納品ごとに支払い。品質確認後に残額。前金は少額で」
「はい」
「鉄材が上がれば、次回単価も変わります」
「……また増えましたね」
「増えました」
そこへ、トマが入ってきた。
「商会主、外にガリオ商会の人が来ています」
わたしは固まった。
「ベルトンさんですか」
「いえ、別の人です。荷札を見せろって言ってます」
早い。
話が回るのが早すぎる。
クロードさんは、あまり驚いていなかった。
「来たな」
「来たな、じゃありません」
「見られた」
「何をですか」
「細い線だ」
わたしは帳簿を閉じた。
北の鍛冶場で、細い線を一本つないだ。
その日のうちに、ガリオ商会が気づいた。
やっぱり、これは小さな話では終わらないらしい。
「行きます」
わたしは立ち上がった。
「ベルカ商会の荷札は、勝手には見せません」
クロードさんが、ほんの少しだけこちらを見た。
「悪くない」
「今は全部ください」
「まだ早い」
「厳しい!」
ベルカ商会は、大手の陰にある小さな鍛冶場へ輪金を頼んだ。
細い線を一本つないだだけだった。
だが、その線を見ていた者がいた。
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