第23話 北の鍛冶場へ行きます
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翌朝。
ベルカ商会の机には、南区と西区の帳簿が並んでいた。
南区配送、西区施療院の修理確認、小樽、桶、輪金。
もう、豆と塩だけの話ではなかった。
「……どこから帳簿を閉じればいいんでしょう」
「閉じるな」
クロードさんは当然のように言った。
「閉じたい気持ちはあります」
「開けておけ」
「心の話です!」
ロイが、南区分と西区分の紙を分けている。
「商会主、南区の七日配送は継続中です。西区は調査扱い。輪金は在庫不足。桶職人の作業時間も不足気味です」
「全部、不足ですね」
「はい」
「不足しかありませんね」
「はい」
「少しは慰めてください」
「数字は慰めません」
「強くなりすぎです!」
トマたちは、今日の荷を積んでいた。
豆、塩、木椀、小樽、回収する空樽用の縄。
そこに、壊れた輪金と修理待ちの小樽まで混ざる。
配送の荷台なのに、半分は修理の荷台になっていた。
「クロードさん」
「なんだ」
「北へ行くんですか」
「行く」
やっぱり。
そんな気はしていた。
「北の鍛冶場ですよね」
「ああ」
「南区配送は?」
「ロイとトマで回せる」
「西区は?」
「今日は調査だけだ」
「うち、そんなに分けられるほど人いましたっけ」
「いない」
「では、なぜ行けるんですか!」
「行かないと遅れる」
嫌な言い方だった。
でも、もう少しわかる。
輪金が止まると、小樽も桶も止まる。
南区だけなら、古い輪金でしばらく持つ。
西区も少しなら見られる。
でも、輪金そのものが入ってこないなら、いずれ全部が止まる。
「北の鍛冶場で何をするんですか」
「見る」
「買うんじゃなくて?」
「まず見る」
「見てから買うんですね」
「買わないかもしれない」
「え」
クロードさんは、帳簿の端を指で押さえた。
「新品の輪金が高い理由を見る」
「荷が遅れているからでは?」
「それだけなら、値段は上がる。だが、ベルトンの動きが早すぎる」
「ガリオ商会ですか」
「ああ」
わたしは嫌な顔になったと思う。
ベルトンの薄い笑みを思い出す。
木椀、輪金、正規品、まとめ買い。
どれも、こちらを囲むような言い方だった。
「ガリオ商会が輪金を押さえている?」
「かもしれない」
「はっきりしないんですね」
「まだな」
「クロードさんがはっきりしないって言うと、怖いです」
「なら確認する」
確認。
最近、その言葉が怖い。
確認すると、だいたい仕事が増える。
「誰が行くんですか」
「俺と君」
「わたしも!?」
「商会主だ」
「急に商会主扱いしないでください!」
「いつもしている」
「半分くらいでしょう!」
「半分以上だ」
「増えているようで増えていません!」
ロイが顔を上げた。
「商会主、南区便はこちらで回します」
「大丈夫ですか」
「大丈夫にします」
「クロードさんみたいな言い方になっています」
「必要ですので」
頼もしい。
頼もしいけれど、少し怖い。
「トマ、エド、ニクス」
わたしは荷台の方を向いた。
「今日の南区便は、ロイの指示に従ってください。追加分は即答しないこと。壊れた小樽は数だけ確認。新しい依頼は夕方に回してください」
「はい!」
返事がそろった。
少しだけ、胸が軽くなる。
ベルカ商会は、わたしとクロードさんが少し離れても、完全には止まらない。
それは、たぶん良いことだ。
「では、北へ行きます」
「行くぞ」
「もう少し気合いの入る言い方をしてください」
「北へ行く」
「同じです!」
北の鍛冶場通りは、王都の端にあった。
南区や西区より、空気が熱い。
石畳の隙間に黒い粉がたまり、建物の壁にも煤がついている。
槌の音が、あちこちから聞こえた。
大きな鍛冶場の前には、荷馬車が止まっている。
鉄棒、釘、輪金、農具。
荷がどんどん運び出されていた。
「あそこですか」
「大手だな」
「見ればわかるんですか」
「人と荷が多い」
「それはわたしにもわかります」
「なら見える」
「そういう意味ではありません」
大きな鍛冶場の看板には、黒い鉄の輪が描かれていた。
店先には、ガリオ商会の紋が入った荷札が積まれている。
わたしは足を止めた。
「……ありました」
「あったな」
「ガリオ商会、ここに入っていますね」
「ああ」
ベルトンの言葉を思い出した。
正規の輪金。
確実です。
そう多くありません。
つまり、ここを押さえている。
「入りませんか」
「入らない」
「なぜですか」
「今入ると、ベルトンの客になる」
「嫌ですね」
「嫌だ」
「クロードさんでも嫌なんですね」
「損だからな」
「理由が仕事!」
わたしたちは、大きな鍛冶場の前を通り過ぎた。
道を一本外れると、音が少し小さくなる。
小さな鍛冶場が並んでいた。
扉が半分閉まっている店。
炉の火が弱い店。
鉄くずだけが積まれている店。
忙しそうな大手と違い、こちらは静かだった。
「……こっちは、暇そうですね」
「暇ではない」
「でも、人が少ないです」
「仕事が薄い」
「薄い?」
「少量の仕事しかない。まとまった注文が来ない」
その言い方で、少しわかった。
仕事がないわけではない。
でも、大口を受けるほどではない。
小さな注文を細く受けている。
だから、人も火も強くできない。
「こういうところでも輪金は作れるんですか」
「作れる」
「では、なぜみんな大手へ?」
「まとめて買えるからだ」
「小さいところは、数がそろわない」
「そうだ」
クロードさんは、一軒の小さな鍛冶場の前で止まった。
看板は古い。
扉の横に、細い輪金が数本かかっている。
店の奥では、若い男が鉄を叩いていた。
火は弱い。
でも、手つきは悪くなかった。
「ここだ」
「ここ?」
「見る」
「また見るんですね」
中へ入ると、若い鍛冶師が顔を上げた。
「いらっしゃい。農具の修理か?」
「輪金を見たい」
クロードさんが言った。
鍛冶師は少し驚いた顔をした。
「輪金? うちの?」
「そうだ」
「大きな数は出せないぞ」
「少なくていい」
少なくていい。
その言葉で、鍛冶師の表情が少し変わった。
大きな鍛冶場ではない。
太い道でもない。
でも、まだ火は消えていなかった。
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