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貧乏商会が王国経済を握ります!ー相場が見える俺が、国の市場を支配するー  作者: 堀吉 蔵人
第三章 サーキュラー・エコノミー

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第22話 西区から相談が来ました

いつもありがとうございます!

楽しんでいっていただけると幸いです。


 翌日。


 ベルカ商会の倉庫では、朝から桶と小樽の確認が続いていた。

 直せる小樽、輪金だけ外す桶、火付けに回す板、完全に捨てるもの。

 南区配送の倉庫だったはずなのに、今は半分ほど修理場になっている。


「……うちは、何の商会でしたっけ」

「ベルカ商会だ」


 クロードさんは小樽を見ながら答えた。


「それは知っています」

「ならいい」

「よくありません」


 ロイが帳簿を開いた。


「商会主、南区分の小樽修理は今日で目処が立ちます。共同炊事場、施療院、簡易宿の分は止まらずに回せます」

「よかったです」

「ただし、輪金の予備は少ないです」

「よくなかったです」

「それと、荷車修理費の支払いがあります」

「さらによくなかったです」

「でも、新品を買いそろえるよりは安く済んでいます」

「そこは、よかったです」


 少しずつ、数字の見え方が変わってきている。


 安い、高い、足りる、足りない。

 それだけではない。

 今は、止まるかどうかを見る。

 止まらなければ、次へつながる。


 そう思った時だった。


 店先から、急ぎ足の音がした。


「ミリアさん、少しよろしいですか」


 エルマンさんだった。


 いつもより息が上がっている。


「どうしました?」

「南区だけではありません。西区の施療院でも、小樽が足りないそうです」


 西区。


 わたしは固まった。


「西区、ですか」

「はい。南区で修理と回収をしていると聞いて、相談が来ました」


 ロイの帳簿が止まった。

 トマたちも手を止めた。

 クロードさんだけが、あまり驚いていない。


「クロードさん」

「なんだ」

「南区の話ですよね?」

「今まではな」

「今までは?」

「次は区をまたぐ」

「えぇぇぇぇ!?」


 エルマンさんは困ったように書類を差し出した。


「まだ正式な依頼ではありません。ただ、話だけでも聞いていただけないかと」


 話だけ。


 最近、その言葉で終わったことがない。


 わたしは帳簿を閉じた。


「聞きます」


 自分で言って、少し怖くなった。

 でも、言った。

 クロードさんが小さくうなずいた。


「半分以上だな」

「今は全部ください!」

「まだ早い」


「厳しい!」


 西区の施療院は、南区よりも大きかった。


 建物は古いが、出入りする人が多い。

 中庭には、洗い終えた布と薬草の束が干されていた。

 案内してくれたのは、細い顔の管理人だった。


「ベルカ商会さんですね。南区で小樽の修理と回収をしていると聞きました」

「はい。ただ、うちはまだ南区配送の途中です」

「承知しています。今日は相談だけです」


 相談だけ。


 まただ。


 わたしは警戒しながら帳簿を開いた。


「不足しているのは小樽ですか」

「小樽と桶です。薬草を漬けるもの、湯を運ぶもの、汚れ物を分けるもの。まとめて古くなっています」


 思ったより多い。


「新品を買う予定は?」

「あります。ただ、値が上がっています。輪金の荷が遅れているとかで」


 やっぱり。


 輪金が止まると、桶と樽が止まる。

 それは南区だけの話ではなかった。


 クロードさんが静かに言った。


「数は?」


 管理人は書類を見た。


「すぐ必要なのが小樽五つ、桶三つ。来週までに、さらに同じくらい」

「多いです」


 思わず声が出た。


 クロードさんは中庭を見た。

 それから、建物の奥にある物置の方を見た。


「壊れたものは?」

「あります。使えないので置いたままですが」

「見せてください」


 物置には、古い小樽と桶が積まれていた。

 南区で見たものより数が多い。

 底が抜けたもの、輪金が外れたもの、板が割れたもの、まだ使えそうに見えるもの。


「……多いですね」

「多いな」

「嬉しくない多さです」

「使えるものがある」

「やっぱりそこを見るんですね」


 クロードさんは、壊れた小樽を一つ持ち上げた。


「これは直る」

「本当ですか」

「輪金を替えればいい。板は生きている」


 次に、別の桶を見る。


「これは駄目だ」

「なぜですか」

「底が腐っている」

「見るのが早いです」

「慣れた」

「慣れるものなんですか」

「慣れる」


 管理人が驚いた顔で見ている。


「そんなにすぐわかるのですか」

「だいたいは」


 だいたい。

 その言葉が、少し怖い。

 でも、だいたいで当たるのがクロードさんだった。


 わたしは帳簿に書き始めた。


「修理できるものと、部品にできるものを分けます。新品を全部そろえるより、費用は下げられると思います」

「助かります」

「ただし、うちは南区の正式配送中です。西区分をすぐに全部引き受けることはできません」


 言えた。


 前なら、お願いされた時点で受けていた。

 でも、今は違う。

 受けすぎれば止まる。

 止まれば、信用を失う。


「まず、今日できるのは確認です。修理できる数、必要な新品の数、運ぶ日数。それを出します」


 管理人はうなずいた。


「それで構いません」


 よかった。

 無理に今日の仕事にはならなかった。

 そう思った時、クロードさんが言った。


「ただ、二つは今日運ぶ」

「え」

「南区の桶職人に見せる。見積もりが早い」

「今、今日の仕事にしないって言ったところです!」

「全部ではない」

「そういう問題ですか!?」

「二つなら積める」


 荷台を見る。

 確かに、二つなら積める。

 でも、気持ちは積めない。


「……二つだけです」


 わたしは言った。


「小樽を二つだけ預かります。修理できるか確認します」


 管理人は、ほっとしたように頭を下げた。


「お願いします」


 帰り道。


 荷台には、西区の小樽が二つ乗っていた。

 南区便の帰り荷とは別のものだ。

 区をまたいだ。

 ただそれだけなのに、急に遠くへ来た気がした。


「クロードさん」

「なんだ」

「これ、始まりましたか」

「始まったな」

「何がですか」

「区をまたぐ仕事だ」

「まだ二つだけです」

「最初はいつも少ない」

「嫌な説得力!」


 ベルカ商会に戻ると、ロイが荷台を見て固まった。


「商会主」

「はい」

「西区の小樽ですか」

「はい。二つだけです」

「二つだけ、という言い方は危険です」

「そうですよね。わたしも言っていて嫌でした」


 ロイは静かに帳簿を開いた。


「南区とは別項目にします」

「お願いします」

「西区施療院、修理確認分、小樽二つ」


 書かれた。

 項目が増えた。

 その瞬間、仕事も増えた気がした。


 トマが小樽を下ろしながら言った。


「商会主、これで西区にも行くんですか?」

「まだ行きません」

「まだ、ですか」

「……まだ、です」


 自分で言って、嫌になった。

 クロードさんが、少しだけ笑った気がした。


「言い方がわかってきたな」

「覚えたくありませんでした」


 夕方、桶職人が西区の小樽を見に来た。


 一つは直せる。

 一つは部品取り。


 その判断は早かった。


「西区の施療院か。あそこも桶を使うからな」

「知っているんですか」

「そりゃ知ってる。桶や樽が壊れたら、だいたい職人のところに話が来る」


 職人は腕を組んだ。


「最近、あちこちで輪金が足りない。北からの荷が遅れてるだけならいいが」

「だけなら?」

「長引くと、桶と樽の修理が詰まる」


 また同じ話だ。


 でも、今度は南区ではない。

 西区まで広がっている。


 クロードさんは黙っていた。

 わたしは、その沈黙が少し気になった。


「クロードさん」

「なんだ」

「見えていますか」

「少しだけ」

「何がですか」

「輪金の不足は、広がる」


 胸の奥が重くなった。


「どこまで?」

「まだ、はっきりしない」


 また、はっきりしない。

 クロードさんにしては曖昧な言い方だ。

 だから余計に怖い。


「でも、止めない方法はありますか」

「ある」

「なら、聞きます」


 言ってから、自分で少し驚いた。


 以前なら、まず驚いていた。

 今は、聞く方が先に出た。


 クロードさんも、少しだけこちらを見た。


「古い輪金を集めるだけでは足りない」

「はい」

「直せる職人も足りなくなる」

「職人も?」

「樽と桶が増えれば、直す手が足りない」


 そうか。


 物だけではない。

 直す人も必要になる。


「では、次に足りなくなるのは」

「職人の時間だ」


 職人が苦笑した。


「その通りだな。もう仕事は増えてる」


 わたしは帳簿を見た。


 小樽、桶、輪金、荷車、職人の時間。


 また、必要なものが増えている。


「クロードさん」

「なんだ」

「商売って、物だけじゃないんですね」

「そうだ」

「人の時間も、足りなくなる」

「そうだ」

「……大きいです」

「大きいな」

「否定してください」

「無理だ」


 夜になって、ベルカ商会の帳簿には新しい欄ができた。


 西区施療院。


 まだ、修理確認だけ。

 小さな欄だ。

 でも、わたしには大きく見えた。


「商会主」


 ロイが言った。


「西区分は、今は調査扱いにしておきます」

「はい」

「正式に受けるなら、南区とは別契約が必要です」

「わかっています」

「前金も必要です」

「わかっています」

「人手も足りません」

「わかっています……」


 わかっている。

 わかっているのに、どんどん増える。


 クロードさんが言った。


「次は聞きに行くだけでいい」

「本当ですか」

「最初はな」

「その言い方、信用できません」

「正しい」

「認めないでください!」


 ベルカ商会は、南区の小樽を止めずに済ませた。


 その結果、西区の施療院からも相談が来た。

 まだ正式な仕事ではない。


 けれど、帳簿にはもう、西区の欄ができていた。


お読みいただきまことにありがとうございます!

面白かった!続きが読みたい!しょうがねーな!と思っていただけた方がおられましたら

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これは実は作者のモチベーションに直結しております。

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