第20話 輪金が止まると樽も止まります
いつもありがとうございます!
楽しんでいっていただけると幸いです。
翌朝。
ベルカ商会の倉庫には、壊れた小樽が並んでいた。
割れたもの、輪金が外れたもの、底が抜けかけたもの。
それから、昨日買った古い荷車。
まだ直っていない。
なのに、もう置き場を取っている。
「……商会というより、修理待ちの置き場ですね」
「違う」
クロードさんは、壊れた小樽を見ながら言った。
「では何ですか」
「止まる前の置き場だ」
「また急にそれっぽいことを言わないでください」
「事実だ」
ロイが帳簿を開いた。
「商会主、昨日から増えた項目です。壊れた小樽、古い輪金、荷車修理費、桶職人への支払い予定」
「南区配送の帳簿ですよね?」
「一応は」
「一応になりました」
トマたちは、小樽を一つずつ分けていた。
直せるもの、部品にするもの、完全に駄目なもの。
最近、この分け方ばかりしている気がする。
「クロードさん」
「なんだ」
「輪金って、そんなに大事なんですか」
「大事だ」
「小さい鉄の輪ですよね」
「桶と樽を締める」
「はい」
「締められないと、漏れる」
「はい」
「漏れると、保存できない。運べない。積めない」
「……急に困りますね」
「急に困る」
嫌な言い方だった。
でも、わかりやすかった。
豆は袋で運べる。
塩も袋で運べる。
でも、煮たもの、汁、湯、水、漬けたものは樽や桶がいる。
共同炊事場も、施療院も、簡易宿も使う。
南区の配送は、食べ物だけではなかった。
入れるものも必要だった。
「輪金、買いますか」
「新品は高い」
「でしょうね」
「古い輪金を集める」
「また古いものですか」
「使えるものは使える」
「最近、そればかりです」
「事実だ」
その時、店先に桶職人の若い弟子が来た。
昨日の職人のところで見た顔だ。
「ベルカ商会さん。親方から伝言です」
「はい」
「小樽、三つは直せます。二つは底板が駄目。あと、輪金が足りません」
もう来た。
昨日の今日で、もう足りない。
「どれくらい足りませんか」
「細い輪金が六つ。太いのが二つです」
「買えますか」
「今は高いです。北からの荷が遅れていて」
弟子は少し困った顔をした。
「親方が言うには、古い桶や壊れた樽から外せるなら、その方が早いと」
クロードさんがうなずいた。
「集める」
「やっぱり」
わたしは帳簿を開いた。
「どこから集めますか」
「宿屋、食堂、共同炊事場、施療院」
「全部、今の配送先ですね」
「ついでに聞ける」
「ついでが増えすぎです」
「増える」
「言い切らないでください!」
ロイがすぐに書き込んだ。
「本日の確認項目に追加します。壊れた樽、古い桶、外せる輪金の有無」
「帳簿がまた増えました」
「必要ですので」
「ロイ、本当に強くなりましたね」
「必要ですので」
同じ返しだった。
今日は、反論する気力がなかった。
南区便が出る前に、ガリオ商会のベルトンが来た。
昨日より早い。
つまり、こちらの動きを見ていたのだろう。
「おや。今度は輪金ですか」
薄い笑みだった。
「古いものを集めるのがお好きですね」
「必要なので」
わたしは答えた。
「輪金は、うちでも扱っていますよ」
「そうなんですか」
「ただ、今は値が上がっています。北の荷が遅れていましてね」
知っている。
でも、顔には出さない。
「必要なら、こちらで押さえましょうか」
「条件を伺っても?」
「新品の輪金をまとめて。今なら少し高いですが、確実です」
「少し高い、ですか」
「市場が動いていますから」
まただ。
高いものを、まとめて買わせようとしている。
木椀の時と同じ。
「クロードさん」
「なんだ」
「買いますか」
「買わない」
早い。
ベルトンの笑みが止まった。
「今度は輪金まで中古でそろえるおつもりですか?」
「使えるならな」
「見栄えが悪いですよ」
「輪金は見せるものじゃない」
「ですが、品質は大事です」
「だから選ぶ」
ベルトンは少し黙った。
クロードさんの言い方は、いつも短い。
でも、今日は妙に強い。
「ベルカ商会さんは、仕入れを軽く見ているようですね」
ベルトンが言った。
わたしは背筋を伸ばした。
「軽くは見ていません」
「では、なぜ正規の品を買わないのです?」
「全部を新品でそろえると、他の仕入れが止まるからです」
言えた。
少しだけ、昨日より早く。
「使えるものは直します。足りない分だけ新品を買います」
ベルトンの目が細くなる。
「足りない分だけ」
「はい」
「それで間に合うと?」
「間に合わせます」
怖い。
でも、言えた。
クロードさんが横で小さく言った。
「悪くない」
「何割ですか」
「半分以上」
「まだそこですか!」
ベルトンは薄く笑い直した。
「では、困ったらどうぞ。正規の輪金は、そう多くありませんので」
そう言って帰っていった。
嫌な置き土産だった。
「クロードさん」
「なんだ」
「買わなくて本当に大丈夫ですか」
「全部は大丈夫じゃない」
「不安になる言い方をしないでください」
「足りない分は買う」
「では、どこまで古い輪金でいけるか確認ですね」
「そうだ」
南区便が出発する時間になった。
今日は荷を運ぶだけではない。
壊れた樽、古い桶、外せる輪金。
それも聞いて回らなければならない。
「商会主」
ロイが帳簿を閉じた。
「今日の南区便は、配送と回収と確認です」
「はい」
「また仕事が増えています」
「はい」
「でも、全部必要です」
「……ロイまで言うようになりましたね」
「必要ですので」
わたしは息を吸った。
輪金が足りない。
それだけなら、小さな話に見える。
でも、小樽が直せない。桶が足りない。荷車の車輪も直しにくい。
そうなると、配送そのものが詰まる。
「クロードさん」
「なんだ」
「これ、ベルカ商会だけの問題ですか」
「違う」
「南区だけですか」
「それも違う」
わたしは少し黙った。
聞きたくない。
でも、聞かないといけない気がした。
「どこまで広がりますか」
「まだ、はっきりしない」
はっきりしない。
クロードさんにしては珍しい言い方だった。
「でも、広がるんですね」
「ああ」
「大きい話にしないでください」
「大きい話だ」
「否定してください!」
馬車が動き出した。
ベルカ商会は、南区へ向かう。
豆と塩と木椀を積んで。
壊れた小樽の修理予定を持って。
そして、古い輪金を探すために。
胸が少しざわついていた。
これは、木椀や荷車より大きいかもしれない。
輪金が止まると、桶と樽が止まる。
桶と樽が止まると、保存と配送が止まる。
ベルカ商会は、また新しい不足を拾ってしまった。
お読みいただきまことにありがとうございます!
面白かった!続きが読みたい!しょうがねーな!と思っていただけた方がおられましたら
ブックマーク・⭐️の評価など頂けるととても嬉しいです。
これは実は作者のモチベーションに直結しております。




