第18話 仕入れ先は選べます
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ガリオ商会のベルトンは、店の中を見ていた。
机の上の予定表。
木椀の山。
前金を分けた革袋。
見られたくないものばかりだった。
「南区で商売をするなら、仕入れ先とも仲良くした方がいい」
ベルトンは、薄く笑った。
「うちは木椀をまとめて扱っている。南区の食器は、昔からうちが流してきた」
「そうなんですね」
わたしは答えた。
丁寧に。
でも、気を抜かない。
隣では、ダリオが楽しそうにこちらを見ている。
「ベルカ商会さんは、最近ずいぶん忙しいそうで」
「ありがたいことに、仕事をいただいています」
「だからこそ、仕入れは安定させた方がいい。変な木椀屋から買うより、うちを通した方が安全ですよ」
安全。
その言葉が、少し嫌だった。
「条件を伺っても?」
「もちろん」
ベルトンは待っていたように言った。
「木椀は、今後うちからまとめて買っていただきたい。七日分なら、先に百個ほど押さえておくといい」
「百個」
思わず声が出た。
多い。
老人寮と共同炊事場で使うにしても、今すぐ百個は多すぎる。
「足りなくなる前に買う。商売では大事なことでしょう?」
こちらのやり方を聞いている。
先に押さえる。
必要になる前に動く。
それを逆に使われている気がした。
「値段は?」
クロードさんが聞いた。
「一個、銅貨五枚」
「高い」
クロードさんは即答した。
「今、椀は動いています。南区で需要が増えていますからね」
「高い」
「質はいい」
「混ざっている」
ベルトンの笑みが少し止まった。
「見ただけでわかるのかい?」
「見ればわかる」
またそれだ。
でも、今日はベルトンの顔が少し硬い。
ダリオが横から口を挟んだ。
「ベルカ商会には安定した仕入れ先が必要だろ。管理所の仕事を受けたなら、途中で品切れなんてできないよな」
嫌な言い方だった。
でも、間違ってはいない。
七日間の正式配送。
途中で木椀が足りなくなれば困る。
「クロードさん」
「なんだ」
「買うべきですか」
「今日は買わない」
「え」
わたしだけでなく、ベルトンも固まった。
「でも、木椀は足りなくなるんですよね?」
「新品の木椀はな」
新品の木椀。
その言い方が引っかかった。
「新品ではない木椀、ですか」
「回収する」
「……木椀を?」
「共同炊事場、簡易宿、食堂。使わなくなった椀がある」
「中古の椀を回すんですか!?」
「洗って、削って、割れを避ける。使えるものは使える」
ベルトンが笑った。
「中古の椀? 南区にそんなものを出す気ですか」
「出すとは言っていない」
「では?」
「予備にする」
クロードさんは淡々と言った。
「今必要なのは、全部新品にすることじゃない。昼の配膳を止めないことだ」
その場が少し静かになった。
ダリオが鼻で笑った。
「貧乏くさいな」
わたしはむっとした。
でも、クロードさんは気にしていない。
「貧乏商会だからな」
「認めるんですか!」
「金が足りないのは事実だ」
「そこは少し隠してください!」
ベルトンは、木椀の束を軽く叩いた。
「では、うちの椀は不要と?」
「今日はいらない」
「明日、困っても?」
「困らないようにする」
「強気ですね」
「必要なものを、必要なだけ買う」
ベルトンの笑みが消えた。
ダリオも少し黙った。
わたしは息を吸った。
「ベルトンさん。今日のところは購入を見送ります。必要になれば、改めて条件を伺います」
「後悔しますよ」
「その時は、また考えます」
自分で言って、少し怖かった。
でも、言えた。
ベルトンはゆっくり頭を下げた。
「では、また」
ダリオは帰り際に、わざと聞こえる声で言った。
「中古の椀で南区を回す商会か。噂になりそうだな」
嫌な言葉だった。
でも、今は追いかけない。
二人が去ると、わたしは大きく息を吐いた。
「クロードさん」
「なんだ」
「本当に買わなくて大丈夫なんですか」
「大丈夫にする」
「それ、大丈夫じゃない時の言い方です」
「使える椀を探す」
「どこで?」
「余っているところだ」
出た。
また、まだ見えていない場所の話だ。
「どこに余っているんですか」
「宿屋と食堂」
「なぜですか」
「客が減った古い宿は、椀を余らせている。食堂は欠けた椀をまとめている」
「それを買うんですか」
「買う。安くな」
「ついに欠けた椀まで買うんですね」
「使えるものだけだ」
「そこは大事です!」
ロイが帳簿を開いた。
「商会主、中古椀を仕入れる場合、洗浄、削り直し、選別の手間が必要です」
「つまり、安く買っても人手がかかる」
「はい」
クロードさんがうなずいた。
「だから今のうちに集める」
「また今日ですか」
「今日だ」
「明日では?」
「明日はベルトンが動く」
わたしは固まった。
「動く?」
「新品の木椀を押さえる。中古も押さえるかもしれない」
「だから先に?」
「そうだ」
嫌な話だ。
でも、筋は通っている。
「行きます」
わたしは帳簿を閉じた。
「宿屋と食堂を回ります」
「いい」
「今回は何割ですか」
「半分以上」
「もう少しください!」
まず向かったのは、南区の古い宿だった。
主人は、わたしたちを見ると首をかしげた。
「椀? 古いやつならあるが」
「見せていただけますか」
倉庫の隅に、木椀が積まれていた。
埃をかぶっている。
欠けたものもある。
でも、全部が駄目なわけではない。
クロードさんは一つずつ見る。
長くは見ない。
「これは使える。これは駄目。これは削れば使える」
「早いですね」
「割れ目を見る」
「見えるんですね」
「見ればわかる」
「またですか」
宿の主人は驚いていた。
「そんなもの、買うのかい?」
「使えるものだけ買います」
わたしは答えた。
「ただし、洗って削り直す手間があるので、まとめ値でお願いします」
「捨てようと思っていたくらいだ。持っていってくれるなら助かる」
かなり安く買えた。
次に回った小食堂でも、欠けた椀や古い椀が箱に入っていた。
「捨てるには惜しいが、客には出しにくくてな」
「こちらで選別します」
「本当に買うのか?」
「はい」
ここでも、使えるものを集めた。
新品ではない。
でも、予備にはなる。
最後に、共同炊事場へ寄った。
昨日の女性が、古椀の束を見て目を丸くした。
「これ、どうするんだい?」
「洗って、削って、予備にします」
「ありがたいね。椀は割れるから、予備があると助かる」
その言葉で、少し安心した。
中古だから嫌がられるかと思った。
でも、現場が欲しいのは、見栄えより止まらないことだった。
「新品も必要です。でも、全部新品でそろえる必要はありません。予備は別で用意します」
女性はうなずいた。
「それで十分だよ」
十分。
その言葉は、思ったより強かった。
ベルカ商会に戻るころには、荷車に古い木椀が積まれていた。
トマたちが見て、少し驚く。
「商会主、今度は古椀ですか?」
「はい。使えるものだけ選びます」
「何でも商売になりますね」
「まだ商売になるとは限りません」
クロードさんが言った。
「なる」
「言い切りましたね」
「必要だからな」
ロイが帳簿を見た。
「新品を百個買うより、かなり安いです」
「手間は?」
「増えます」
「やっぱり」
「ただし、予備費は守れます」
それならいい。
たぶん。
夕方、ベルトンがまた来た。
今度はダリオを連れていない。
店先に積まれた古椀を見て、少し顔をしかめる。
「本当に中古を集めたのですか」
「はい。使えるものだけ選びます」
「南区管理所がそれを許すとでも?」
その時、ちょうどエルマンさんが商会に来た。
ベルトンはすぐに言った。
「管理所として、中古の椀を使う商会をどう思われますか」
エルマンさんは古椀を見た。
次に、わたしを見る。
「これは、配布用ですか?」
「いいえ。予備です。新品が足りない時、配膳を止めないために使います。洗浄と選別はこちらで行い、割れや欠けの強いものは使いません」
言えた。
少し緊張したが、言えた。
エルマンさんはうなずいた。
「それなら、助かります。南区では予備が足りていません」
ベルトンの顔が少し固まった。
「……そうですか」
「はい。むしろ、使えるものを捨てずに回すのはありがたい」
エルマンさんは、はっきりと言った。
今度は、わたしが少し驚いた。
ベルトンは何も言えなくなった。
クロードさんが小さく言った。
「現場に聞けばわかる」
「また後出しですか」
「今わかっただろ」
「確かに!」
ベルトンは、薄い笑みを戻した。
「なるほど。ベルカ商会さんは、そういうやり方をするのですね」
「必要なものを、必要な形でそろえます」
わたしは答えた。
「全部を新品でそろえる余裕はありません。でも、配送は止めません」
ベルトンは少し黙った。
それから、ゆっくり頭を下げた。
「覚えておきます」
そう言って帰っていった。
嫌な感じは残った。
でも、今日は負けた気がしなかった。
「クロードさん」
「なんだ」
「仕入れ先は、選べるんですね」
「選べる」
「相手に選ばれるだけじゃない」
「そうだ」
「……少し、気分がいいです」
「なら、次だ」
「余韻!」
「古椀を洗う」
「えぇぇぇぇ!?」
ベルカ商会は、新品の木椀を買い占めなかった。
代わりに、余っていた古椀を集めた。
南区の配送は、また少し止まりにくくなった。
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