第15話 馬を止められても運びます
いつもありがとうございます!
楽しんでいっていただけると幸いです。
南区試験配送、三日目。
ベルカ商会の前には、荷物がいつもより早く並んでいた。
豆、塩、小樽、木椀。
回収用の縄と、空箱を積むための隙間。
昨日のうちに分けておいたものだ。
「……準備が早いですね」
「早くした」
クロードさんは当然のように答えた。
「なぜですか」
「今日は遅れる」
「朝から不吉なことを言わないでください!」
「遅れても間に合わせる」
「さらに不吉です!」
ロイは帳簿を開いている。
「商会主、本日の配送は、共同炊事場三か所、施療院、老人寮、簡易宿です。食堂組合分は一台目で先に出せます」
「二台目は?」
「馬と御者待ちです」
わたしは東門の方を見た。
借りている馬と御者が来る時間は過ぎている。
まだ来ない。
そこへ、ダリオが歩いてきた。
馬も御者も連れていない。
「おはよう、ベルカ商会」
嫌な笑い方だった。
「おはようございます。馬と御者は?」
「ああ、それなんだけどさ。馬の足を確認してる。南区は道が悪いからな。無理に出して馬を痛めたら困るだろ?」
やっぱり。
「契約では、今朝から使えるはずです」
「馬を壊していいとは書いてないだろ?」
「それはそうですが」
「御者もまだ支度中だ。まあ、半刻くらい待てば出せるんじゃないか?」
半刻。
南区管理所の確認が入る日に、それは致命的だった。
ダリオは、こちらの反応を楽しむように笑っている。
「馬がなきゃ、定期便は無理だろ?」
「もう出す」
クロードさんが言った。
ダリオの笑いが止まった。
「は?」
「一台目を出せ」
「食堂組合分では?」
わたしが聞くと、クロードさんは荷札を指した。
「食堂組合分は半分だけ一台目。残りは昼前でも間に合う。共同炊事場一番と二番を先に積め」
「南区分を一台目に?」
「昨日、分けておいた」
「いつの間に!?」
「昨日の夕方」
「言ってください!」
「今言った」
「遅いです!」
でも、迷っている時間はなかった。
わたしは帳簿を開き直した。
「トマ、共同炊事場一番と二番の豆と塩を一台目へ。エド、食堂組合分は急ぎの半分だけ積んでください。ニクス、木椀は小分けにして手押し荷車へ」
「はい!」
三人が一斉に動いた。
ロイがすぐに帳簿を書き換える。
「商会主、施療院分は?」
「手押し荷車で先に出します。小樽と塩だけなら運べます」
「老人寮は?」
「木椀だけ先に。豆は二台目が来たら追いかけます」
言ってから、自分で少し驚いた。
考える前に、指示が出た。
クロードさんが小さくうなずく。
「悪くない」
「今は褒められても反応できません!」
ダリオが眉を寄せた。
「待てよ。馬なしで南区を回る気か?」
「全部は回りません」
わたしは答えた。
「遅れたら困る分から先に出します」
「そんなつぎはぎで回るわけないだろ」
「回します」
言い切った。
怖かった。
でも、言ってしまった。
ダリオの笑みが少し消えた。
「出発します!」
一台目の馬車が動いた。
トマとエドが乗る。
わたしも乗ろうとしたが、クロードさんに止められた。
「君は手押しだ」
「商会主が手押し荷車ですか!?」
「施療院は君が行った方が早い」
「なぜですか」
「信用されている」
言い返せなかった。
わたしは小樽と塩を積んだ手押し荷車の横に立った。
ニクスが押し手につく。
「行けます、商会主」
「行きます」
ベルカ商会は、二方向に分かれて動き出した。
一台目は共同炊事場へ。
わたしとニクスは施療院へ。
クロードさんは倉庫に残った。
「あなたは来ないんですか!」
「二台目が来たら動かす」
「ずるい!」
「必要だ」
「わかってますけど!」
施療院までは、馬車より早くはない。
でも、手押し荷車なら細い道を抜けられる。
ニクスは思ったより足が速かった。
施療院に着くと、管理人が驚いた顔をした。
「馬車はどうした?」
「少し遅れています。先に必要な分を持ってきました」
「小樽と塩か。助かる。これがないと仕込みが止まるところだった」
間に合った。
「豆は追って届けます」
「わかった。先にこれだけでもありがたい」
施療院、遅れなし。
その頃、一台目は共同炊事場一番と二番を回っていた。
戻ってきたトマが、息を切らして報告した。
「一番、二番、時間内です! 食堂組合の半分も下ろしました!」
「残りは?」
「昼前で間に合います!」
そこへ、ようやく二台目の馬と御者が来た。
予定よりかなり遅い。
ダリオも一緒だった。
「悪い悪い。確認に時間がかかってね」
まったく悪いと思っていない顔だった。
ダリオは、商会の前に残った荷を見て眉をひそめた。
「……もう減ってるな」
「出しましたから」
わたしは答えた。
「共同炊事場一番と二番、施療院は時間内です」
「馬がないのに?」
「一台目と手押しで」
ダリオの顔から、少しだけ余裕が消えた。
クロードさんが二台目の荷台を指した。
「残りを積む。共同炊事場三番、老人寮、簡易宿。帰りに施療院の空樽を回収する」
「はい」
わたしはすぐに指示を出した。
「トマ、豆を奥に。エド、塩は取り出しやすく。ニクス、木椀は老人寮で十個、残りは聞かれるまで出さないでください」
「はい!」
御者が驚いたようにわたしを見た。
「ずいぶん慣れてるな」
「慣れないと間に合いません」
二台目が出発した。
今度はわたしも乗る。
クロードさんも乗った。
「さっき、来ませんでしたよね」
「必要なかった」
「必要でした!」
「君が間に合わせた」
その一言で、少し黙った。
「……そうですか」
「ああ」
「では、あとでちゃんと褒めてください」
「半分くらいな」
「全部ください!」
共同炊事場三番には、予定より少し早く着いた。
エルマンさんが待っていた。
「馬が遅れたと聞きましたが」
「先に必要な分を分けて出しました」
「では、一番と二番は?」
「時間内です。施療院も先に届けました」
エルマンさんは目を見開いた。
「そうですか」
その声は、少しだけ変わっていた。
三番の納品も終える。
老人寮では、木椀を十個出した。
簡易宿では、塩を少し増やした。
これも時間内。
最後に施療院へ戻り、空樽を回収した。
遅れて出たはずなのに、帰りの便まで成立している。
「クロードさん」
「なんだ」
「これ、最初から二台目が遅れる前提でした?」
「遅れる可能性は高かった」
「なぜですか」
「ダリオは嫌がっていた」
「性格の問題ですか」
「性格も、商売の条件だ」
「嫌な条件ですね」
ベルカ商会に戻ると、店の前にガレム副管理官がいた。
隣にはエルマンさんもいる。
ダリオもいた。
わたしは荷台から降りた。
足が少し震えていた。
「本日の配送、確認しました」
ガレムさんが言った。
「共同炊事場三か所、施療院、老人寮、簡易宿。すべて時間内です」
ダリオの顔が固まった。
「……全部?」
ガレムさんは、ダリオを見ずに続けた。
「馬の到着が遅れたと聞きましたが、それでも遅れなかった。よい対応でした」
よい対応。
その言葉で、胸の奥が熱くなった。
「ありがとうございます」
ダリオが小さく舌打ちした。
「運がよかっただけだろ」
クロードさんが言った。
「準備だ」
「……何?」
「遅れる前提で分けた。運ではない」
ダリオは言い返せなかった。
ガレムさんは書類を取り出した。
「三日間の試験配送は、十分な結果でした。南区管理所として、七日間の配送を正式に依頼したい」
七日間。
正式に。
わたしは一瞬、言葉が出なかった。
「受けます」
声は、思ったより落ち着いていた。
「ただし、条件を確認させてください。量、時刻、支払い、回収品、追加分の扱い。今日中にまとめます」
ガレムさんはうなずいた。
「それで構いません」
決まった。
決まってしまった。
ダリオの嫌味を受けても、馬を遅らされても、配送は止まらなかった。
むしろ、仕事は正式になった。
「クロードさん」
「なんだ」
「妨害されたのに、仕事が増えました」
「守ったからな」
「守ると増えるんですか」
「信用が増える」
「また大きい話です!」
クロードさんは、少しだけ笑った。
「今回は、君が回した」
わたしは口を閉じた。
そう言われると、反応に困る。
でも、悪い気はしなかった。
「……では、夕食は少し良くします」
「重要だな」
「そこは本当に重要なんですね」
「重要だ」
ロイが帳簿を開いた。
「商会主、七日間分の予定を組み直します」
「はい」
「人手が足りません」
「はい」
「馬車も足りません」
「はい」
「置き場も足りません」
「はい……」
わたしは目を閉じた。
勝った。
たしかに、今日は勝った。
でも、勝ったぶんだけ、また足りないものが増えている。
「えぇぇぇぇ!?」
ベルカ商会は、馬を止められても配送を止めなかった。
その結果、南区管理所から七日間の正式依頼を受けることになった。
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