第13話 三か所分を一日で運びます
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楽しんでいっていただけると幸いです。
翌朝。
ベルカ商会の倉庫には、いつもより多い荷物が並んでいた。
豆、塩、小樽、空箱。
それから、三か所分の共同炊事場用の荷札。
「……増えてますね」
「増えたな」
「昨日も同じことを言いました」
「今日も増えた」
「毎朝これですか」
「しばらくは」
「しばらく……」
わたしは帳簿を開いた。
南区共同炊事場、一番、二番、三番。
それに、施療院、孤児院、小食堂。
昨日まで小口配送だったものが、今日はもう別の形になっている。
南区管理所からの試験依頼。
共同炊事場三か所分。
金額は大きい。
でも、遅れた時の影響も大きい。
「商会主」
ロイが言った。
「二台目の馬車だけでは少し厳しいです」
「やっぱりですか」
「三か所分を先に積むと、施療院と孤児院の荷が遅れます」
「では、一台目も使いますか」
「食堂組合の分があります」
「ですよね」
わたしは額を押さえた。
馬車は二台ある。
でも、足りない。
昨日まで二台目を買うかどうかで震えていたのに、今日は二台でも足りない。
おかしい。
おかしいけれど、数字はそう言っている。
「分ける」
クロードさんが言った。
「何をですか」
「荷ではなく、時間を分ける」
「時間?」
「一番と二番を先に回る。三番は施療院の後でいい」
「三番が怒りませんか」
「三番の昼は遅い」
「なぜ知ってるんですか」
「昨日、鍋を出す時間を聞いた」
「聞いてましたね、そういえば」
わたしは帳簿を書き直した。
共同炊事場の一番と二番を先に回り、施療院を挟んで三番へ。その後、孤児院と小食堂。
「これで間に合いますか」
「たぶん」
「そこは言い切ってください」
「道が詰まらなければ間に合う」
「道が詰まったら?」
「詰まらせない」
「道まで管理するんですか!?」
その時、店の前にダリオが来た。
今日は馬を連れていない。
ただ見に来ただけらしい。
それが一番嫌だった。
「へえ。今日はずいぶん積むんだな」
「おはようございます」
「共同炊事場三か所分だって? 小口配送が大好きだな、ベルカ商会は」
嫌な笑い方だった。
でも、わたしは昨日より落ち着いていた。
「小口をまとめた仕事です」
「言い方を変えただけだろ」
クロードさんが荷札を確認しながら言った。
「言い方が変わると、扱いも変わる」
ダリオの眉が動いた。
「どういう意味だよ」
「一件なら小口。三件まとめれば街区配送だ」
「大げさだな」
「大げさかどうかは、今日終わればわかる」
ダリオは鼻で笑った。
「まあ、せいぜい遅れないようにな」
そう言って去っていく。
嫌味だけを置いていった。
「出します」
わたしは帳簿を閉じた。
「いい判断だ」
「まだ何もしてません」
「出すと決めた」
「そういう褒め方、ずるいです」
馬車が動き出した。
一台目は食堂組合へ。
二台目は南区へ。
今日は、わたしも二台目に乗る。
共同炊事場一番は、大通りの近くにあった。
昨日の女性が、すでに待っている。
「来たね!」
「はい。豆と塩です」
「今日は人が多いよ。助かる」
トマたちが荷を下ろす。
子供たちが鍋の前に並んでいた。
遅れなくてよかった。
二番は路地の奥だった。
馬車がぎりぎり入れる幅しかない。
「この道、通れますか」
「通れる」
クロードさんは即答した。
「昨日もぎりぎりって言いましたよね」
「今日はもっとぎりぎりだ」
「悪化してます!」
御者は慎重に馬車を進めた。
壁すれすれ。
荷台が少し傾く。
「止めろ」
クロードさんが言った。
トマとエドが先に荷を下ろし、手で運ぶ。
「全部馬車で入らないんですか」
「入らないなら、人を使う」
「人を増やした意味がここで出ましたね」
「そうだ」
二番も時間内に終わった。
次は施療院。
管理人は、昨日より多い空樽を指差した。
「悪いが、これも持っていけるか」
「六つですか」
「増えた」
「増えましたね」
わたしは少し笑った。
もう驚くだけではなくなっている。
増えるなら、書く。
運ぶなら、積む。
次の順番を考える。
「回収します。ただし、今日の三番の後で倉庫に下ろします」
「助かる」
クロードさんがこちらを見た。
「今のはよかった」
「本当ですか」
「順番を言った」
「……少しずつ慣れてきました」
「いいことだ」
「怖いですけどね」
施療院を出たあと、三番の共同炊事場へ向かった。
三番は南区のさらに奥にあった。
建物は古いが、人は多い。
エルマンさんが先に来ていた。
「ベルカ商会さん、こちらです」
「お待たせしました」
「時間内です」
その言葉に、少しだけほっとした。
三番では、豆だけでなく塩も足りていなかった。
持ってきた分を渡すと、担当の女性が何度も頭を下げる。
「買いに行く人がいなくて、困っていたんです」
「明日分も必要ですか」
「できれば」
わたしは帳簿を見る。
また増える。
でも、もう逃げるとは思わなかった。
「今日の夕方までに、明日の便を組み直します」
「お願いします」
残りは孤児院と小食堂。
孤児院では、子供たちが馬車の名前をつけようとしていた。
「ベルカ二号!」
「そのままですね」
「わかりやすい!」
確かにわかりやすい。
小食堂では、昨日より客が増えていた。
「豆の煮込み、昼でなくなった。夕方分も増やせるか?」
「量を確認します」
「頼むよ。安く出せると客が来るんだ」
豆の煮込みが売れる。
食堂の客が増える。
豆の注文が増える。
これも、小さいけれど流れだ。
全部の納品を終えた時、荷台には空樽と空箱が積まれていた。
行きより軽い。
でも、帰りも空ではない。
「クロードさん」
「なんだ」
「行きは豆を運んで、帰りは空樽を運ぶ。これ、無駄が少ないですね」
「そうだ」
「最初から考えてました?」
「もちろん」
「たまには先に言ってください」
「今わかっただろ」
「またそれ!」
ベルカ商会に戻ると、ロイがすぐに帳簿を受け取った。
「どうでしたか」
「全部、時間内です」
「追加は?」
「あります」
「やはり」
ロイはもう驚かない。
少し寂しい。
エルマンさんは、午後になって商会へ来た。
手には、南区管理所の書類を持っている。
「本日の配送、確認しました」
「ありがとうございます」
「三か所とも、時間内でした。回収もされています」
「はい」
「では、三日間、正式に試験を続けたいと思います」
三日間。
今度は、こちらが試される側だ。
「承知しました」
わたしは頭を下げた。
「それと」
エルマンさんは、少し言いにくそうに続けた。
「共同炊事場以外にも、南区には食材を取りに行けない施設があります。老人寮と、夜間の簡易宿です」
わたしは固まった。
さらに増える。
でも、エルマンさんの話はそこで終わらなかった。
「まだ相談の段階ですが、三日間の結果がよければ、南区管理所として配送をまとめて依頼する可能性があります」
南区管理所として。
その言葉は重かった。
昨日は小口配送だった。
今日は共同炊事場三か所分。
次は、南区管理所のまとめ依頼。
段が、また上がろうとしている。
「クロードさん」
「なんだ」
「これ、受けたらどうなりますか」
「南区の食材配送を持つことになる」
「言い方が大きすぎます!」
「大きい話だ」
「そこは否定してください!」
エルマンさんが困ったように笑っている。
わたしは慌てて姿勢を正した。
「まずは、三日間の試験配送を確実に行います。そのうえで、条件を相談させてください」
「お願いします」
エルマンさんは帰っていった。
倉庫には、回収した空樽と空箱が並んでいる。
売上も増えた。
信用も増えた。
回収品も増えた。
次の相談も増えた。
「クロードさん」
「なんだ」
「成功していますよね」
「している」
「なのに、どんどん危なくなっていませんか」
「規模が上がっている」
「それを危なくなっていると言うんです!」
クロードさんは少し考えた。
「両方だな」
「えぇぇぇぇ!?」
ベルカ商会は、南区共同炊事場三か所分を時間内に運び終えた。
同時に、南区全体の配送相談を受けることになった。
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