第11話 南区定期便、出発します
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翌朝。
ベルカ商会の前には、馬車が二台並んでいた。
一台目は古い馬車。
二台目は昨日買ったばかりの馬車。
正確には、馬なしで買った馬車だ。
今日は借りた馬がついている。
「……本当に二台ありますね」
「あるな」
「昨日までは一台だったのに」
「増えたからな」
「そのままの意味で返さないでください」
わたしは帳簿を開いた。
食堂組合には豆と塩、孤児院には豆三袋と塩、施療院には豆二袋と小樽と塩、小食堂には夕方分の豆。
そして、帰りに空樽と空箱の回収。
書いてあることはわかる。
でも、全部を同時に見ると頭が痛い。
「商会主、どれをどちらに積みますか」
トマが聞いた。
「食堂組合の分は一台目。南区の分は二台目です」
「小樽は?」
「施療院なので二台目です」
「塩は?」
「食堂組合と南区で分けます」
「空樽の回収は?」
「帰りです」
「どっちの帰りですか?」
「……どっちの帰りでしょう」
わたしはクロードさんを見た。
「南区の帰りだ」
「なぜですか」
「食堂組合は朝の仕込みで樽を使う。南区は昨日の分がもう空いている」
「なるほど」
「先に施療院へ行け」
「孤児院ではなく?」
「施療院は朝の煮込みを早く出す。遅れると困る」
わたしは帳簿に順番を書いた。
施療院。
孤児院。
小食堂。
「……こうですね」
「そうだ」
「今の、少しわかりました」
「なら次から君がやれ」
「急に突き放さないでください!」
そこへ、東門運送屋の御者が来た。
借りている馬と御者だ。
その後ろに、ダリオもいた。
「へえ。朝から忙しそうだな」
嫌な笑い方だった。
「おはようございます」
わたしは頭を下げた。
「南区まで回るんだろ? 遅れたらすぐ噂になるぞ」
「遅れません」
「言い切るねえ」
ダリオは二台目の馬車を見た。
「まあ、せいぜい三日もてばいいな」
わたしは言い返しかけた。
でも、先にクロードさんが言った。
「三日あれば十分だ」
「何が?」
「判断できる」
ダリオの眉が少し動いた。
「……ふうん」
それだけ言って、ダリオは下がった。
嫌な感じは残った。
でも、今は相手をしている時間がない。
「出します」
わたしは言った。
「ベルカ商会、南区定期便、出発します!」
二台の馬車が動き出した。
一台目は食堂組合へ。
二台目は南区へ。
わたしは二台目に乗った。
クロードさんも当然のように乗っている。
「あなたも来るんですか」
「初日だからな」
「見張りですか?」
「確認だ」
「同じでは?」
「少し違う」
まず施療院に着いた。
管理人が入口で待っていた。
「本当にこの時間に来たか」
「はい。豆二袋、塩、小樽です」
トマとエドが荷を下ろす。
管理人は中を確認して、すぐにうなずいた。
「助かる。取りに行く人手がなかった」
「空樽の回収もします」
「裏に二つある」
空樽二つ。
帳簿に書く。
最初の納品、完了。
次は孤児院。
院長は、子供たちと一緒に待っていた。
「おはようございます。豆三袋と塩をお持ちしました」
「ありがとうございます。本当に助かります」
子供たちが馬車を見ている。
「ベルカ商会の馬車?」
一人が聞いた。
わたしは少しだけ迷ってから、うなずいた。
「はい。ベルカ商会の馬車です」
「かっこいい!」
馬なしで買った支払い中の馬車だけれど。
でも、今はちゃんと走っている。
少しだけ誇らしかった。
孤児院への納品も完了。
最後は小食堂だった。
店主は、店先で腕を組んでいた。
「夕方分だけと言ったが、朝に来るんだな」
「午後は混みますので、先にお届けします。使わない分は奥に置けますか?」
「置ける。助かるよ」
豆を一袋下ろす。
店主が代金を出した。
「明日も頼めるか?」
わたしは一瞬だけ止まった。
クロードさんを見そうになって、やめた。
これは、わたしが答えるところだ。
「はい。明日も同じ時間でよろしければ」
「頼む」
決まった。
小食堂、明日も継続。
わたしは帳簿に書いた。
昨日から手伝っている荷運びのニクスが、道の向こうを指差した。
「商会主、向かいの共同炊事場の人が、話を聞きたいそうです」
「共同炊事場?」
見ると、年配の女性がこちらを見ていた。
「豆と塩、少しだけでも運んでもらえるかい」
「量はどれくらいですか」
「豆二袋。塩は小袋でいい。毎日じゃなくていい。二日に一度で」
わたしは帳簿を見る。
二日に一度。
少量。
南区の同じ通り沿い。
無理ではない。
「二日に一度なら、回れます」
わたしが言うと、女性はほっとした。
「助かるよ。大きい商会は、こんな少しじゃ来てくれなくてね」
小さい仕事だ。
でも、必要としている人がいる。
それを集めれば、定期便になる。
「受けました」
馬車に戻ると、クロードさんが言った。
「悪くない」
「珍しく褒めましたね」
「今のはよかった」
「……ありがとうございます」
「ただ、明日の枠が埋まった」
「え」
「施療院、孤児院、小食堂、共同炊事場。帰りの回収もある」
「初日ですよ?」
「初日だな」
「初日で埋まるんですか?」
「必要だったからな」
わたしは帳簿を見た。
たしかに、枠が埋まっている。
馬車を買う前に売った枠が、走り出した初日にさらに埋まった。
「クロードさん」
「なんだ」
「成功したんですよね」
「今のところは」
「でも、仕事が増えています」
「成功したから増えた」
「その理屈、嫌いじゃないですけど嫌です!」
南区定期便の一日目は、遅れなしで終わった。
納品漏れなし。
回収した空樽、二つ。
追加相談、一件。
ベルカ商会に戻ると、ロイが帳簿を見てすぐに言った。
「商会主、明日の積み分けを今から組み直します」
「今からですか」
「明日の朝では間に合いません」
「ロイまで早くなっている……」
クロードさんは、当然のようにうなずいた。
「いいことだ」
「いいことなんですか?」
「速くなっている」
わたしは大きく息を吸った。
定期便は成功した。
信用も増えた。
仕事も増えた。
そして、明日の準備がもう始まった。
「えぇぇぇぇ!?」
ベルカ商会の二台目は、初日から予定より忙しくなった。
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