第10話 馬なしの馬車を買いました
いつもありがとうございます!
楽しんでいっていただけると幸いです。
東門の運送屋には、朝から馬車が並んでいた。
荷を積んだ馬車。
荷を降ろしたばかりの馬車。
車輪を外して修理中の馬車。
その中に、昨日クロードさんが見ていた中古馬車があった。
「本当に買うんですね」
「買う」
「せめて、もう少し迷いませんか」
「迷っている間に売れる」
「売れたら諦めるという選択肢もあります」
「諦めると遅くなる」
「毎回それですね!」
運送屋の店主は、馬車の横で待っていた。
「ベルカ商会が買うのか?」
「はい」
わたしは帳簿を開いた。
食堂組合、孤児院、施療院、小食堂。
三日分の予定収入。
それに、今ある銀貨。
「頭金は銀貨八枚。残りは三回払いでお願いしたいです」
「急に大きく出たな。払えるのか?」
「払います。ただし、最初の三日間は様子を見てください。遅れたら、すぐ相談します」
店主はわたしを見た。
次に、クロードさんを見た。
「そっちの男が考えたのか?」
まただ。
たしかに、考えたのはクロードさんだ。
けれど、契約するのはベルカ商会だ。
「ベルカ商会の判断です」
店主は少し笑った。
「なら、いい。先代には世話になった。頭金八枚、残り三回。馬車はそれで売ろう」
「ありがとうございます」
「ただし、馬は別だぞ」
「え」
わたしは固まった。
「馬車だけ買っても、馬がいなきゃ動かないだろう」
言われてみれば、その通りだ。
あまりにもその通りすぎて、頭から抜けていた。
わたしはクロードさんを見た。
「馬は?」
「借りる」
「買わないんですか?」
「まだ高い」
「そこは冷静!」
「馬車は今買う。馬は借りる。御者も借りる」
「全部買えばいいという話ではないんですね」
「買うものと借りるものを分ける」
また、順番だ。
クロードさんは無茶を言う。
でも、全部を一気に抱え込むわけではない。
それが余計に怖い。
「へえ。貧乏商会が二台目ねえ」
店の奥から、若い男が出てきた。
きれいな上着を着ている。
でも、笑い方が少し嫌だった。
店主が眉を寄せる。
「ダリオ。余計な口を挟むな」
「余計じゃないだろ、親父。馬も御者も、うちの商品だ」
若い男――ダリオは、わたしたちを見た。
「豆で少し当てたら、今度は馬車か。ずいぶん調子がいいな」
「仕事が増えていますので」
「仕事ねえ」
ダリオは馬車の車輪を軽く蹴った。
「馬車は売ってもいいけどさ。馬は安くないよ。御者もね。荷物を積むだけなら誰でもできるけど、毎日走らせるのは別だ」
言っていることは、間違っていない。
でも、笑い方が嫌だった。
「馬と御者は三日間で」
クロードさんは平然と言った。
「三日?」
「定期便の試験が三日だからな」
「ふうん。続けばいいねえ」
ダリオが笑った。
明らかに、続かないと思っている顔だった。
わたしは少しだけ唇を結んだ。
店主が低い声で言う。
「ダリオ。下がっていろ」
「はいはい」
ダリオは肩をすくめたが、まだこちらを見ている。
嫌な視線だった。
「費用は通常の一・三倍。御者には昼食をつけます」
クロードさんが言った。
店主は少し考えて、うなずいた。
「いいだろう。御者にはうちからも話しておく」
「親父、甘くないか?」
「うるさい。先代には世話になった。ベルカ商会が伸びるなら、こっちも仕事が増える」
ダリオは不満そうに口を閉じた。
わたしは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ただし、馬を潰すなよ」
「もちろんです」
「御者の指示には従うこと。無理な積み方はしないこと」
クロードさんが答えた。
「積み方はこちらで見る」
「そこは御者に任せてください!」
思わず言った。
店主が笑った。
「面白い商会になったな」
「本人は必死です」
「それがいい」
契約がまとまった。
馬車は買う。
馬は三日間借りる。
御者も三日間つける。
頭金を払うと、革袋が一気に軽くなった。
わたしの胃は軽くならなかった。
「商会主」
ロイが小声で言った。
「支払い予定を組み直します。かなりぎりぎりです」
「言わないでください」
「言わないと危険です」
「では小さめに言ってください」
「かなりぎりぎりです」
「同じです!」
トマたちは、新しい馬車を見ていた。
「これ、うちの馬車ですか?」
「まだ支払い中です」
「でも、うちの馬車ですよね」
わたしは少しだけ迷ってから、うなずいた。
「はい。ベルカ商会の馬車です」
三人の顔が明るくなった。
二台目の馬車。
馬なし。
支払い中。
御者も借り物。
それでも、ベルカ商会の馬車だ。
帰ろうとした時、ダリオが声をかけてきた。
「三日後が楽しみだな」
わたしは振り向いた。
ダリオは、まだ嫌な笑い方をしていた。
「南区の細かい配送なんて、手間のわりに儲からない。食堂組合だけやってればいいものを」
「それは、やってみて判断します」
「へえ」
「三日で結果を出します」
自分で言って、少し怖くなった。
クロードさんが、こちらを見た。
「いい判断だ」
「今の、よかったんですか?」
「ああ。三日で結果を出せばいい」
「簡単に言いますね」
「簡単ではない」
「では、軽く言わないでください!」
ダリオの笑みが、少しだけ消えた。
わたしは、それを見逃さなかった。
ベルカ商会に戻ると、二台の馬車が店先に並んだ。
一台目は古い。
二台目は馬なし。
どちらも、今のベルカ商会には必要だった。
「場所が足りませんね」
わたしが言うと、クロードさんはうなずいた。
「次は置き場だな」
「増やさないでください!」
「馬車が増えた」
「あなたが増やしたんです!」
ロイが帳簿を見たまま言った。
「商会主、明日から南区定期便の試験運行です」
「はい」
「食堂組合、孤児院、施療院、小食堂。積み分けが必要です」
「はい」
「御者と荷運びの食事も増えます」
「そこもですね……」
わたしは目を閉じた。
二台目を買ったのに、楽になる気配がない。
「クロードさん」
「なんだ」
「馬車が増えれば楽になるんじゃなかったんですか」
「楽にはならない」
「え」
「速くなる」
「えぇぇぇぇ!?」
ベルカ商会は、二台目の馬車を手に入れた。
同時に、三日間で結果を出さなければならなくなった。
お読みいただきまことにありがとうございます!
面白かった!続きが読みたい!しょうがねーな!と思っていただけた方がおられましたら
ブックマーク・⭐️の評価など頂けるととても嬉しいです。
これは実は作者のモチベーションに直結しております。




