第八話 新たな仲間
突然、課長室に呼び出された。
そしてーー
「よかったな、昇進だぞ!」
「......は?」
あまりに唐突な言葉に、思考が一瞬止まる。
昇進?この状況で?
しかも、“監視対象”である俺が?
疑問を抱く間もなく、隣の部屋へと移動させられた。
ーー課長室・隣室
扉を開けた瞬間、視界に入ったのは見覚えのある姿だった。
「あなたは……」
そこにいたのは、先日の襲撃で対峙した”糸”の少女だった。
そして、その傍らで退屈そうに羽織紐を弄る一条寸の姿。
「よかった、目が覚めたんですね」
自然と声が出る。
つるは一瞬だけこちらを盗み見て、弾かれたように視線を落とした。
「……はい。あの時は……ありがとうございました。その、お怪我は……」
彼女の白い頬がほのかに赤く染まる。
その仕草に、わずかな違和感を覚える。
……妙だな。戦闘時の、あの凍てつくような冷徹な印象とは似ても似つかない。
まあ、あの時は彼女も操られていたのだ。これが本来の彼女なのだろう。
「ところで征太郎」
課長の声が割り込む。
「昇進の話だが、お前には"監視者”になってもらう」
「……監視者、ですか」
「そうだ。もちろん、お前自身も"監視対象”のままだがな。毒を以て毒を制す、というやつだ」
“監視対象”が“監視者”に、皮肉のような制度だ。
「では、一条さんとのバディは解消で?」
「そういうこっちゃ。なんや、寂しくて泣きそうか?」
一条が肩を竦めて笑う。
「いえ。業務上の関係ですので、問題ありません」
淡々と答える。
本音を言う必要はない。
「強がらんでええのに……。まぁ、ええわ」
一条さんが顎で彼女を示す。
「こいつの監視役を、お前に任せる」
ーーやはり、そう来たか。
視線を彼女へ向ける。
「俺は構いませんが……あなたは?」
問いかけると、彼女は一瞬戸惑ったように指を組み替えーー。
「……私は、その……嬉しい、です」
小さく答え、
また顔を赤らめて俯いてしまった。
……やはり妙だ。人見知り、というより
ーーこちらを強く意識しているように見える。
「そうそう」
課長が思い出したように付け加える。
「彼女も、お前と同じ学校に通ってもらう。同じ二年生だ」
「......そうですか」
正直、年上だと思っていた。
外見があまりにも大人びている。
「明日から、寮の案内も学校の面倒も、全部お前の仕事や。よろしくな、新人さん」
一条さんの軽い手叩きと共に、俺の"昇進”は半ば強引に決定した。
ーー異能特務課本署・社員寮
寮は三階建ての集合住宅だった。
三階:桃城燐/竹月かぐや/久鬼點魁
二階:坂田金恵/浦島征太郎/空き部屋
一階:空き部屋/一条寸/綴目縫
「……ここが寮です」
「はい……」
つるは小さく頷く。
「君の部屋は、二階の突き当たりにある、空き部屋になる。俺の隣だ」
「……隣、ですか」
その言葉に、わずかに反応があった。
「何か問題でも?」
「い、いえ……ありません」
つるが慌てて首を振る。
「寮のルールは社用スマホに送ってある。確認しておいてくれ」
課長から支給された端末のことを思い出しながら告げる。
「……はい」
短いやり取り。
だが、不思議と沈黙は苦ではなかった。
「明日、七時五十分頃に迎えに行く」
「わかりました……お待ちしております」
深く頭を下げる、つる。
その姿を一瞥し、踵を返す。
……変わった奴だな。
それが率直な感想だった。
だが同時にーー
……悪くはない。
とも、思っていた。
ーー織代つる・自室
パタン、と扉を閉める。
最低限の家具だけが置かれた、まだ“生活”の匂いがしない部屋。
「……よかった」
熱を帯びた吐息が漏れる。
知らない場所。知らない人々。
それでもーーここに、いていいのだ。
そう思えたことが、何よりも大きかった。
ベッドに腰を下ろす。
そして、ふと今日の出来事を思い返す。
浦島さんと……バディ。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
あの時、自分は、彼を殺そうとしていた。
それなのにーー
彼は殺さなかった。
それどころか、呪いを解き。
そしてーー
……抱き止めてくれた。
あの瞬間が、脳裏に焼き付いて離れない。
顔が熱くなる。胸を押さえる。
「……惚れないわけがない」
ぽつりと、独り言が消える。
明日から、同じ学校。同じ日常。同じ時間を過ごせる。
耳を澄ますと、壁越しにわずかな生活音が聞こえた。
ーー隣の部屋。
その事実に、ほんの少しだけ安心する。
目を閉じる。
静かな夜の中で、胸の奥に残る温もりを抱きながらーー
織代つるは、ゆっくりと眠りに落ちていった。




