第九話 秘密の女子会
ーー早朝・特務課社員寮
自然と目が覚める。
現在時刻、午前五時三十七分。
浦島さんとの約束まで、あと二時間以上ある。
隣の部屋から物音はしない。
彼は、まだ眠っているのだろうか。
……彼に見られても、恥ずかしくないように。
私は鏡の前に立ち、髪を整え、制服の皺を伸ばし、何度も姿を確認する。
それだけで胸が少し高鳴る自分が、少しだけ可笑しかった。
ーー六時三十分
ーーピピピッ、ピピピッ、カチャ。
いつも通りに目を覚まし、いつも通りに身支度を整える。
だが今日は、一つだけ違う。迎えに行くべき「隣人」がいる。
俺はニュースに目を通しながら、手早く朝食を済ませた。
ーー七時四十八分
制服に袖を通し、部屋を出る。
隣の扉の前で、一度だけ息を整えた。
ーーピンポーン。
呼び鈴が鳴り終わるよりも早く、
ーーガチャッ!
勢いよく扉が開いた。
「おはようございます!」
「……おはよう。出てくるのが、少し早すぎないか?」
「はい!ずっと、ずっと待っていましたから!」
ずっと待っていた?
……扉の前でか?
明治の人間である俺には理解しがたいが、現代の女子学生とは、ここまで朝に余裕があるものなのだろうか。
「では、行きましょうか。二人で!」
「二人で……?」
「えっ?」
「……えっ?」
ーー七時五十八分・がぐや部屋前
「おせーよ、“タケ女”!とっとと支度しろ!」
「朝から騒ぐな、燐。近所迷惑だ……」
「いやー、いい天気だねえ」
……どうやら、完全に勘違いしていたらしい。
二人きりで登校するものだと、勝手に思い込んでいた。
だが、この寮には他にも仲間がいる。
当たり前のことなのにーー。
……恥ずかしい
胸の奥がじんわり冷える。
思わず異能が漏れそうになり、慌てて抑え込む。
その時、
ーーガチャリ。
「ごめーん、待たせちゃって。金恵、せーたろー」
「俺には無しかよ」
「なんでアンタに言わなきゃなんないのよ。あっ……」
竹月かぐやと目が合う。
私は一歩前に出て、頭を下げた。
「……あの時は、すみませんでした」
「いーのよ。操られてたんでしょ?終わったことよ」
あっけらかんとしたその言葉に、少しだけ救われる。
ーーこの人は、強い。
浦島さんの隣にいる理由が、少しわかった気がした。
ーー八時十四分・昇降口
「では、私は職員室へ」
「ああ、また後でな、つる」
ーーつる。
名前で呼ばれた。
それだけで、胸の奥が熱くなる。
……征太郎さん
心の中で名前をなぞるだけで、頬が熱を帯びた。
「君が織代さんかな?教室へ行こうか」
「はっ、はい!」
案内されたのは二年一組。
ーーだが。
教室に入ると、そこにいたのは竹月かぐや、ただー人。
窓際で、退屈そうに爪を眺めている。
……浦島さんは、三組。
……そうですか
ほんの少しだけ、胸が沈んだ。
ーー十六時・竹月かぐやの自室
本来なら、放課後はーー
浦島さんと時間を過ごす予定だった。
だが、
「はい、強制参加で一す!」
気づけば、女子会なるものに参加させられていた。集まったのは四人。
竹月さん、坂田さん、綴目さん、そして私。
「つるちゃん歓迎会、兼・恋バナ会で一す!」
「……それ、アンタがやりたいだけでしょ」
綴目さんが冷静に突っ込む。
あの取調室の冷たい印象とは違い、今はどこか面倒見のいい姉のようだった。
「本当は睡蓮ちゃんも呼びたかったんだけどねー。あの子、ずっと寝てるから……」
睡蓮……特務課のまだ見ぬ仲間だろうか。
「縫姐さんはどうなのよ? 最近、一条さんとバディになったんでしょ」
「あのカスの名前を私の前で出さないでちょうだい……。胃に穴が空くわ」
「ふーん、大変だねぇ」
竹月さんは綴目さんから収穫がないと見るや、瞬時に標的を私に向けた。
「で、つるちゃんはさーー」
竹月さんが、にやりと笑う。
「せーたろーのこと、好きなんでしょ?」
ーーブフォッ!
思わず紅茶を吹き出した。
「ど、どうして......!」
「だってバレバレだもん。朝からずっと見てたし、話しかけられるたびに顔真っ赤」
逃げ場が、ない。
「どこが好きなの?」
問い詰められる。
……だが、言葉は、自然と出てきた。
「……いつも、私を気遣ってくれるところ。それから……」
あの日の光景が蘇る。
「絶望の中にいた私の手を、迷わず掴んでくれた。その強さと、優しさが……」
言い切る。
「……好き、です」
「きゃー!」
「重っ!」
部屋が一気に騒がしくなる。
けれどーー
不思議と、嫌ではなかった。
笑い合える仲間がいる。帰る場所がある。
そしてーー
壁の向こうには、彼がいる。
この日常を。
今度は、自分の意志で守りたいとーー
そう、強く思った。




