第六話 報告書の兎影
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報告書:私立秀殊館高等学校における異能集団襲撃事案
報告者: 浦島 征太郎(監視対象兼実務補助)
日時: 2026年 4月 13日 12時45分〜13時30分
場所: 私立秀殊館高等学校(校舎内および体育館)
1. 事案概要
本時刻、学内に潜入していた本員および同行の特務課員(坂田、竹月、桃城)は、正体不明の異能集団による大規模な襲撃を受けた。犯行グループは学内放送および通信遮断を行い、全校生徒を体育館に誘導・孤立させた。
2. 敵対勢力の特定
襲撃犯は自らを「夜語」と呼称。以下の個体を確認。
・和装の男(名称不明): 事象を書き換える異能を持っていると推測。本件の首謀者と推測。
・和装の女(名称不明): 肉体を蛇に変化させる異能を使用(桃城による言質あり)。
・ツル(個体名): 冷気を纏う糸を使用。本員(浦島)との交戦後、異能の呪縛が解け、現在は当方で保護・収容済み。
・兎耳の男(名称不明): 傍観に徹していたが、極めて高い圧力を有する。
3. 戦闘経過および被害状況
・体育館: 坂田、桃城が応戦。敵の「書き換え」および「蛇」の防御により決定打を欠いたが、生徒への直接被害は皆無。
・廊下: 本員および竹月が「ツル」と交戦。竹月の「月蝕」による視界遮断と、本員の「海-玉手箱」による異能中和(風化)により制圧。
・結末: 和装の男が紫煙を用いた大規模な転移異能を発動し、敵主力は撤退。
4. 特記事項(懸念点)
撤退の際、和装の男より「乙音(竜宮乙音)」の名が言及された。これは本員の個人的な過去に深く関わる呼称であり、敵組織「夜語」が本員の経歴を詳細に把握している、あるいは竜宮乙音と直接的な繋がりがあることを示唆している。
5. 今後の対応案
・保護した「ツル」からの情報照会。
・学校周辺の結界および監視カメラの再配置。
・「夜語」に関するデータベースの新規構築。
所感: 今回の襲撃は殺傷を目的としたものではなく、和装の男の言葉を借りれば「宣伝」であったと感じられます。奴らの真の目的は、我々の戦力確認、あるいは私個人への揺さぶりにあると考えられます。 以上。
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「……ふむ」
紙をめくる音がやけに大きく響いた。
「相変わらず、堅いのぉ。教科書でも書いとるつもりか?」
「報告書に面白さは不要です。課長」
「正論じゃな。ガッハッハハハ」
相変わらずなのはこの人の性格だろうに……
ーーハッハッハッハ
後ろを振り返ればかぐやが露骨に帰りたそうな顔をしている。燐は欠伸を噛み殺し、金恵は腕を組んで静かに様子を見ていた。
ーーハッハッハッハ
というか、うるさいなこの人。
「ところで征太郎」
不意に課長の声がわずかに変わる。
「“乙音”と言う名前を聞いてお前が動揺したことを書かんくていいのか?」
「……私情は書くべきではないと判断いたしました」
視線は逸らさない。
事実だけを書いた。
それだけで十分だ。
ーーそう自分に言い聞かせた。
「取調べは一条に任せる。お前らは休んでおれ。此度はよくやった」
解散の雰囲気が流れ始めた、その時だった。
「課長、個人的に報告したいことがーー」
手を挙げたのは金恵だった。
珍しく、迷いを含んだ声だった。
「……そうか。では、他は解散!」
俺達は部屋を出る。
扉が閉まる直前、金恵の顔がわずかに見えた。
ーーあれは、“戦う時の顔”ではなかった。
ーー数分後
「さて、……言いたいことは分かる」
課長は椅子に深く腰を預けた。
「“兎耳の男”じゃな」
「……はい」
私は拳を握りしめる。
「確証はありません。でも……あれは……」
一拍。
息を整え、言い切る。
「間違いなく兎坂真白です」
「……そうか」
短い返答。
兎坂真白。
かつて異能特務課に所属していた男。
「脱走した兎がそんなところにいるとはのぉ……」
課長の声に、わずかな苦みが混じる。
「…………」
私は何も言えない。
彼は恩人だった。
私をここに、異能特務課に連れてきてくれた。
その背中を、追いかけたかった……
「課長、この件はーー」
「保留じゃな」
即答だった。
「今は情報が足りん。下手に動けば、逆に尻尾を掴めん」
「……はい」
納得は、できない。
だが、理解はできる
「金恵」
課長が呼び止める声。
「考えすぎるな。お前の仕事は“疑うこと”じゃが、“抱え込むこと”ではない」
「……はい」
静かに頭を下げる。
扉へ向かう。
ドアノブにかける手が、ほんの一瞬、止まる。
本当に、兎坂さんだったのだろうか。
あの無機質な瞳。
あの圧。
そしてーー何も語らなかったこと。
扉を開ける。
光が差し込む。
だが胸の奥には、黒い影が残り続けていた。




