第五話 宣伝公演
ーー誘導班・体育館
体育館では、空気を震わせるような激しい衝突が続いていた。
「ムダじゃ、ムダじゃぁ」
「くっ……!」
金恵の拳が空を切り、重力が床を叩き割る。だが、目の前の和装の男には掠りもしない。
攻撃が通らないのではない。正確には、当たった瞬間に男の姿が揺らぎ、ダメージが「なかったこと」に書き換えられているのだ。
それに、もう一人。背後に控える兎耳の男が、何をするでもなくこちらを観察しているのも気がかりだった。
「お前ら、何をしに来た。この学校に何の用だ」 「いやぁ、“宣伝”ですよ。今日はただの顔見せ……いわば序幕ですな」
気を逸らそうとしても、和装の男は柳に風と受け流す。
一方で、桃城燐は、死に物狂いの接戦を演じていた。
「ハァ、ハァ……っ!」
「あらぁ、もうお疲れかしら。体格に合わない大きな玩具を振り回すからよ」
対峙する白装束の女が、妖艶に目を細める。
燐の持つ金棒は、機動性を重視した超軽量合金製だ。本来なら息が上がるはずはない。だが、和装の女の受け流しがあまりに完璧すぎて、無駄な空振りを強いられ、体力を削り取られていた。
「……貯まってきたぜ、頃合いだ!」
ーーキュインッ、ドッ!
金棒の先端から、蓄積された運動エネルギーが高出力レーザーとなって放たれる。
「まだだっ!」
レーザーが回避されることなど織り込み済みだ。燐は瞬時に踏み込む。
ーープシュッッッ!
金棒の側面孔から高圧空気が噴出し、スラスターのように加速を補助する。回避行動の硬直を狙った、目にも留まらぬ振り下ろし。
ーーガチンッッ!
手応え。だがそれは、肉を断つ感触ではなかった。己代の袖から飛び出した、巨大な“白蛇”の顎が、金棒を真っ向から喰らい止めていたのだ。
「やっぱ、異能持ちか……! 何だ、その化け物は!」
「私の異能はねぇ、体の一部を“蛇”に変えられるのよぉ」
己代は何の躊躇もなく手の内を明かした。それは、手の内を知られたところで負けはしないという、圧倒的な慢心の表れだ。
「舐めんなよ……!」
「舐めてないわよぉ。ただ、あなたが私に勝てる未来が見えないだけ」
「燐、一旦下がって! 体勢を立て直すよ」
金恵が割って入り、二人の間に強引に距離を作る。
膠着状態。敵が「宣伝」と言い切り、本気を出していないうちに策を練るべきか。
そう考えた矢先だった。
ーーガチャンッ!
体育館の重厚な扉が、乱暴に跳ね飛ばされた。
「すまない、待たせた」
現れたのは、肩で息をする征太郎だった。彼は鋭い視線で場内を一瞥し、被害が最小限であることを確認する。
「あれー、ツルはやられちゃったの? 案外、筆が早いのねぇ」
さっきまで金恵の目の前にいたはずの和装の男が、いつの間にか征太郎の至近距離に立っていた。
「……あの“蛇”は、お前の異能だな」
「まさか、そこまで見破られるとは。興醒めですな」
和装の男の声のトーンが、一瞬で温度を失う。
「予定より早いが、幕引きだ。帰るぞ、お前たち」
和装の男が背を向け、悠然と歩き出す。
「行かせるか!」
燐が金棒を構えて飛び出そうとした瞬間、和装の男が足を止め、肩越しに征太郎を振り返った。
「そうだ、浦島くん。君が“乙音ちゃん”によろしく言っていたと、伝えておくよ」
突如として湧き上がった紫煙が体育館を包み込む。煙が晴れたとき、そこにはもう、夜語の影はひとかけらも残っていなかった。
ただ一人、征太郎だけが、男の残した言葉の毒に、動揺を隠せないまま立ち尽くしていた。




