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第三話 夜語、来訪

不穏な放送が校内に溶け込んだ直後、俺たちは職員室の隅で瞬時に思考を巡らせた。


「どういうことよ、今の。悪質ないたずら?」

「……いや。放送回線が完全に外部からジャックされている」


 遅れて飛び込んできた燐が、険しい表情で付け加えた。


「おい、今の放送聞いたかよ!?」

「聞いたに決まってるでしょ。少しは頭を使いなさいよ、この単細胞!」


 またもや衝突しそうな二人の間に、俺は割って入る。


「言い争っている暇はない。放送室の確認班と、生徒の誘導班に分かれよう。先生方も、避難の誘導をお願いします!」


 俺の言葉に、現場に緊張走る。俺たちは二手に分かれ、それぞれの目的地へと駆け出した。






――放送室班

「放送室まで、意外に距離があるわね」 「ああ、急ぐぞ」


 廊下を全力で駆け抜けながら、俺は隣を走るかぐやに声をかける。

 血気盛んな燐と、冷静なかぐやを同じ班にするための、俺なりの配慮だった。


「ついたぞ。……警戒しろ」 「わかってるわよ」


 俺は右手の掌に、高密度に圧縮した“水”を凝縮させる。

 かぐやの周囲には、光を喰らうような不自然な影が揺らめき始めていた。


「三でいくぞ。一、二、三っ!」


――ガチャリ。


 何の妨害もなく、扉はあまりにも呆気なく開いた。それが逆に、得体の知れない不気味さを増長させる。  

 無人の室内。主のいないマイクの前に置かれていたのは、一台のボイスレコーダーだった。タイマー設定されたそれは、役割を終えたように静まり返っている。


「しまった……! 誘導されたか!」


 俺たちは弾かれたように反転し、一時避難場所である体育館へと全速力で引き返した。






――体育館

「やっぱり、外とは繋がらないね……」

「マジかよ」


 体育館では、金恵と燐が顔をしかめていた。外部との通信は完全に遮断されている。  

 先生方の尽力により、全校生徒一千人の避難は完了していた。

 一箇所に集めるのは防衛上「悪手」になりかねないが、個別に狙われるよりは、俺たちが目を光らせられる分まだマシだった。  

 生徒たちの間では、怯えと憶測が混じり合ったざわめきが広がっている。


「今のところは、特に何も起きねーけどな」


 燐が金棒を肩に担ぎ、呑気に吐き捨てる。

それが「嵐の前の静けさ」でなければいいのだが――。


――ギィ、……ガチャン。


 不意に、重厚な扉が音を立てて開け放たれた。


「わざわざ生徒を一箇所に集めてくだすって、ご苦労さんなこって」


 現れたのは、和装に身を包んだ男だった。その後ろには、同じ装束の男女が三人、影のように付き従っている。


「……何者だ、てめぇら」

「どちら様でしょうか、お客さん」


燐が殴りかかる前に、私がすかさず言葉の楔を打ち込む。


「誰、と言われても困るんじゃがなぁ」


 男の喋り方は、まるで作り物めいた紙芝居の朗読のようだった。感情の起伏が不自然で、聞いているだけで肌が粟立つ。


「そうじゃのぉ。強いて名乗るなら――“夜語よがたり”じゃ」


 夜語。聞いたこともない名だ。特務課のデータベースにもない新興組織か、それとも――。


「そうですか。生憎ですが、間に合っています。お引き取り願えますか」

「何でぇ、今来たところじゃん。せっかく面白い『物語』を書き始めようってのに」


 男の薄笑いに、金恵の我慢が限界に達した。十五分。彼女が事態を見極めようと沈黙を保っていた限界点だ。


――ドォォンッ!


 体育館の床が悲鳴を上げるほどの踏み込み。金恵の巨躯が弾丸のように加速し、和装の男へと肉薄する。  

 拳に凄まじい“重力”を乗せた一撃。肉を砕く確かな感触が拳に伝わった――はずだった。


「……手応えがない!?」

「バレバレじゃったけぇ、先回りして『描き換え』させてもらったよ。

――ツル、浦島の相手をしてこい」


 殴り倒したはずの男が、霧のように消える。 次の瞬間、和装の集団の中から、感情の死んだ瞳をした女が弾かれたように扉の外へ駆け出した。


「行かせるかよぉ!」


――キィィィィンッ!


 燐が振り下ろした金棒が、女の引き抜いた白銀の刀身によって受け止められる。凄まじい火花が散った。


「坊やの相手は、私よ」


 女は蛇のように這いずる声で囁く。

 一人行かせてしまったが、外には征太郎とかぐやがいる。あっちの心配はいらないはずだ。  

 

 金恵は拳を握り直し、目前の敵を見据えた。

目の前には、現実を自在に描き換える男。  

 そして、その傍らに控える――本来この場にいるはずのない、炎がゆらめいているかのような光を放つ“兎耳”の男。


「さあ、語り合おうじゃないか。命を賭した、最高の物語をな」

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