第二話 学校、そしてーー
気持ちのいい朝の登校とやらは、どうやらこの時代でも簡単にはさせてもらえないらしい。
背後から、騒々しい少年と少女の言い争う声が、静かな通学路に響き渡る。
「お前の支度で、俺が何分待たされたかわかってんのか!?」
「うるさいわね。たかが十分くらい、いいじゃない。……そんなに時間を気にしすぎると、女の子にモテないわよ?」
吠える少年に対し、少女の声はどこまでも涼しげで、小馬鹿にしたような響きを含んでいる。
「うるせー! 別にモテてるし! それに論点をずらすんじゃねえよ!」
「細かい男ね、名家のボンボンは……」
少年――桃城燐と、少女――竹月かぐや。
二人は異能特務課の同僚であり、同じ屋根の下で暮らす下宿仲間でもある。
桃城家の嫡男として甘やかされて育った燐と、老夫婦に拾われ、これまた蝶よ花よと愛でられて育ったかぐや。
つまりこの二人は、揃いも揃って極めつけの「末っ子体質」なのだ。
「……毎朝これか。止めなくていいのか、あれ」
隣を歩く大柄な少女に問いかけると、彼女はのんびりとした声を返した。
「いいのいいの。子供はああやって喧嘩して大きくなるんだから!」
そう言ってガハハと笑うのは、同じく特務課のメンバー、坂田金恵。
田舎の大家族で揉まれてきた長女の彼女は、この程度の騒ぎでは動じない。
中学の陸上部にいた頃、その身体能力と異能を見込まれてスカウトされたという、特務課でも異色の経歴の持ち主だ。
なんだかんだと騒ぎながらも、一行は学び舎である秀殊館へと到着した。
「燐は中等部の校舎でしょう。ほら、早く行きなさいよ、チビ」
「あぁ!? 誰がチビだ、この月女!」
「落ち着け、二人とも……」
口を挟むが、焼け石に水だ。
金恵は金恵で「今日もいい天気だねぇ」と空を仰いでニコニコしている。誰か一人くらい、真面目に仲裁する奴はいないのか。
一悶着の末に各々の教室へ向かったが、俺と金恵は幸いにも同じクラスだった。
――キーン、コーン、カーン、コーン。
四時間目の終了を告げるベルが鳴ると同時に、数人の生徒が購買部を目指して脱兎のごとく駆け出していく。
俺は、金恵から教わった「三時間目の休み時間にパンを買っておく」という秘策のおかげで、混乱に巻き込まれずに済んでいる。
相変わらず、教室に馴染めているとは言い難い。
明治の頃、異能持ちというだけで「化け物」と蔑まれた記憶が、どうしても俺の足を一歩引かせてしまうのだ。
だが、このクラスの四分の一は異能力者だ。窓際の席で尻尾を揺らす者や、指先から火花を散らして遊ぶ者、獣の耳を隠しもせず談笑する者もいる。かつての俺が夢見たはずの光景が、ここには「日常」として存在していた。
昼休みの喧騒が落ち着き始めた頃、校内にノイズ混じりの放送が流れた。
『二年一組、竹月さん。二年三組、浦島さん、坂田さん。至急、職員室まで来てください』
思わず、隣の席の金恵と顔を見合わせる。
また何か、異能関連の厄介事だろうか。
正直、今日くらいは「普通の学生」として過ごさせて欲しかったが、特務課に身を置く以上、それは贅沢な望みなのだろう。
だが、この時の俺はまだ気づいていなかった。 これが単なる「呼び出し」などではなく、学校全体を飲み込む惨劇の序章であることを。
駆け込んだ職員室で、俺たちは困惑する教師たちの姿を目にした。
「呼び出し? いや、誰もそんな放送はしていないが……」
先生の言葉が終わらぬうちに、校内のスピーカーが耳障りなハウリングを起こした。
『ザー、ザザッ……こんにちは、秀殊館の異能力者の皆様。急なご挨拶で申し訳ないが、どうか手を貸してほしい。これから始まる「大いなる使命」を、共に果たそうではないか……』
放送室から響くその声は、どこか浮世離れした、残酷なほど無垢な響きを湛えていた。




