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掃除は最初に想定していたより遥かに早く終わってしまった。
祠の大きさ自体そこまで大きくない。僕の腰ほどの高さで奥行きは僕の腕より短い。
汚れもそう強固なものはなく、雑巾が使いものにならなくなったことを除けば、順調と言う他ないだろう。
僕は研磨剤で磨き上げられたかのように綺麗になった祠の中にある台座には、真ん中には浅い窪みがあって、そこにツキを置くと、すっぽりと綺麗にハマった。
「あぁ、ありがたやありがたや」
台座にツキを置いた瞬間、後ろから老婆の皺がれた声が聞こえて僕は思わず飛び上がった。
一体いつの間に現れたのか、麻で出来たようなボロボロの布に身を包んだ老婆が、獣道に膝をつき皺の深く刻まれた両手を合わせて祠を拝んでいた。
「あの……」
「お陰様で作物は穂を垂らすほどに。収穫の後、村の男衆に運ばせますのでどうぞよしなに」
膝を着いた老婆は、僕の声かけに応じることなく、その言葉を最後に煙となって霧散した。
「いや〜助かった。まさかあんな事になるとはね」
僕が今起こった現象を消化しきれない内に、男が僕の目の前に現れた。
頭にねじれ鉢巻を巻き、肌を焦茶色に焼いた青年。片手には金槌を持っており、恐らくは大工であろう。そんな男が老婆が消えた時とは逆に、煙の中から現れた。
「あの!」
「町の危機だっつうから行ったが、あんな巨大な顔の化け物が徘徊してるなんて聞いちゃいねぇ」
今度は強めに声を掛けたが、やはり僕のことは見えていないらしく、一人祠へ向けて話続けていた。
「全く、ここの祠の加護に感謝だな。その祠もそろそろ新しくしねぇとな」
そう言って最後。その男も老婆同様煙と共に消えた。
男が消えると共に、世界が再びしんと静寂に包まれ、なにも聞こえなくなっていることに気がついた。
森のざわめきや虫の声。遠くから聞こえていた筈の花火の音すら。
恐らく要因は僕がツキのことを祠に置いたからだろう。それでどうしてこのような幻覚や蜃気楼まがいのものが現れたのかは一切理解出来ないが。
こんな不可解な状況だが、これまでの旅で起きた奇々怪界にくらべれば比較的易しいもので、僕がこの状況に慣れてきたとき、今度は空が徐々に曇り始めた。
青々とした快晴が一瞬にして曇天へと変わった。黒々とした雲が空を何重にも塞いでしまって、バケツをひっくり返したような雨が森へと降り注ぐ。
「濡れて、ない……」
雨は確かに僕を当たっているが、まるですり抜けてしまうみたいに、僕の身体には水滴ひとつ付いていなかった。




