09. コールマン伯爵の提案
◇ ◇ ◇ ◇
「フローラ嬢、さっきは本当に娘のアメリアが失礼なことをいったね。どうか子供の妄語と思って許してくれたまえ」
「いいえ伯爵様。お気になさらず……アメリアちゃんはちょっとおませさんで、活発な可愛いお嬢様ですね」と笑った。
フロルとコールマン伯爵は軽い昼食の後、テラスの丸いテーブル席で、再びお茶を飲んでいた。
アメリアは専属メイドと一緒に、子供部屋でお昼寝をしていた。
「いや、アメリアはおませというか、生意気で困ってるんだよ。幼児の時は大人しい娘だったのに⋯⋯」
コールマン伯爵は頭をかきながら、申し訳なさそうにフロルに話した。
「なんだか最近、色々な絵本を読むようになったせいで、変な言葉を覚えてね。やたらとませて話すんだ。屋敷の侍従たちの噂話など、じっと聞きかじったりしてね。アハハ。あの娘にも困ったもんだよ」
「まあかわいいですね。オホホ……」
コールマン伯爵は恥ずかしそうに笑ったので、フロルもつられて微笑んだ。
「いや、しかし初対面のフローラ嬢にママになって!はねえ。アメリアはよほど君が気に入ったんだろうな。片親しかいないから淋しいせいかもしれん……」
「いいえ伯爵様、私、そんなに気にしていませんわ。逆に私にもあんな愛くるしい幼女が欲しいと思ったくらいですもの」
「え、そうかい。アメリアの事を怒っていないなら安心したよ」
コールマン伯爵はほっとしたのか、顔がくしゃっとなった。
──まあ、笑うと少年みたいな笑顔になる御方なのね。
フロルはお茶を飲みながら、コールマン伯爵の笑顔がとっても素敵だなとドキッとした。
しかも、こんな美丈夫な若い殿方が寡なのは少々不憫だとも感じた。
「それで相談なんだがフローラ嬢、もし行く宛がないのなら、腰の状態が完治するまで私の家にいてくれないだろうか?」
「え、そんな……伯爵様にご迷惑はかけられませんわ」
「いやいや、君が転倒したのは私の馬車のせいでもある。失礼だがその虚弱な体では、遠出をするのも大変だろう。まずは体を回復させてから、乳母の家に訊ねて行けばいいではないかな」
「あ、伯爵様……本当にそういって頂けると。とてもありがたいです。正直、サマンサ……乳母の家に着いたとしても、継母たちが私を探して乳母にも危害を与えるかもしれないと危惧してましたの」
「うん、私もそう思う。君の話を聞いてると、その継母は悪質な詐欺集団としか思えん。私の母方は隣国の出身だし、もし良かったら少し彼らの生い立ちを知りあいに調査するように依頼しておこう」
「え、本当ですか!」フロルは驚いた。
「ああ、隣国には親戚もいるし、年に一回は行き来もしている。君の父上も行方不明だが、国の西側は海岸沿いの街や村が多い。もしかしたら難破して誰かに助けられたかもしれない。私の侍従たちに現地へいって早速調査させてみよう」
「ええ! そこまでしてくださるのですか?」
「勿論さ。ジョージ子爵は我が王国の大事な外交官だ。宰相にも知らせて王室からも直接手配してもらえるよう王宮大使館にかけあってみよう」
「あ伯爵様……ありがとうございます……」
フロルはコールマン伯爵の優しさに涙がとめどなく溢れそうになるのを我慢した。
コールマン伯爵も、こんなに痩せ衰えた令嬢の身上に起こった不幸が哀れでならなかった。
◇ ◇
こうしてフロルは、コールマン家に腰痛と体調が改善するまで大切な客人となった。
コールマン伯爵は丁寧にフロルを客人として接した。
フロルの部屋を与え、一番良い客室を使わせてフロル専属のメイドも付けた。
また食事も、最初は病人食から体が回復するにつれて、栄養のある美味しい食事を出すように指示した。フロルもどんどん食欲が増していった。
そのおかげで腰痛が回復すると、綺麗なお湯が出るお風呂にメイドがフロルの体を洗ってくれた。
──ああ、なんて気持がいいのかしら。
フロルは体を洗ってもらいながら、実家に父親がいた頃の優雅な生活を思い出して時に涙した。
それでもフロルの意識は以前とはだいぶ変化していた。
なぜなら、フロルが実家でジャンヌにメイドとして徹底的に下働きをされた経験があったからだ。
伯爵家の客人になって何もかもメイドが自分にしてくれる行為は、決して当たり前ではない。
常に誰かの労力があって、はじめて己が贅沢な環境にいられるのだと自覚が芽生えていた。
以前のフロルだったら、全てが当たり前で何も気付かなかっただろう。
だがフロルは従者やメイドたちが、かいがいしく自分を世話話をしてくれるその姿がとてもありがたくて、彼女らに「ありがとう」と感謝の意を現した。
また食事の後片付けや部屋の掃除も、フロルは率先して行った。
ちょっとした衣服の汚れも、部屋の洗面所で洗ったりもした。
そんな客人のフロルの行動に驚き、同時に好ましく思えるメイドや従者たち。
彼等は品格があり可憐なフロルが、自分たちと同じように働く姿を見て、いつしかフロルに親近感を寄せていった。
◇
「なあ、フローラ様とアメリア様がいる時は旦那様の機嫌がとても良いね」
「あ、あなたもそう思ったのね」
「ああ。最近、旦那様は屋敷にいつもいるね。以前は領地の見回りによく遠出されてたのに」
「やっぱりあれだね……。きっとフローラ様が心配で、一緒にいたいのではないかな」
屋敷の従者たちはフロルが来てから、コールマン伯爵の変化を肌で感じていた。
そう従者たちが噂したのも理由があった。
コールマン伯爵の奥様は、アメリア様を産んでから直ぐに亡くなり、既に七年余り。
その後、身内の貴族たちからはコールマン伯爵は何度も再婚を進言されても、頑なに拒んでいた。
いつしか親戚も友人も諦めて亡き妻以外に目もくれない堅物男だと諦めていた。
而して今、アメリア様がフローラ嬢によく懐いでいる姿を見て、アメリア様の為にも新しい母親が必要だろうと──。屋敷の家令たち一同、客人のフロルに母親の役目を密かに期待していたのだ。
※ 2026/8/19 修正済み




