08. おしゃまなアメリア
◇ ◇ ◇ ◇
フロルはコールマン伯爵家のお抱え医師に診てもらうと、三本の腰椎骨折は治ってはいたが、未だ完治ではなかった。
だが骨折よりも医師が心配したのは、フロルが極度の栄養失調で、とても十七歳とは思えない程、骨密度も少ないと指摘した。
少なくともこの冬の間は無理をせず栄養をとって、安静に養生したほうが良いと診断した。
フロルも医師のアドバイスのおかげで、本人が骨折するまでは全てに無気力で、自分の体が悲鳴をあげていたにも気付かなかったのかと、改めて自覚をした。
驚いたのはコールマン伯爵だった。
フロルが子供ではなくて、十七歳と既に成人した淑女だと知ると、ショックを隠せなかった。
彼女の見た目は、少女と見間違えしてもおかしくはなかった。
小柄で、栄養失調でガリガリに痩せていたので、てっきり娘のアメリアより、三つくらい上の女の子だと勘違いしていたのだ。
ちなみにアメリアは七歳である。
◇ ◇
医師の診察が終わった後、コールマン伯爵とフロルは、居間にいた。
「フロル嬢、先ほどは失礼な態度をとって申し訳ない事をした。どうか私を許して欲しい」
コールマン伯爵は娘よりも十才も年上のレディに、失礼な態度をしたと頭を下げた。
「いいえ、コールマン伯爵様。どうか頭を上げてくださいませ。私こそわざわざ、お医者様に視て頂き大変恐縮です──実は私も以前よりは痩せたなと自覚はありましたが、まさか栄養失調とは思っていなかったです。なので伯爵様が私を子供と見間違うのは致し方ありませんわ」
「いやいや、そういって頂くと助かるよ。フロル嬢の受け答えが、娘のアメリアと違ってとても立派な淑女だと感心していたんだ。でも貴方は淑女だったからなのだな。いやあ~早とちりした自分が恥ずかしい。あははははあ〜!」
「まあ、おほほほほ!」
コールマン伯爵の優しい笑顔につられてフロルも久々に笑った。
──声を出して笑ったのなんて、いったい何か月ぶりかしら、
フロルは自分でも驚いた。
初対面なのにコールマン伯爵といると、父親と話していた時のように、フロルは心が朗らかになった。
胸元が厚く立派な体躯、同じ黒髪と黒眼でも、ジャンヌ親子たちとは違う精悍さ。
──良かった。継母たちのせいで黒髪の人が苦手になったけど、コールマン伯爵とアメリアちゃんを見たらら印象が大分変ったわ。
私のお父様より大分若く見えるけど、一人娘のアメリアちゃんが七歳なら、伯爵様は二十代後半から三十歳くらいかしら?
この王国の貴族の結婚は成人男子は十八歳からで、すぐに結婚する令息も多かった。
フロルは品性も感じるが、気取りのないコールマン伯爵にとても好感を持った。
「うん、フロル嬢、私の顔になにかついているかね?」
「あ、いえ申し訳ありません。コールマン伯爵はとてもお若く見えますが、失礼ですがお年を聞いてもよろしいですか?」
「ああ、今年で三十歳になる。もうオジサンだよ」
「そんな、オジサンだなんて、とってもお若く見えますわ。二十代前半といっても分からないと思います」
「ははは、ありがとう。君みたいに若いレディにそう言ってもらえると嬉しいね」
「あ、あの……」
「何だね?」
「私、父や乳母たちから屋敷では“フロル”って呼ばれてたんです。だからコールマン伯爵様もできれば、フロルって読んでくれませんか」
「フロル?」
「はい……」
「わかったわ!これからはフローラちゃんじゃなくて、フロルちゃんね! ねえ、あとフロルちゃん、そんなに、こしがいたいの?」
「「え?」」
フロルとコールマン伯爵が同時に声を出した。
矢次早に可愛い女の子の声が、どこからともなく聞こえた。
──この声はもしかして?
「アメリア!!」
居間のソファーで座っていた二人の前に、大きなサイドボードがあった。その下段の扉から出てきたアメリアを見てコールマン伯爵もフロルも驚いた。
「えへへ、見つかっちゃった!」
「お前、なんて所に隠れているんだ!」
「だってえ……パパがフロルちゃんをひとりじめしてるからいけないんだよ。ここに、かくれていれば、フロルちゃんに、あえるとおもたの」
アメリアは屈託のない笑顔でいうと、フロルの前にとことこと来て、彼女の首にびたっと抱きついた。
「おい、アメリア。フロル嬢はまだ腰が痛いんだよ。抱きつくのは止めなさい」
「あ、そうか……ごめんなさい。フロルちゃん、いたかった?」
「ううん、大丈夫よ。アメリアちゃんは軽いから」
「ならよかった──!」
と、アメリアはまたフロルの首に抱きつく。
「ああ……フロル嬢、申し訳ない。この娘の母親はアメリアが、赤ん坊の時に失くしてるから、淑女に甘えたいのかもしれん」
「まあ、そうなのですね」
フロルは、自分と同じ境遇のアメリアを不憫に思った。
「ねえフロルちゃん、こわいまじょのおうちにいないで、ずっとここにいて、わたしとあそぼうよ!」
「アメリアちゃん……」
フロルはアメリアの無邪気な発言にホロリとした。
「アメリア、いいかげん離れなさい!」
コールマンは言って、アメリアをフロルから引き離して抱きかかえた。
「ああん、パパのいじわる!」
アメリアは嫌々をしたが、コールマン伯爵はアメリアを離さなかった。
「アメリア、フロル嬢の事を“フロルちゃん”というのは止めなさい。彼女は十七歳で立派な大人なんだよ」
「え、そうなの?」驚くアメリア。
「ふふ、こんな痩せてるけど、アメリアちゃんよりずっと年上なのよ」
フロルは大きな黒眼を見開いたアメリアがとっても可愛くて、ハシバミ色の瞳を細めて、天使のように微笑んだ。
「「!?」」
アメリアとコールマンはそのフロルの笑顔にドキリとした。
フロルの銀色の長い髪が、窓辺から降り注ぐ陽光にきらきらと輝いていた。
バラ色の頬は痩せこけてしまったが、それでも笑うと妖精のように透き通った笑顔になるのだ。
「あ〜ならパパ、アメリア、いま、いいことおもついた!」
「あ……何だ、アメリア」
コールマンはフロルの笑顔に思わず見惚れて、アメリアの言葉を軽く聞き流す。
「フロルちゃんが大人なら、パパのおよめさんにすればいいよ!」
「は? 何だって?」
コールマンは娘の無邪気な言葉にびっくりした!
「…………」
フロルもアメリアの突然おませな言葉に、ドキッとして思わず顔を赤らめた。