03. 全ての物を奪われたフロル
2026/8/7 修正済
◇ ◇ ◇ ◇
ジョージが行方不明となってから、ジャンヌはベルチェ家の新たな女主人となった。
ベルチェ家の縁戚は殆どなく、誰一人ジャンヌの横暴を阻止する者はいなかった。
唯一、ジョージが隣国へ発つ前にヤコブを調査依頼した弁護士チームが、フロルの味方だったが、彼らもジャンヌによって突然辞めさせられた。
その後もジャンヌは悉く屋敷の家令たちを辞めさせていった。
その理由をフロルが尋ねると『ベルチェ家の財産を調べたら、少額しか残ってない。このままでは破産してしまうからよ』という。
実際ジャンヌは調べもせず、単に勝手にでっち上げていた。ベルチェ家は家令を雇用できる十分の財産はあったのに。
◇
まず辞めさせたのはフロルの乳母のサマンサと、長年従事していた執事だった。
結局、屋敷に残ったのは屋敷内にある広大な畑で作業する農民数名。庭園の見栄えを維持する庭師が二名。牛や豚など家畜の世話係と馬車の御者一名。
そして料理長のサム。
他にはたった二人のメイドだけだった。メイドたちも、ジャンヌとラーラが気に入った者だけを残して、フロルの専属メイド三名は強制解雇された。
これは一人娘のフロルを孤立させるのが、ジャンヌの狙いだった。
フロルは若いメイドたちの解雇も悲しんだが、何より赤ん坊の頃から従事している乳母のサマンサと別れるのを一番悲しんだ。
◇
「お願いサマンサ。どうか行かないで! 行くなら私も連れてってよ。一人ぼっちになるのは嫌!」
「──フロルお嬢様、私もそうしたいのはやまやまですが、まだ旦那様は亡くなったわけではございません。ここはどうか諦めずに強く生きてくださいまし!」
「──そんなの、とっても無理よ!」
フロルの目には大粒の涙が溢れ出た。
「いいえ、厳しいようですが申し上げます。お嬢様よろしいですか! このベルチェ家の令嬢はフロルお嬢様お一人しかおりません」
サマンサは強く厳しくフロルを諭した。
そしてフロルの手を取って、優しく撫でながら、
「お嬢様。今は春の大嵐が吹き荒れておりますが、いずれ嵐は過ぎ去るもの。──必ずや穏やかな日がまた巡って来ます。それ迄はどうか、どうかお気を強くお持ちください! 貴方様にとって再び幸が廻りくる季節になります。サマンサはその日が来る事を心より祈っております」
「嫌、嫌よサマンサ、お願いだから行かないで!」
フロルとサマンサはお互い号泣しながら抱擁し、最後の別れを惜しんだ。
◇ ◇
こうして屋敷の家令たちを次々と解雇したジャンヌは、夫の不在を良い事に傲慢な女主人と化していく。
まず手始めにフロルの豪華な部屋を、娘のラーラの部屋に変えた。
フロルは強制的に一階の北側奥にある、メイド部屋に移動させた。
「いいかいフロル。もうあんたの大好きな父親はこの世にはいないんだ。これからは私がお前の母親だからね。私の母国では、娘は母親に服従するのが当たり前、楯突いたらひっぱたくよ!」
と毒蛇のような邪悪な瞳をギラギラさせてジャンヌは言った。
その隣にいたラーラも上目遣いで笑いながら
「オホホ。そうよフロル。あんたは私より一つ下だから妹になるわね。目上の者には絶対服従だわ。あんたのモノは私のモノ。ねえお母様、フロルのドレスのサイズ、私に殆どぴったりだったわ。少しウエストと胸元が窮屈だけど……」
「まあラーラ。それはちょうど良かったじゃないの!」
とジャンヌは悍ましい高笑いをした。
そうこうしているうちにジャンヌと義姉のラーラは、フロルの部屋に勝手に上がり込んで、広々としたクローゼットから、お気に入りのドレスを何着も試着していく。
「まあ呆れたね。なんでジョージは、こんな小娘に何十着も洒落たドレスを作ったんだか。贅沢きわまりないじゃないの!」
先ほどから、二人を呆然と見つめていたフロルは、勇気を振り絞って、おそるおそる訊ねた。
「あの……ドレスやアクセサリーなどは、義姉さまに差し上げます。ただ母の形見のネックレスだけは返してください。私の大切な宝物なんです」
「え? どのネックレスだって」
といってジャンヌは宝石箱を開き、じろりと眼を細めた。
宝石箱にはひときわ蒼白い異彩を放つネックレスを見つけた。
「ああ、このアクアマリンの銀鎖のネックレスかい!」
ジャンヌは意地悪そうに宝石箱から、母の形見のネックレスをつまんで、片手でプラチナの鎖を無造作にブラブラさせた。
──なんて酷い!
フロルはジャンヌが、母の形見のネックレスを邪険に扱うのが許せなかった。
「何だね、その不満な顔は! ──まあ確かにとても綺麗なネックレスだわね。でも亡き母って」
とジロリとジャンヌは、怯えた顔のフロルに向かって吠えた。
「さっきいっただろう、あんたの母親は私なんだよ。それにこんな高価な物、まだ子供のあんたには必要ないわ、それまで私が貰っておきます」
「そんな……返してください……」
「うるさいね、母親に口答えすんじゃないよ!」
とジャンヌはバシッと思いっきりフロルに平手打ちをした。
「ひっ……」
フロルは叩かれたはずみで、床に倒れ込んだ。
「いいかい、これからは私があんたの義母なんだ! 私のいう事は絶対なんだよ!」
「うっ⋯⋯」
フロルは呻き、ぶたれた頬を震える片手で押さえた。
生まれて初めて人から叩かれたフロル。
それだけで、この毒蛇のように自分を睨みつける、黒い眼をした年増女が恐ろしくてならない。
今にもすぐさま屋敷から逃げだしたくなった。
だが、今のフロルにはどこにも行く当てはない。
この叩かれた時から、フロルはジャンヌとラーラにほとんど口答えをしなくなった。




