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ドアマットヒロインは腰痛で家を出る決心がつきました。おかげで素敵な御方にも巡り合えました。  作者: 星野 満


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03. 全ての物を奪われたフロル 

2026/7/10 修正済

 ◇ ◇ ◇ ◇



 ジョージが行方不明となってから、ジャンヌはベルチェ子爵家の新たな女主人となった。


 ベルチェ家の縁戚は殆どなく、誰一人ジャンヌの横暴を阻止する者はいなかった。


 唯一、ジョージが隣国へ発つ前にヤコブを調査依頼した弁護士チームがフロルの味方といえたが、彼らもジャンヌによって辞めさせられていた。


 ジャンヌはベルチェ家は少額の遺産しか残ってないと勝手に決めつけて、屋敷の家令たちを次々と辞めさせていった。


 さしあたって、フロルの乳母のサマンサや、ジョージの片腕とまで云われた、熟練の執事まで解雇するり始末だ。


 要は一人娘のフロルを孤立させるのが目的だった。


◇ ◇


 結局、屋敷に残したのは、自給自足の食糧を保持する為の農民数名と、庭園の見栄えを維持する庭師二名。牛や豚など家畜の世話係と馬車の御者一名ずつ。

 

 そして料理長のサム、他にはメイドがたった二人だけだった。


 その二人のメイドもジャンヌとラーラが気に入った者だけを残して、フロルの専属メイド三名はまっさきに強制解雇した。


 フロルは若いメイドたちが解雇されたのも悲しんだが、何よりも赤ん坊の頃から世話をしてくれた、乳母のサマンサと分かれるのが一番悲しんだ。



「お願いサマンサ、どうか行かないで! 行くなら私も連れてってよ。一人ぼっちになるのは嫌!」


「フロルお嬢様、私もそうしたいのはやまやまですが、まだ旦那様は亡くなったわけではございませんよ。ここはどうか諦めずに強く生きてくださいまし!」


「──そんなの無理だわ、サマンサ」

フロルの目には大粒の涙が溢れ出た。


「いいえ、お嬢様よろしいですか! このベルチェ子爵家の令嬢はフロルお嬢様お一人しかおりません」


サマンサは厳しくプロフを諭した。そしてフロルの手を取って、その手を優しく撫でながら。


「お嬢様。今は春の大嵐が吹き荒れておりますが、嵐はいずれは過ぎ去りゆくものです。必ず穏やかな日がまた巡って来ます。それ迄はどうかお気を強くお持ちください──貴方様にとって再び幸が廻りくる季節になりますよう、サマンサは心よりいつも祈っておりますからね」


「おおサマンサ、行かないで!」


 フロルとサマンサはお互い泣きながら抱擁し、最後の別れを惜しんだ。



 

 屋敷の家令たちを次々と解雇したジャンヌは、夫の不在を良い事に傲慢な女主人と化していく。


 まず手始めにフロルの豪華な部屋を娘のラーラの部屋に変えた。

 

 フロルは強制的に一階の北側奥のメイド部屋に移動させた。


「いいかいフロル、もうあんたの大好きな父親は、この世にはいないようなもの。これからは私がお前の母親だからね。私の母国では、娘は母親に服従するのが当たり前、楯突いたらひっぱたくよ!」


と、蛇のような邪悪な瞳をギラギラさせてジャンヌは言った。隣にいたラーラも上目遣いで笑いながら


「オホホ。そうよ、あんたは私より一つ下だから妹になるわ。目上の者には絶対服従よ、あんたのモノは私のモノ──ねえお母様、フロルのドレスのサイズ、私に殆どぴったりだったわ。──少しウエストと胸元が窮屈だけど……」


 そうこうしているうちに、ジャンヌと義姉のラーラは、フロルの部屋に勝手に上がり込んで、フロルの広々としたクローゼットから、お気に入りのドレスを何枚も試着していく。


「まあラーラ、それは良かったじゃないの。まぁまぁこんな小娘にジョージは何十着も洒落(しゃれ)たドレスを作ったんだか、贅沢きわまりないわ!」



 二人を見つめていたフロルは恐る恐る言った。


「あの……ドレスやアクセサリーなどは、義姉さまに差し上げます。ただ母の形見のネックレスだけは返してくださいな。大切な宝物なんです」


「? どのネックレスだって」


といってジャンヌは宝石箱を開いてじろりと眼を細めた。


宝石箱の中にひときわ青白く輝く、ネックレスを見つけると。


「ああ、このアクアマリンの銀のネックレスかい!」


 ジャンヌは意地悪そうに宝石箱から、母親の形見のネックレスをつまんで、片手でプラチナの鎖を無造作にブラブラさせた。



──酷い!


 フロルはジャンヌが、母の形見のネックレスを邪険に扱うのが許せなかった。


「何だい、その不満な顔⋯⋯ま、確かにとても綺麗なネックレスだわね。でも亡き母って……いったろう、あんたの母親は私だよ。それにこんな高価な物、まだ子供のあんたには必要ないわ、私が貰っておきます」



「そんな……返してください……」


「うるさいね、母親に口答えすんじゃないよ!」


 ジャンヌはバシッと思いっきり、フロルに平手打ちをした。


「ひっ……」


フロルは叩かれたはずみで床に倒れ込む。


「いいかい、これからは私があんたの義母なんだ! 私のいう事は絶対なんだよ!」


「っ⋯⋯」


 フロルはぶたれた頬を震える手で押さえた。



 生まれて初めて人から叩かれたフロル。


 それだけで、この蛇のように自分を睨みつける、黒い眼をした年増女が恐ろしくてすぐさま逃げだしたくなった。


 だが、今のフロルにはどこにも行く当てはない。


 この時から、フロルはジャンヌとラーラにほとんど口答えをしなくなった。






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