12. ジャンヌの誤算とコールマン伯爵の間者
◇ ◇ ◇ ◇
一方、フロルが忽然と消えてから、実家のベルチェ家は混沌としていた。
ジャンヌは当初『ただ飯食らうフロルが居なくなって厄介払いができた』と、ラーラと喜んでいたが徐々に高笑いできない状況に陥った。
フロルが消えた後、メイドたちが全員辞めてしまったからだ。
一体、なぜメイドが辞めてしまったのか?
まず第一に、ジャンヌのメイドへの態度が、明白にキツくなった事があげられる。
これまでジャンヌはフロルをしょっちゅう罵倒していたが、その罵倒する相手がいなくなって、代わりにメイドたちに罵詈雑言を吐きだし始めた。
ラーラも似たようなもので、気分が悪くなるとメイドたちに八つ当たりをした。
されたメイドたちは、たまったものではない。
若いメイドにしてみれば、貴族の屋敷は王都中いくらでもある。
父親が行方不明となり、憔悴しきっていたフロルとは違って、彼女たちはジャンヌたちの操り人形になる必要がない。
それに彼女等の中にも、これまでお世話になったジョージ子爵とフロルのために、我慢して就労していたメイドもいたのだ。
「二人がいない屋敷など奉公するのもバカバカしい」と、啖呵を切って辞めたメイドもいたくらいだ。
結局、フロルがいなくなってから一カ月も満たない内に、数人のメイドが屋敷を去って行った。
困ったのはジャンヌとラーラだ。
自分の身の周りはなんとかなっても、屋敷中が埃まみれになっていく。洗濯すらも自分でしなければならない。
ならば自分で掃除すればいいものを、二人は手を汚すのが何より嫌だった。
仕方なくジャンヌは新たにメイドを雇おうと、役場に依頼したが、誰も面接にすらこない。
メイドがこない理由は、給金が安いうえに
『ベルチェ子爵家の再婚した奥方は、侍従たちに暴言を吐いてこき使う』
と、王都の屋敷で働く従事者たちの噂が蔓延していたのだ。
悪い評判というのはまたたくまに拡がるもので誰も子爵家で奉公しようとは思わなかった。
「誰がそんなデマを流してるんだい、只じゃおかないよ!」
と、その噂を知ったジャンヌは怒り狂ったが仕方なく、今までの倍以上の高い給金でメイドを雇うしかなかった。
そんなこんなでジャンヌはフロルを探そうと決めた。
「フロルが出て行ってからロクな事がない。あの子を家に戻せば人形のように働いてくれるだろう」
「でもお母様、フロルは腰が悪いのではなくって?」とラーラが聞いた。
「ふん、もう家出してから二カ月は過ぎてるじゃないの。腰なんぞとっくに治ってるだろうよ」
「それもそうね。腰が悪いのに家出なんて……あの子の腰はとっくに治ってたに違いないわ!」
ラーラはフロルの腰は自分のせいなのに、反省など全くしてなかった。
最初ジャンヌは、庭の農夫や侍従たちにフロルを探させたが、一向に見つからない。
仕方がないので、王都の下町にいるゴロツキの男たちを雇ってフロルを探させた。
彼等なら、王都の街の裏の隅々まで知っているだろうし、フロルが見つかって逃げようとしても、腕づくで連れてくると見込んだのだ。
だが冬の間、いくら彼等が探してもフロルの消息は見つからなかった。
◇
それもそのはず、コールマン伯爵の侍従たちがベルチェ家の情報を網羅しており、屋敷に間者も送っていたのだ。
実はジャンヌが新たに雇ったメイドの中に、コールマン伯爵の間者もいた。
間者のメイドは逐一、屋敷の中の様子やジャンヌ親子たちの状況を知らせていた。従ってコールマン伯爵は、ジャンヌがフロルを探していると聞いて、絶対にフロルを外出させなかった。
彼女を家庭教師として雇った時も、アメリアの部屋で勉強させてコールマン家に来客がある時には、フロルに自室にいるようにと指示した。
なのでフロルがコールマン家に匿われているのは、屋敷の家令以外はけっして外に洩れなかった。
いくらジャンヌがゴロツキの男たちを雇っても、フロルが見つからないのは当然だった。