11. 転機 父の帰還
◇ ◇ ◇ ◇
「お、お父様!」
「その声は……フロルなのか!」
「あ……」
一瞬フロルはこれは夢か?と思った。
あれほど乞い慕っていた父が目の前にいる!
すぐさまコールマン伯爵がフロルに歩み寄った。
「どうしたフロル。お父さんが帰ってきたんだよ」
「あ……伯爵様、これは……夢なの?」
「夢じゃないよフロル。ジョージ子爵は生きていたのだ!」
「生きて……ああ……」
だが、フロルはこれは現実なのか?
──本当に父が生きていたのか?
と、未だに夢うつつ状態になっていた。
「おお、フロルの声がする、フロル、私の可愛いフロル!どこだ、どこにいる?」
ジョージ伯爵は杖をついていたが、椅子から立ち上がって、一歩二歩とフロルに近づこうとした。
「お父様」
フロルは父を見て言葉を失った。
ジョージ子爵の目線が定まらず、パタパタと必死に両の手を動かしているのだ。
「あ、目が……」
フロルはようやく父親が目を患っていると悟った。
──ああ、お父様だわ。間違いない。
けれど、お父様は──眼が?
フロルは余りの驚きで、心は父親のところに真っ先に駆け寄りたいのに、なぜか膝がガクガクしてすくんでしまう。
それに気付いたアメリアが、すかさずフロルのスカートの裾をぐいっと強く引っ張った。
「ねえ、フロルせんせい、はやくフロルパパのところにいってあげて! ひっしでフロルせんせいをさがしてるよ!」
「あ、アメリアちゃん……う、うん!」
ようやくフロルはアメリアに急かされて、ジョージ子爵のそばに行き、父親の首に飛びつくように抱きついた!
「お父様! お父様ああ!!」
「おお、フロル、おお私の可愛い娘!」
ジョージ子爵も抱き付いてきたフロルをしかと受け止めた。
「ああ、お父様のお胸の匂いがするわ! 夢じゃない、これは夢なんかじゃない!」
「フロル、私のフロル……」
「お父……」
「フロル……」
フロルも、ジョージ子爵も感極まって言葉にならなかった。
すでに二人の顔は涙でぐちゃくちゃだった。
◇
「ぐすん……良かったなぁアメリア」
コールマン伯爵も近づいてきたアメリアを抱っこして、抱擁している親子を見ながら涙声で言った。
「うん、ぐすん……よかったねぇパパ」
アメリアも伯爵の胸に抱かれて、鼻をすすりながもらい泣きをしていた。
この父娘はリアクションがとても良く似ている。
※ ※ ※
ジョージ子爵の帰還はまさに奇跡に近かった。
子爵を乗せた異国船は途上中、季節外れの大嵐にあい転覆してしまう。
その時、船の中にいた者は海に放り投げ出されて、助かった者は殆どいなかった。
凄まじい風が吹きすさぶ大嵐。
偶然にも海面に投げだされた救命ボートが、溺れそうになっていたジョージ子爵の数メートル先にポッカリと浮かんでいたのだ。
ジョージ子爵は命からがら、救命ボートまで泳いて必死に乗り込んだ。
残念ながらオールはなく、荒れ狂う大波の中で転覆しないようにと必死につかまりながら祈りを捧げていた。
翌朝、荒れ狂う嵐も一段落したが、今度はギラギラと照りつける日差しが、ジョージ子爵の顔を照らした。
途端に飢えと喉の渇きで、ジョージ子爵は仕方なく、辛い海水を飲んでなんとか喉の渇きをしのいだ。
だが、異国の海上の直射日光は凄まじく、その眩しさにジョージ子爵は突然目が痛くなった。
その途端、視界が真っ赤に視えた!
目を開けようとしても、光が眩しすぎて開けられない。尚且つ目の周りは火傷をしたように熱くて、ジリジリと痛かった。
ジョージはその痛さに耐えきれず上着を脱いで、日光から必死に顔を隠した。
※ ※
翌日になってもボートは流されていく。
見渡せばどこまで行っても水平線ばかりだった。
一隻の船すらも見えない。
そのままゆらりゆらり西へ西へと流されていった。
いつしかジョージ子爵は眠気が襲ってきて、そのまま眠りに落ちていった。
※
転覆してから何日経過したろう──。
海に流された先は、隣国の南西にある小さな漁村だった。
晴天の朝、漁村の親子が砂浜に打ち上げられて倒れていたジョージ子爵を発見した。
親子はまだジョージに息があると気付き、急いで家に連れて帰り必死に看病した。
こうして奇跡的に命を取り留めたジョージ子爵。
彼らのおかげで体は回復したものの、海に流された際に、海面で直射日光を浴びたせいか両眼を患ってしまう。
完全な失明ではなかったものの、眼を開けると色はうっすらと判別できても、風景や人物などはボヤけて殆ど見分けがつかなくなった。
更に転覆した際、頭を強打したのか軽い記憶喪失も併発していた。
ジョージは自分の名前どころか、故郷すら思い出せない。
ただ不思議と漁村の人たちの言葉は理解できて話せた。
仕方なく、そのまま九ヶ月近く親子の家でお世話になった。
その間ジョージは漁師の家の掃除や、子供たちの世話をして暮らしていた。
ある日の事だった──。
海辺で漁村の子供たちと、貝殻拾いをして遊んでいたら、子供たちがジョージの側に来て、
『おじさん、珍しいトパーズ色の貝殻をたくさん見つけたよ!』と拾った貝殻を嬉しそうに、ジョージに見せた。
『へぇ、珍しい貝殻かい? どれどれ……』
ジョージはその貝殻を手に取り、陽光にすかすと、殻皮がキラキラと反射して橙色に輝いた。
『!?』
その瞬間、ジョージは娘のフロルの瞳を思い出した。
──そうだ、私には一人娘がいた。
この輝くトパーズの貝殻と同じ瞳の娘!
フロルという名の娘だ!
愛する妻の忘れ形見。
ああ、我が愛しい娘フロル!
そうだ。私の名前はライトブルー王国の外交官、ジョージ・ベルチェだ。
「おじさん、どうしたの?」
「具合がわるいの?」
子供たちはジョージが涙を流しながら、橙色の貝殻を大切に握りしめている姿を見て心配し始める。
「大丈夫だ……ありがとう、ありがとう!」
とジョージは何度も子供たちにお礼を言う。
こうしてようやくジョージは記憶を取り戻した。
※ ※
記憶が蘇ったジョージ子爵は早速、漁村の村長に事情を説明し、隣国の王宮大使館に手紙を書いてもらつよう頼んだ。
折しも、隣国でジョージ子爵を探していたコールマン伯爵の侍従たちが滞在しており、隣国大使館から連絡を受けて、ジョージ子爵がいる漁村まで迎えに行った。
而してジョージ子爵は奇跡的に、母国へと帰国の途に就いたのだった。
◇ ◇
「おお、愛しのフロル、今の私には、お前の顔はぼやけて良く見えないが、橙色の瞳の輝きは見えるよ。そうだ、よおく見えるとも!」
ジョージ子爵はフロルの顔を優しく触りながら、号泣してフロルとの再会を喜んだ。
「お父様、よくぞ……よくぞご無事に戻られました」
こうして何度も喜びあって抱き合うフロルとジョージ子爵だった。
その夜──。
コールマン伯爵はフロルとジョージ子爵を親子水入らずでと、気を利かせてくれて寝室を一緒にしてくれた。
「フロル、コールマン伯爵には本当に世話になったようだね。お前の苦労も彼の侍従から、帰りの船で色々と聞いたよ」
「ええお父様。本当に伯爵様にはお世話になりました。あの親子がいなかったら私は義理母に見つかり家に戻されたか、さもなくば路頭に迷っていたかもしれません」
「そうか、すまない。本当に苦労をかけたな」
「はい。当初私も、お父様が行方不明と知り、とても辛かっです。その後サマンサも居なくなって……でも逆に、それまでどれほど屋敷で私が皆から大切にされていたのかが身に染みて分かりました。そして甘えてばかりいた、世間しらずだった自分がとても恥ずかしくなった……」
「そんな事はない。子供の頃からお前は気立てのよい優しい娘だった。──だがお前は私の留守中に、本当に色々と苦労して強くなったんだな。父はそれだけでも嬉しいよ」
「お父様……」
フロルはベッドの中で父親に抱きついた。
ジョージ子爵はフロルの髪の毛を優しく撫でながら
「それでなフロル。私は直ぐにジャンヌと全面対決する事に決めたよ」
「え、そのお身体で? 大丈夫ですか?」
「なあに心配するな。眼が見えずとも私にはコールマン伯爵と同じくらい、優秀な弁護士チームがいる」
ジョージ子爵はにやりと笑った。
「でも弁護士さんたちは、あの女に首にされて今、どこにいるかもわかりません」
とフロルは不安そうに聞いた。
「それが彼らと連絡がついたんだ」
「まあ……」
と驚くフロル。
「コールマン伯爵に弁護士の事を話したら、探して連絡をとってくれたんだ。──実は弁護士たちも私とフロルを案じていてくれて、水面下でずっとジャンヌとヤコブの身辺調査をしてくれていたそうだ」
「まあ、そうでしたの!!」
「ああ、お前には散々苦労をかけたが、ここに来る前に弁護士と会ってきた。彼らは奴らの証拠を掴んでいる。すぐにでもジャンヌの化けの皮をはがしてくれそうだよ。だから私は我が屋敷に直ぐに帰還しようと決めた!」
「ああ、お父様……良かった。ほんとに良かった! ええ、ええ私も一緒に参りますわ!」
「いや、お前は腰痛もあると聞いた。あまり無理をするな」
「いいえ、腰は治りましたわ。私もあの人たちの断末魔の姿をこの目で見たいのです!」
フロルは妖精のような顔に似合わず、珍しく恐い形相になった。
ジョージ子爵はフッと目を細めてしみじみといった。
「そうか……お前も久しく見ない内に、随分と逞しくなったものだな」
とフロルの頭を再び優しく撫でた。
こうして二人は、久しぶりに同じベッドで、安心して眠りについたのであった。
※2026/8/5 修正済




