11. 転機 父の帰還
◇ ◇ ◇ ◇
「お父様!」
「おお、フロルか!」
一瞬フロルはこれは夢だろうか?と思った。
あれほど乞い慕っていた父が目の前にいるのだ。
「どうしたフロル嬢、お父さんが帰ってきたんだよ」
「コールマン伯爵さま、これはどうして……夢なの?」
「夢じゃないよ、ジョージ子爵は生きていたんだ」
「生きて……」
「おお、フロルの声がする、フロル、私の可愛いフロル!どこにいるんだ?」
見るとジョージ子爵の目線が定まらず、片手を上げてパタパタと動かしていた。
「あ!」
フロルは父親が目を患っていると、すぐに気が付いた。
──お父様は生きていらした。
だけど、お父様の眼が……ああ……なぜ⋯⋯
フロルは余りの驚きで、父親のところに行きたいのに、足がガクガクと震えてしまう。
「ねえ、フロルせんせい、はやく、パパのところにいってあげなよ」
とアメリアが、フロルのスカートの裾をぐいっと引っ張った。
「あ、アメリアちゃん……そうね!」
ようやくフロルは走って、ジョージ子爵の首へと抱きつく!
「ああ、お父様! お父様! 生きてらしたのね!」
「おお、フロル、私の可愛い娘!」
ジョージ子爵もフロルをしかと抱きしめた。
「お父様……」
「フロル……」
二人共、涙で顔がぐちゃぐちゃになった。
「良かったなぁ……アメリア」
「よかったねぇ……パパ」
コールマン伯爵とアメリアはお互い右と左に首をかしげながら、フロルとジョージ子爵を見て共にもらい泣きをしてしまう。
この父と娘は、本当にリアクションが良く似ている。
※ ※ ※
ジョージ子爵の帰還は奇跡的だった。
彼を乗せた汽船は異国へ行く途中、季節外れの大嵐にあい転覆してしまった。
だが、偶然にも海面に投げだされた救命ボートが、ジョージ子爵の側に浮かんでいたのだ。
ジョージは一人そのボートに乗り込んだ。
残念ながらオールはなく、荒れ狂う大波の中で転覆しないように、ジョージは必死にボートの中でつかみながら祈りを捧げていた。
いつしかジョージ子爵は眠気が襲い眠ってしまう。
そして三日ほど流された先は隣国の西方にある小さな漁村だった。
その朝、漁村の者が海岸に打ち上げられて、気絶していたジョージ子爵を発見して看病した。
奇跡的に命が助かったジョージ子爵ではあったが、何日間か海に流されたせいで両眼を患ってしまう。
完全な失明ではなかったものの、眼を開けると光の色はうっすら分かっても、人物やモノなどぼやけて殆ど見分けがつかなかった。
更に頭を打ったのか、半年くらい軽い記憶喪失になってしまう。
その間は、自分の名前すら思い出せなかった。
仕方なくジョージ子爵は、九ヶ月以上その漁村でお世話になっていく。
彼らの漁師の家の掃除や、子供たちの面倒など軽い手伝いをして過ごした。
だがある時、海辺で貝殻拾いをしながら、漁村の子供たちと遊んでいた時、ジョージ子爵は太陽に輝くトパーズ色の貝殻をたくさん見つけた。
その殻皮の光の反射の橙色を見て、ジョージ子爵は突然、娘のフロルの瞳を思い出した。
──ああ、フロルだ! このトパーズ色はフロルの瞳の色だ!
我が愛しい娘、フロル。
そうだ、思い出した。
私はライトブルー王国の外交官、ジョージ・ベルチェだ。
記憶が蘇ったジョージ子爵は早速、漁村の村長に事情を説明して、隣国の王宮大使館に手紙を書いてもらい連絡を取った。
その時ちょうど、隣国でジョージ子爵を探していたコールマン伯爵の侍従たちが、隣国大使館から連絡を受けて、ジョージ子爵がいる漁村まで迎えに行った。
こうしてジョージ子爵は無事に、母国へと帰国の途に就いたのだった。
◇ ◇
「おお、愛しのフロル、お前の顔はぼやけて、良くは見えないがその橙色の瞳の輝きは見える、見えるとも!」
ジョージ子爵はフロルの顔を優しく触りながら、号泣しながらフロルとの再会を喜んでいた。
「お父様、よくぞ……よくぞご無事で戻られました……」
何度も何度も抱き合う、フロルとジョージ子爵だった。
その夜、親子水入らずでとコールマン伯爵が、気を利かせてくれたのか二人の寝室を一緒にしてくれた。
「フロル、コールマン伯爵には本当に世話になった。お前の苦労も彼の侍従から、帰りの船で色々と聞いたよ」
「ええ、お父様。本当に私も、一時はとても辛かったです。お父様もサマンサも味方が居なくなって……でも私、それまでどれほどあの屋敷で、皆から大事にされていたかが、身に染みて分かりました──そして当たり前のように甘えてばかりいた世間しらずの自分がとても恥ずかしくなった……」
「そんな事はない。だがお前は私の留守の間に、本当に色々と頑張ったんだな。父はそれだけでも嬉しいよ」
「お父様……」
「それでな、私はジャンヌと全面対決する事に決めたよ」
「え、そのお身体で? 大丈夫ですか?」
「なあに心配するな。眼が見えずとも私にはコールマン伯爵と同じくらい、優秀な弁護士チームがいる」
「でも弁護士さんたちは、あの女に首にされて今、どこにいるかもわかりません」
「それが彼らと、連絡がついたんだ。コールマン伯爵に弁護士の事を話したら、探して連絡をとってくれた。実は弁護士も私とフロルをずっと案じていてくれて、水面下でずっとジャンヌとヤコブの身辺調査をしてくれていたんだそうだ」
「まあ、そうでしたの!!」
「ああ、お前には散々苦労をかけたが、ここに来る前に弁護士と会ってきた。彼らはジャンヌの化けの皮をはがしてくれそうだよ、だから私は、我が屋敷にすぐにでも帰還するぞ」
「ああ、お父様……良かった。私も一緒に行きますわ!」
「いや、お前は腰も完治してないと聞いた。あまり無理をするな」
「いいえ、いいえ、腰はもう治りました、私もあの人たちの断末魔をこの目で見たいのです!」
フロルは妖精のような顔に似合わず、珍しく恐い形相になった。
「そうか……お前も随分と逞しくなったものだな」
とジョージ子爵はフロルの頭を優しく撫でた。
こうして二人は、久しぶりに一緒に眠りについたのだった。




